ひとしきり笑い転げるスカーレルと、触発されてまた発作を起こしたソノラをほっといて、食事完了。
この島は、ぱっと思ったよりも広いのだろうか。カイルたちは、まだ戻ってこない。
笑うふたりは止めても下手に刺激するだけだし、ほっとこうと思ったそれは、正しかったようだ。
勝手によそって勝手に食べ始めた食事が終わるころには、ふたりとも、ぶかぶかのお嬢さんをようやく見慣れてくれたらしい。
もっとも、この調子だとカイルが帰ってきたときにも、笑いの大量発作が起こること間違いないだろうが。
食事を作る際に起こした火種を使い、再び盛っている火が燃え移らない場所に吊るされてるのはの服。
風はそこそこ吹いているし、お天気もいいし、これならそう時間もかからずに乾くだろう。
で、その下。
正確に云うなら、斜め下で。
は食事をしてた木箱の上に座り、スカーレルに髪をいじられていた。
「本当に、ただまとめちゃうだけでいいの? もったいないわねぇ」
実はその前に、お団子にしたりみつあみにしたりと、散々弄ばれていたのだが。
「それでお願いします。せっかくかわいくまとめてもらっても、動き回るとくずれちゃいますし」
最終的にそう頼んだところ、実に残念そうに云われてしまったというわけ。
それにしても、スカーレルさんてば、並の女性より女らしいっていうかなんていうか。少なくともあたしよりは絶対だ。
の髪をいじりだしたのだって、自分の髪ばっかりでつまんなくなってたトコだし、ソノラは短いからいじり甲斐がないし、って理由だったのだから。
はいはい、と頷いて、スカーレルの手がお団子にしてた髪をほどいた。
サイドの髪をとって頭のなかほどの位置におき、軽く紐でくくる。
それから下に流れてる髪を持ち上げ、海のなかでも外れなかったバルレル謹製髪留め装着。
形を整えるように、数度なでて――
「ハイ、出来上がり」
「ありがとうございます」
ぽんっ、とたたく手のひらの主に、くるりと振り返って頭を下げた。
「……?」
スカーレルさん?
振り返った先にいたのは、何やら険しい視線で周囲を見渡してるその人がいた。
ふと目を転じれば、ソノラも立ち上がって視線をめぐらせている。
髪をいじられる、くすぐったい心地好さに弛緩していた神経を張り詰めて、も気づいた。
「――囲まれてますね」
船の停泊している浜辺の周囲には、砂浜のすぐ傍あたりまで林が広がっている。
そこの茂みから、木の陰から。
感じるそれは、間違いなく敵意だった。
ただ、人間のようにいろいろな思惑まじりではない。
単純な敵意――自分たちのテリトリーに入り込んだ余所者を、排除しようとする、獣によく見られる感情だ。
火を起こしていたことが、彼らを刺激することになったのだろうか。
どちらにせよ、放っておいて時間が経てばさようなら、と穏便にはいかなさそうだ。
「軽く、十は越してるわね……」
「あーあー、もう。アニキもいないってのにー!」
手慣れた仕草でスカーレルが剣を構え、ソノラが嘆きながら投具を取り出した。
そうして。
茂みをかき分ける音とともに、敵意の主達が姿を見せ。
「……!?」
リィンバウムではまず見ない彼らの姿に、たちは息を飲んでいた。
覚えがある。あの獣たち――召喚獣たち。
――つい昨日も見た、ブルージェル。
――こちらは本日初対面、サハギン。
どちらも、ミモザの持ってたメイトルパ生物図鑑でその姿を見た。
実際、あの旅の途中にだって、何度か戦ったことがある。メイトルパの生物である彼らと、何故?
決まっている。
彼らが、はぐれ召喚獣であったからだ。
はぐれ召喚獣は、それを従えるべき主がいない。
いかなる行動を行おうと、諌めて諭す者はいない。
……そうして彼らは、暮らしていた世界とは異なる場所にいることに、違和感を、ひどいときには憤りさえ感じている。
それが高まればどうなるか。
嫌悪。そして敵意。
身勝手に自分たちを喚び、放り出した、人間というこの世界の生物、そのものへの。
今、目の前にいる彼らもまた、そうなのだろう。
通じ合わせることばを持たないけれど、その目には怒りがある。
自分たちの住処に入り込んだ異物へのそれもさながら――何よりも、人間たちに対する怒り。
……問答無用だ。
「あれって……はぐれ、だよね?」
「はい」
なんでこんなトコロに大量に、と、つぶやくソノラに頷いた。
「放り出されたヤツが、繁殖したのかもしれないわ。どっちにしても、あんまりおめでたいことじゃあないけどね」
スカーレルの予想は、たぶん当たりだろう。
異世界に飛ばされたからって、子をつくる能力を彼らが失うことはないのだ。
世界の片隅に自分たちの集落をつくり、そこでまた、種の営みをつづける。
それは物云わぬ獣たちしかり、各々の世界で“人”として生きる者しかり――
「とりあえず」、
じり、と迫る彼らを視界から外さないようにしつつ、は口を開く。
「食糧には出来そうにないですし、死なない程度に痛い目にあってもらって、巣かどっかにお帰り願いましょう」
「――ねえ」
すっさまじく胡乱な目つきで、ソノラがを振り返った。
「もし、キツネとかタヌキだったら、どーしてたのか訊いてもいい?」
応えては微笑んだ。
