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【陽気な漂流者ども】

- ノット溺死体 -



 いきなりなんてことしやがりますかー!

 と、怒鳴ってやろうと思っていたら。
「良かった、無事だったんですね……!」
 感極まった召喚主のことばに、はことばを失った。
 怒鳴るために吸い込んだ空気が、空しく肺からこぼれるばかり。
 がっくり肩を落としてちらりと見た先には、召喚主ことヤードさんの持つサモナイト石。

 ――そう。
 “”と見事に刻まれちゃってる、例のアレ。

「えっと」、
「はい」
「とりあえず……お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです。本当に、無事で良かった」

 ぺこりと頭を下げると、ヤードもぺこりと頭を下げる。
 その後ろでは、
「だから云ったじゃないのよ。まったく、早く使っておけばよかったのに」
 と、肩のもこもこをいじりながらスカーレルが笑ってる。
 少し離れたところに、
「えー、でもさ、ヤードの気持ちも判るよ。あたしだって、喚んで、来たのがの溺死体だったりとかしたらトラウマになるって」
 なんて縁起でもないこと云ってるソノラがいる。
「ま、無事でよかったぜ。……その様子だと、そのへんの浜辺に打ち上げられてたってとこか?」
 海水がびがびのまま乾いた髪や服を見てとって、そんな察しのいいことを云ってるカイルの姿も。
 周囲の景色は、さっきいた場所とあまり変わらない。空気にしても、砂浜や木々にしても。おそらくは同じ島の別の海岸、といったところだろうか。ただ違うのは、一度はも乗せてもらった彼らの船が、そこに鎮座していることだ。
 なんにせよ――良かった、無事だったのか、と。
 こそ安堵の息をつきかけて、はた、と気づいた。
 4人は無事だ。
 4人しかいない。
「…………あの」
 他の皆さんはどうなったんでしょう?
 あんまり訊きたくない気がしたが、一度は世話になった人たちだ。
 それは特にこの4人にだけれど、その手下さんであるその他大勢だって、同列は同列。

 けれど。
 問うたあと、は、自分の予想が外れてたことを心底安堵した。
 カイルたちの浮かべた苦笑いには、鎮痛なものなんか全然なかったから。
「いや、まあ、なんていうか。なあ」
「あははははははー」
 へらっ、と口元を歪めた兄の視線に応え、妹、棒読みな笑い声をあげる。
 スカーレルも、やっぱりくすくす苦笑い。
「他のコたちは無事なのよ」
 どうにかこうにか、船を脱出させたから。
「そうなんですか!?」
「そーそー。だから遭難者はアタシらだけー」
 あっはっはっはっは。
 朗らかに笑ってソノラは云い、
「じゃあ、戻れたらまた集めるんですか?」
 とのの問いに、「ううん」と首を横に振った。
「ムリだわよ。どこにどう辿り着いたかも判らないのに。新しく一味をつくるか、それとも堅気になるか。ま、あとはそれぞれ生きていくだけね」
「…………」
 スカーレルの補足に、、思わず沈黙。
「そんな気にすんなって、海で生きてく以上はありえることなんだからよ」
 笑みを浮かべてカイルは云うが、なんかじゃ及びもつかない時間を共有してきた仲間と、彼らは離別してしまったのだ。
 それは――いかほどのものだろう。
 理解することは、他者たる自分には難しい。
 だけど、寂しくはないのかなんて聞いてしまうのは、野暮な気がした。――うん。彼らはきっと、それで納得してるのだから。海を知らない自分が、とやかく云っても失礼なだけ。彼らの誇りを汚すだけ。

