タオルや替えの下着については、カイルたちの船の荷が無事だったため、そのなかから貸してもらうことになった。
サイズの都合上、借りたのは当然ソノラのもの。
人様のモノを、と思わなかったわけじゃないが、まあ、下着なんざある程度は万人共通につくってあるものだし、ソノラがいいって云ったんだし。
そうしてやってきた湖。
ソノラが先に入ったというし、水に問題はないだろう。
覗き込めば底が見えるほど澄んでいて、触れてみた指に感じた冷たさは、ぼんやりしてた頭をぱっと覚醒させるくらい。
「じゃ、服お願いします」
「了解了解。まっかせといてー」
ソノラがついてきてくれたのは、案内のためだけじゃない。
が水浴びしてる間に、服を洗ってくれるとのこと。
乾くまでの着替えは、やっぱしソノラが自分のを持ち出してきてくれた。が、さすがに下がショートパンツだけってのはに抵抗があったため、途中で無理云って引き返し、ヤードのローブの替えも借りてきた。
出来上がりは、さぞかしぶっかぶかの物体が完成することだろう。
まあ、それはそれとして、さっさと水浴びてさっさと帰ろう。
カイルたちは間違いなくレックスたちに逢うだろうから、その前には船のところに戻っていたい。
「、剣どーすんのー?」
「あ、水辺に置いといてくれますかー?」
服に混じった剣を見つけたソノラが、ぴこぴこそれを振り回しながら問いかける。
すでに素潜り開始していたは、立ち泳ぎしながらそう要請。
振り返ってみれば、ちょうど、鞘にしまったままの剣を水辺の際に置いてくれるところが見えた。
ちゃんと考えてくれてるんだろう、水のかかりにくい、だけど、一足飛びに手の届く場所だ。
で、ソノラ自身はそこから少し離れた所で、の服を水にひたしていた。
洗剤や石鹸なんぞあるわけもないので、水洗い。それでだって、充分汚れは落ちるものだ。
そうしてしばらく、お互いの動作に専念して。
「ねーねー」
黙っているのは好きじゃないのか、ソノラが呼びかける。
調子に乗って湖の中ほどまで泳ごうとしていたは、それに応えて進路を反転させた。
「なんですか?」
水を蹴って、陸地近くに泳ぎ着く。
水底から水面までは、の身長とほぼ同じ。
軽く底を蹴って浮かび上がり、沈みかけては浮かび上がり、の繰り帰し。
いや、これはこれでなかなか楽しいのだ。
「ってさぁ、海に落ちたあとどうしてた? 意識あった?」
「え? ……えっと、たぶん砂浜まで気絶してたと思うんですけど」
白い焔云々は、話し出すとめんどくさいので省略。
喚びだしたあとは実際気絶してたんだし、嘘は云ってない。
「そっかー……じゃあ見てないよね?」
「なにを?」
「うん。真っ白い光の柱がさ、ずばーって海の上に出来てたんだよ」
「…………」
「?」
まさかその元凶が目の前にいるとは知らず、ソノラは、急に黙りこくったをただ怪訝そうに見やっている。
でもってはというと、心臓ばくばくいいだしたのを必死こいて抑え込んでみたり。
うっわうわうわ。滅茶苦茶目立ってるし。
冷や汗たらたら。
今いるのが水の中で、ほんとうによかった。
「なんであんなのが出たのかよく判んないけどさ、すっごくきれいだったんだよねー」
でもそっか、見てなかったのかー。
少しつまらなさそうに云い、ソノラは洗い終わった服を絞り始めている。
「いやー、さすがに海に投げ出されて意識保つ、ってのはちょっと難しいかと」
「そだね。気絶したから、下手に水飲まずに流れ着けたのかもしんないしね」
などとやりとりしつつ、も湖からあがる。
ばさばさしていた感じはすっかり消えて、今は水が頭から身体からぼたぼた流れ落ちるばかり。
そんなを見て、ソノラが少し息を飲んだ。
「……ちょっと。。それなに」
「え?」
「おなか。何したのよ、それ」
顔色を変えて示された箇所、そこに目を落として「ああ」とは得心した。
直径、十センチくらいの傷痕――そう生々しいものではないし、目立つようなものでもないのだが、今は水に濡れて際立ってしまっている――が、そこにはある。
あの戦いのとき、レイムからやられたものだった。
「……昔、ちょっとばかり難儀なことになりまして」
痛みとか引き攣れとかもないですから、今はそうたいしたもんでもないですよー。と云いながら、ちょっと急いでタオルを手に取った。
