走ってくるカイルたちを追い抜いて、合流しようとするたちとすれ違って、レックスが最前線に立つ。
少し遅れて、アティがそこに並んだ。
「おい! 突出すると囲まれるぞ!」
カイルの制止が飛ぶけれど、ふたりは、振り返ってかぶりを振った。
「俺たちが、なんとかするよ」
「ちょっと待ってください、いくらなんでもその数をふたりでじゃ――」
加勢しよう、と、あわてて進路を反転させたの前で。獣たちは当然、突然自分たちの進路を妨害するように出てきたふたりへと、攻撃の矛先を変える。
四方八方――そう形容してもおかしくないほど、あらゆる方向から。
サハギンの斧、ブルージェルの起こす水流、体当たりが。
レックスとアティを押しつぶす――!
いや、押しつぶそうとした。
けれど、そうはならなかった。
「……!?」
攻撃の先端が、ふたりにあと一歩と迫ろうとしたときだ。
ぱぁ、と、光が迸る。
出所は、レックスとアティが同時にかかげた腕の先――
「召喚術……!?」
「――ちがう」
スカーレルのつぶやきに、は咄嗟に否定を返す。
ふたりの手のひらから生まれた緑色の光が、視界を灼く。反射的に、腕で目をかばった。
緑色――メイトルパ?
だけど、ちがう。この光は違う。
喚ぶ意志は、世界の外へ向けたものじゃない。
ドクン
「……!?」
不意に、心臓が大きく跳ねた。
目をかばうために交差させていた腕を、おそるおそる下げる。
ちらちらと隣を見てみたものの、のように極端な何かを感じた者はいないようだ。
ただ――呆然と見ている。
どこを? ……光のおさまった目の前を。
「……レックス……アティ……?」
その視線を追って、周囲から前方に――レックスとアティのいたはずの場所に目を向けて、も驚愕に襲われる。“さん”をつけることさえ忘れ、ぽかん、と口を半開きにして彼らと思しき人影を見つめた。
そこにいたのは、レックスとアティ……の、はずだ。
はず、なんて曖昧な云い方をするのには、相応の理由がある。
髪。
きれいな赤色だった二人の髪は、銀色を思わせる白で。あまつさえ、膝近くまで伸びていて。
眼。
深い海の蒼だった双眸は、淡い碧。心なしか、丸っこさが失われて険しさを増している。
服。
いったいどういうからくりなのか、ところどころ伸びたり溶けかけてたり。
だけど。
何よりの、皆の目を奪ったのは。
そのふたりの手にいつの間にか握られていた、一対の剣。
変化してしまった彼らの双眸と同じ――碧の剣。
「……」
無意識に。
自らの右腕を押さえたに、幸い、誰も気づくことはなかった。
まといついている。
あのふたりの剣は、あのふたりの腕に。
寸分違わぬ刃渡りを持つ二本の剣は、まったく同じようにして、レックスとアティの肘近くまでを、刃と同じ輝きの何かで絡めとっていた。
力を感じる。
……圧倒的な、何かの力。
ドクン、と、また一つ心臓が跳ねた。
感応してる……?
自問する間にも、事態は少しずつ動いていく。
迸った碧の光はまず、迫っていた攻撃すべてを弾き飛ばしていた。攻撃どころではなく、仕掛けようとしていた獣たちすべてをだ。
それだけなら、獣たちも再び地を蹴っただろう。弾き飛ばされた程度で膝をつくようでは、弱肉強食たる彼らの世界で生き延びていけるはずがないのだから。
だから、獣たちは地を蹴ろうとしたのだ、実際に。
けれども、それは途中で止まった。
何故か?
――恐らく、怯えたのだ。
何に?