「ま、なにはともあれ」、
 にっこりと。
 その場に落ちた重い雰囲気を破って、スカーレルが笑った。
 きれいにルージュのひかれた唇を持ち上げて、の頭を軽く叩く。
 形よく整えられた爪がそうして示したのは、の前にいたヤード。
が無事でよかったわ。ヤードったらね、カイルからアナタがあの船に乗ってて海に落ちたって聞いたら、そりゃあもう狼狽しまくって」
「スカーレル!」
「で、喚ぼうと思ったものの、溺死体がきたら怖くて出来なかった?」
「そうそう」
さんまで……!」
 漫画的手法だったら、きっとヤードの目はぐるぐるまわっていたに違いない。
 結構理知的な人であるとは思うのだが、いかんせん、からかわれるとかことば遊びとかに慣れていなさそうな印象がある。
 年下であるはずのにまで“さん”付けし、敬語を使うのがいい証明。
 ああ。
 フォルテがシャムロックさんをからかってた理由が、今なら判るかもしんない。
「じゃあさ、も無事見つかったことだし――」
 海水に浸かった折に錆びてしまったらしい投具を、とりあえず手入れし終えたらしい。
 ソノラが立ち上がって、たちのほうへやってきた。
 銃はどうしたのかと訊いてみたら、海に落っことしてそれきりだそうだ。
 ぶーたれる妹の気を逸らすかのように、カイルが、そもそもの目的だったろうそれを口にした。
「そうだな。本腰入れて、誰か流れついてねぇか探してみるか」
「本腰入れて……ってことは、まだ?」
「そうよ。さすがに昨日は疲れ果てたからね。船の簡単な点検したあと、みんな泥みたいに寝ちゃったの」
「――昨日、ですか」
 ということは、少なくとも、あの嵐が起こったのは昨日だということか。
 丸一日二日とかでなく、もしかしたら流れ着いてから割合早くに、自分たちは目を覚ましていたのかもしれない。
 の場合は、アレを喚びこんだ後遺症も兼ねてたのかもしれないけど。
「じゃあ、あたしも一緒に――」
 実は、他の浜辺に流れ着いた人たちが、と、付け加えるより先に。
はだーめ」
 スカーレルが、ぴんっ、との額を指でつついた。
「どうしてですか?」
 体力のほうだったら、一晩寝て回復してますから心配ないですよ?
 つつかれた額を押さえて、むっ、と見上げれば。
 目の前に、たった今額を弾いたスカーレルの指が突き出された。
 ずい、と、彼自身も眼前に迫ってきたため、思わず後ずさる。
「アナタね。今の格好見てみなさいよ」
「……格好?」
 云われて。
 見下ろせば、いつもの自分の手。見慣れてしまった赤い髪。
「怪我とかはしてません、けど」
 しばし感覚をたしかめて云えば、
「ちがーうッ! 怪我してないのなんて、見れば判るわよッ!」
 と、またしてもデコピンをかまされた。
 そうしてその指が、ビシビシビシッ! と、の全身を指差していく。

「髪! 砂まみれ潮まみれでボッサボサ!」
 ビシ!

「顔! 砂のあとがくっついてるわよ!」
 ビシ!

「服! 砂ついてるやらかぎざき出来てるやら!」
 ビシッ!

「年頃の女の子に、そんな格好で外をうろつかせるなんて、アタシが許さないわッ!!」
 ビシビシビシッ!!

「…………」
「諦めたほうがいいよ、
 何故か疲れた顔で、ソノラがに耳打ち体勢。
「アタシもさ、おんなじよーなコト云われて、そっちの林の奥にある湖に放り込まれたから」
「…………そぉですか」
 がっくり。
 肩を落としてみたものの、指摘されたおかげで、髪とか服が気になりだしたのも事実。
 仕方なく捜索“は”断念しようとしたところ、むんず、と、腕をつかまれた。
「さ、いってらっしゃい。ソノラ、案内してあげて」
「はーい」
「え、あの、ちょ」
 実は他の浜辺に流れ着いた人がいるんですってば――
「はいはいはい、文句なら帰ったあとで聞いてあげるから」
 ぐいぐいぐい。ずるずるずる。
「ははは、じゃあまた後でな」
「いってきます、3人とも」
 湖のある方向へ引き摺られるを笑って眺め、カイルたちも踵を返す。
 いや、だからあの、ちょっと待って、と。
 呼びかけようとした口は、見送るスカーレルの笑顔で凍りつかされる。
 食事の用意しといてあげるから、さっさと素直にちゃきちゃき滞りなく口答えせず行って帰ってらっしゃい。
 そう云って笑顔で手を振る彼は、なんだか主婦のよーだった。


「だ……だいじょうぶだよね?」
「なにが?」
「……えっと……」
 のつぶやきを聞きとがめ、前方を歩いていたソノラが振り返る。
 ちなみに、未だに彼女に引きずられ中のとしては、その前を歩くことは必然としてないわけなのだが。
「……いくらなんでも、流れ着いた同士なんだから、ケンカ売ったりしません、よね?」
 プ、とソノラが吹きだす。
「やだなー、もう。って、うちのアニキをどんな目で見てんのよ?」
 よっぽどキョーアクなヤツじゃないかぎり、ちゃんと話し合いしてつれてくるってば。
「そ……そうですよねっ!?」
「何切羽詰ってんの? 困ったときはお互い様なんだしさ、ヘーキヘーキ」
 一見、ふたりの会話はなりたっているようである。
 が、互いの前提としているものが違っているということに、幸か不幸か、もソノラも気づくことはなかった。


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