ソノラはまだ何か云いたそうにしてるし、これで背中まで貫通してるのを知られたら、追及を躱すのは難しい。が、幸い彼女は、
「そっか。――うん、なんともないならいっか」
と、苦笑いしただけだった。
「うん。もう、自分でもあんまり気にするもんじゃなくなってますし」
答えて、まず軽く髪をしぼる。それから、タオルで身体をふく。
下着をつけて、借りた服着て……
出来上がったのはやっぱり、ぶっかぶかのローブを着た物体一匹。
すっかり水気のきれた服を抱えたソノラが、笑い出したい衝動を懸命にこらえてる表情で口を開いた。
「……あのさ、。云っちゃなんだけどやっぱ、それ脱いだら?」
「でも、足とか出すのいやなんですよー。スースーするし」
ソノラみたいに、靴がロングブーツとかだったら、ギリギリオッケーだったかもしんないんですけど。
云って、やっぱりソノラの手にある靴を指す。
だけども、ソノラは次にの服をべらっと広げ、
「でもさぁ。これって結構足にぴったりくる素材じゃない? たしかに丈は長いけど、足の形丸見えちゃうよ?」
も負けじと彼女の広げたそれを指し、
「別に足の形くらいどうでもいいんですっ。要は、足が生身で空気に触れてるってのが馴染まないだけで」
「それにしたって――、今着てるのって動きにくくない?」
ヤードって無駄に長身だし、めちゃめちゃ引きずってるじゃん。
「うわ汚れる!」
云われ、あわてて裾をひきあげた。
幸い、乾いた地面の上でやりとりしていたおかげで、少し土を払うだけですんだ。
借り物だからと云い聞かせ、余った裾は片手にまとめてつかむ。
それを見て、ソノラがとうとう吹き出した。
「あっはっはー! ってばサイコー! っていうか変! 楽しすぎ!!」
「うっわー、そこまで爆笑しなくたって」
「するする! するって! スカーレルだって絶対爆笑するってば!」
よし! の気が変わらないうちに、このユカイな姿をスカーレルにも見せにいこ!
云うなり、ソノラはの手を引いて歩き出した。
だぶだぶの服を着ていることはちゃんと慮ってくれてるんだろう、ことばの勢いそのままに走り出すかと思ったら、意外にもちょっとペースの速い散歩って感じ。
「アニキたちが帰ってきたら見せてやろー。それまで脱いじゃダメだかんね?」
「脱ぎませんもーんだ」
「へっへー。云ったな? よぅし、破ったら罰ゲームだぁ!」
「えー!?」
わきあいあい。
年が近いせいもあるのか、ソノラの人懐っこさの勝利か。
ともあれ、ふたりは――船にいたときからそうだったという説もあるが――あっという間に打ち解ける。
そうしてしばらく歩くうち、ソノラがこう云い出したのも、必然だったのかもしれない。
「――あ、そうだ。って、敬語はクセ?」
「え?」
ぴたりと。
なんだか唐突な話題に、思わず足が止まった。
「スカーレルとかヤードなら、判るんだよね。あいつら、ずっと年上だしさ」
でも、アタシやアニキにまで、そんなかしこまった話し方しなくたっていいんだよ?
同じく足を止めて、ソノラはにこにことを覗き込んでいる。
……そういえば。
サイジェントすっ飛ばされてからこっち、バルレル以外と普通に会話でタメ口きいた記憶ってない――ような。
なにしろ、下手に気安くしちゃってボロ出しちゃまずいってのがあった。
1年後に確実に顔を合わせるって判ってる人たちに心安く接して、嘘つきとおすだけの肝はなかった。
でも。
ここは、何十年と前、なんだし。
帝国にかかわる予定、ないし。
なにより、やっぱり。
そう……人恋しかったのかもしれない。
「えっと、じゃあ……ソノラ」
「うん!」
にぱっ、と笑顔。
なんだか懐かしい。
つられて笑うと、腕をとったままだったソノラが再び歩き出した。
やけに上機嫌に思えて問えば、
「だって、同じくらいの年の友達が出来るのって初めてだもん」
ほら、アタシ海賊なんてやってっからさ。逢う奴って云えばだいたい年上だし、男はムサイのばっかでさー?
などと云ってるソノラの姿に、重なったのはトリスの姿。
あの旅の最初に、なんだか、そんなことばを彼女たちも云っていた気がする。
事情は違うし、代わりだなんて思うつもりもないけれど――
やっぱり懐かしいなあ、と、顔がほころぶのは止められなかった。
それから、ふたり並んで帰った船で。
ご飯つくって待っててくれたスカーレルにが爆笑されるのは、とりあえず確定事項。