「そりゃあ勿論、食物連鎖に則って美味しくいただくに決まってます」
そのことばを彼らが理解したわけでは、ないのだろう。
ただの偶然かもしれないが、とにかくそれは、同時だった。
が“ます”まで紡ぎ終えるのと、十を越えるはぐれ召喚獣たちが、一斉に地を蹴ったのは。
獣社会は、弱肉強食だ。
物云わぬ彼らの、唯一にして最大の掟。
そのなかで生き抜いてきた者たちは、――強い。
「ああっ、もう! うっとうしいわねぇッ!!」
ご意見番、という平和っぽい役職のわりに、えらく手慣れた――というよりすでに達人級の剣さばきを見せるスカーレルが、大きな舌打ちをこぼした。
獣相手と人相手では、さすがに勝手が違う。
攻撃パターンの読みやすい人間と違って、獣の攻撃っていうのは、本当にランダム要素が強すぎる。人の使うそれと同じような武器を手にしていながら、それを揮う様は縦横無尽の一語に尽きる。加えて、彼らの体力は確実にこちらより上だ。
少なくとも、一応女の子の部類に入るやソノラよりは。性別はおいといて、細身のほうであるスカーレルよりは。確実に。
「ああもー! こいつキライー!!」
それでも。その分、身軽さの点で利はある。
奇しくも3人は3人とも、ヒットアンドアウェイが信条だ。一撃が軽くても、敵の手数が多くても、確実に数を当てていけば、時間はかかっても倒せるはずだ。
……はずだったのだけど。
「こら、! 早く起きろー!」
「ちょちょ、ちょっと待って!」
「待てないッ! あと1分でこないと、アタシが切って脱がすわよッ!!」
「そんな殺生なっ!」
これヤードさんのですってば!
叫んでみても、
「知ったことじゃないわね!」
ズビシ、と云い切られる始末。
まあ、悪いのは、どう見ても本人である。
スカーレルとソノラが背中合わせで十数対のサハギンやブルージェルやらとやりあってる場所から少し離れたところで、はローブに手足をからめとられたまま、涙した。
そう。
戦闘開始早々、長すぎる袖と裾につんのめり、はその場にずっこけたのだ。
脱いでおけばよかったものを、と、今さら後悔しても始まらない。それでも、ずっこけたあと即座に脱ごうとはしたのだ。脱ごうとは。
だけど、横手から、スカーレルたちに向かうほどじゃなくくても攻撃が繰り出されて。悠長にずるずる脱いでる暇もなくて、ただ避けるだけで精一杯だったりするのだった。しかも人様の服だという意識が、必要以上に身体を防御一辺倒にもっていきたがる。
結果どうなるかというと、ソノラとスカーレルだけで敵さん殆どの相手をしなければいけなくなっていた。……ふたりの叫びも当然だろう。
「まったく――気楽な留守番だと思ってたらッ!」
的確に急所を狙ったスカーレルの攻撃で、やっと一匹が伏した。それを越えて襲い掛かる新手をさえぎるように、ソノラのナイフが投げられる。
「あーっ、もう! アニキたち、さっさと帰ってきてよー!!」
かなり切実な彼女の願いは、実は、わりと即座に叶った。
「ソノラ!」
帰ってきてよ、と叫んだ名残が消えると同時。
横手の林をかき分けて、ご指名を受けたカイルとヤードが、その場に姿を見せたのである。
「さん!!」
「! なんでここに!?」
……オプションつきで。
「レックスさん、アティさんっ!?」
予想どおり遭遇したんですか!?
「何してるんですか、あなたはっ!?」
とてつもなくテンパったウィルの叫びは、たぶん、この場にやってきた6人と4匹共通の疑問だろう。
それを聞いたカイル一家が、きょとんとを見る。
「さん、彼らとお知り合いなんですか?」
「……いや、まあ、いろいろと。お世話になりました」
「あ、そういやそうだったか」、
カイルが、ぽり、と頬をかく。
「なんか忘れてるなーと思ったら、そのことだ」
思い出してたら、勝負挑んだりしねぇでそのまま船につれてきたんだがなあ。
「なっ……勝負て! 何やってんですかカイルさん!?」
ずるずるの服を引きずって、はがばちょと身を起こしかけ。
ブン! と頭上を薙ぐサハギンの斧に、また突っ伏した。距離をとるために、ローブでつんのめらないよう細心しつつ砂浜を蹴る。さした飛距離もかせげなかったが、当座の攻撃からは身を躱せた。
新手が出てきたことで、獣たちの注意がそちらのほうにひきつけられる。
攻撃の意志が自分に向かないことを確認して、はやっと、ずるずるローブを脱ぐことに成功。が、やっぱり人様のモノである。砂浜にポイするわけにもいかないので、ざっと丸めて小脇に抱えた。
思い出したように近づいてきたブルージェルの体当たりを、ようやく普段どおりの感覚で避ける。
……ああ、スッキリ。
「とりあえず、説明は後回しだ!」
「怪我はありませんか!?」
こちらに駆け寄りながら、カイルとヤードが口々に問う。
スカーレルとソノラがまず頷いて、周囲の敵を大きく牽制した。その隙に出来た空白を使い、彼らの傍に走り寄る。のほうも、もともと自分に向かっている獣が少なかったため、カイルたちの方へ移動するのは難しくなかった。
もっとも、敵さんたちが新手に警戒して動きを鈍くしてくれた、というのも理由のひとつには数えられるのだけど。
けれど。
もっともっと大きな、理由がそこにあった。