――恐らく、目の前のふたりの人間に。
じり、と。
前へ出ようとしていた一匹のサハギンの足が、半歩ほど後ずさる。それがきっかけ。
ギャウッ、と、号令と思しき耳障りな鳴き声をひとつあげると、そのサハギンは身を翻した。たぶんその固体がリーダー格だったのだろう、他のサハギン、そうしてブルージェルたちも次々と身体を反転させる。
威嚇の意志はあっても追撃の意志はないと悟ったらしく、彼らはこちらを警戒していくようなことはなかった。呼吸を何度か繰り返す間に、砂浜から彼らの姿は消え去って、残されたのは足跡や摺り跡だけ。
戦うまでもなく自らの敗北を予感した獣たちの姿、気配。
それらすべてが消え去った頃になって、また、光が生まれた。
「――――」
さっきの目を灼くような光と違って、心なしやわらかいそれは、またしてもレックスとアティが出所だ。
ドクン、と、の心臓がまた跳ね上がる。
右腕をつかんでいた左手に、知らず力がこもる。
間違いない。アレに、何かの理由で、あたしは反応してる。
だけど、何でだろう。
たしかに、自身、光を刃にまといつかせるという、ちょっぴり離れ業的なモノを持っている。
あのふたりの剣も、それと同じなのだろうか?
「……ちがう」
あの剣は――違う。
あれは――ちがう。
いつの間にか身体を強張らせていたを、そうして、呆けて一連の出来事を見ているだけだった一行を、レックスとアティが振り返っていた。
あっという間に起こった変容は、やっぱり、あっという間に元に戻ってた。
赤い髪、青い眼。
ああ、いつものふたりだ。
「無事ですか?」
それにさん、探索してるはずなのに、どうして、カイルさんたちのところにいたんですか?
ととっ、と、小走りにこちらへ歩みながらアティが云った。
心配そうに下げられたまなじりも、くりっとした丸い目も――ああ、いつもどおり。
かすかに軋みをあげそうな左手を叱咤して、は、身体の力を抜いた。ぺたん、と、砂浜に座り込む。
「?」
近くまで来たレックスが、心配そうに覗き込んできた。
「だいじょうぶです。あたしは怪我してません」
スカーレルさんとソノラがずっとがんばってたから、そっちを見てあげてくれませんか?
云って、近くにいたはずのヤードを振り返る。
の知っているかぎり、回復を技とする召喚獣に力を借りることが出来たのはこの人だけのはずだった。
が、ヤードは応えない。
声が届かない距離というわけではないはずなのだけれど、の声など聞こえていないかのように、ただ立ち尽くしている。
「ヤード?」
さすがに不審に思ったのか、スカーレルが、トン、と彼の肩を叩いた。
それで、ハッ、とヤードの眼が数度またたきを繰り返す。
そうして。
「……どうして、貴方がたがその剣を……?」
搾り出すように形作られた、彼の驚愕そのものと、視線は、真っ直ぐにレックスとアティを対象としていたのである。
――剣。
その単語とヤードの驚愕に、そういえば、と思い出す。
ヤードがカイルたちのところに身を寄せることになったのは、攻防の最中、帝国軍に奪われたという魔剣を取り返すためだったということを。
カイルたちがたちの乗った船を襲ったのは、その船にこそ、目当ての魔剣が積み込まれていたからだったということを。
驚愕と、動揺。
ただそれだけを露にしたヤードの問いに、レックスたちは顔を見合わせた。
「あの剣のことを、知っているんですか?」
問いかけるレックスの手には、今は何もない。腰にあるのは砂浜で拾ったぼろぼろの長剣。
だけど、問いたい剣はそれのことじゃない。
たちの見た、さっきの光景。
碧に輝く剣の姿と、それに影響されてのことかどうかは判らないが、すっかり変わってしまっていたレックスとアティの姿。
「おいおい、客人」
“まいった”と顔に書いたカイルが、乱暴に髪をかきむしってヤードに問いかける。
「まさか、あの剣がそうだってのか?」
「ええ、間違いありません」
そうして、ヤードは確信も深く頷いた。
「碧の賢帝――シャルトス。私が組織から持ち出した、二本の魔剣のうちの一本です……!」
その緊迫と、動揺。驚愕。
ヤードのことばも表情も、今彼のまとう雰囲気も。
さっきの、おおよそ常識では考えられない光景も。
あらゆるモノが総動員して、告げていた。
――ただごとではないぞ、と。
――ただで終わるはずがないぞ、と。
「………………」
声もなく砂浜に崩れ落ちたに、もぉヤケクソとしか形容できない、ひきつった笑みが浮かんでいたことを――幸い、誰も気づくことはなかった。