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【いつかへの約束】

- さあ歩き出そう -



 半ば拉致されるようにして船外に連れてこられたヘイゼルを、をはじめとする一行は、ちょっぴり同情の視線で出迎えた。
 常日頃冷静沈着たれ、が、たぶん合言葉の暗殺者だろーに、こうもいいお天気のなか、抜剣したアティにお姫様抱っこされた姿を衆人に見られる羽目になるなんて事態においては、それも無理な話らしい。
 ていうかだって無理だろう。きっと。開き直ることは出来るかもしれないが。
「おはようございます」
 気を取り直し、すぱっと手を上げご挨拶。
 すると、どうやら思考がすっかり固まってしまってたらしいヘイゼル、そこで初めてに気づいたように、あわただしくまたたきをして視線を彷徨わせる。声の主を探すこと数秒で、ヘイゼルはを見つけた。
 その間上げっぱなしで固定していた腕を、は、視線に応えてひらひらと振ってみせる。
「……っ!」
 口元深く巻いたマフラーは、頬もかなりの割合覆い隠している。その向こうで、色白の肌がほんのり朱に染まった。……ような。
 なんとか降りようと身じろぎしているが、ただでさえ体力低下中の怪我人現在進行形、まして相手は抜剣済みアティ。勝てるわけがない。
 そんな姿はあえて見なかったことにして、は、傍らのイスラ、それからレックスを一瞥し、周りにいる一行を振り返った。
「それじゃ――健闘を祈ります」
 行ってきます、は、もう云ってしまったし。そんな考えのあと浮かんだのは、なんとも無難な一言だった。
「おまえさんもな」
 ぽむ、と、手のひらをの頭に乗せて、ヤッファが云う。
 無限界廊の名は、わりと、なんらかの裏事情を知ってる者には有名らしい。護人たちも例に漏れずで、帰る手段は無限界廊の最奥だと云ったら、なんとも困難な戦いに赴く兵士を送り出すような顔で、激励のことばを頂いてしまった。
 髪ごしに触れる、ふわふわの毛皮とか肉球とかの感触に、ちょっぴり頬が弛む。
 ヘイゼルを抱えたままやってきたアティが、「じゃあ」と、たちを取り巻く一行に告げた。
とヘイゼルさんをメイメイさんの所に送ったら、すぐ戻ります。みんなは、支度して待っててください」
 おう、とか、了解、とか、そんな声がそこかしこから応えた。
 ……彼らの姿もしばらく見納めか。正直、後ろ髪を引かれるような気持ちで、は、彼らを見渡す。
 ヤード、スカーレル、カイル、ソノラ――海賊一家。
 ナップ、ウィル、ベルフラウ、アリーゼ――子供たち、と、その相棒。
 キュウマ、ファリエル、アルディラ、ヤッファ――護人たち。
 ヴァルゼルド、ミスミにスバル、フレイズ、クノン、マルルゥ、ゲンジ――島のひとたち。
 アズリアとギャレオ、それにジャキーニやオウキーニ。
 ……この時代で触れ合った大勢のひとを。笑いあったひとたちを。取り合った手を。
 気持ち細めた目に気づいたのか、ソノラが、ふと首を傾げてを見た。器用に口の端を持ち上げて、片目を軽く瞑ってみせる。今は何も手にしてない腕を持ち上げて、親指と人差し指を立て、他の三本の指は曲げ、
 ――――バン!
 狙いをに定めると、軽く、銃を打つ仕草。
 わ、と、首をすくめる。偶然にも、視界にちらつきつづけていた光が一際激しくまたたいて、そのせいで反応も大げさになった。
 それを見たソノラが、「あはは」と、素早く目じりをぬぐって笑った。
 スカーレルはやわらかに微笑んで、赤髪さんと金髪さんの、そんなやりとりを眺めていた。
 がしょんがしょん。潮風に当たるのも厭わず、ヴァルゼルドがやってくる。
殿。不肖このヴァルゼルド、頂きましたコアを殿の形見と思って奮闘するであります」
「うわ。縁起でもないわ。」
「……また訪れられた際にお話出来ますよう、たくさんの記憶を蓄積しておきますので」
 真顔でぼやくの頭に、優しく金属の手が触れる。最初はとてもぎこちなかったのに、今は、関節がきしむ音さえしなかった。
 うん、と。は笑う。
「ありがとう。あたしも、連れてこれたら、ゼルフィルドが仕えた人を連れてくるね。逢わせてみたいんだ」
 あたしの背中を叩いてくれて、彼の証を託させてくれた、優しくて面白い機械兵士です、って。
「……面白いでありますか?」
『もちろん』
 ふたりの会話に耳を傾けていた一行共々唱和すると、何故か、ヴァルゼルドは「ショックであります」とつぶやいて、盛大に項垂れた。がきょっ、首のあたりが盛大にきしむ。
 まあまあ、と、クノンがそれを慰める。そんな看護人形と機械兵士を微笑ましげに眺めていたアルディラが、「さあ」と、を振り返った。
「時間がないのでしょう? ――そろそろ行ったほうがいいのではないの?」
 告げられた時間は、残り5時間。
 ここで消費した分を差し引くと、おそらく4時間余り。
「そうだね。行こうか、
 それに、師匠も。
 悪戯っけを含ませて微笑み、レックスがの背を叩いた。
「僕も。行くんだからね」
「はいはい」
 ずっと傍らから動こうとしないイスラのことばに、苦笑して頷く。そういえば、アズリアはそれでいいのかと振り返ると、彼女もまた、頷いていた。ただし、浮かべてるのは全面的な肯定の微笑。
 ――よし。
 最後にもう一度、全員を見渡して。

「それじゃ!」

 また逢おう、そのことばごとひっくるめて笑いかけ、は身を翻した。
 いくつかのことばと、それ以上の視線が背中に投げかけられたけれど、もう振り返ることも、踏み出した足を止めることもなく――歩き出す。
 もう、目指す明日への歩みをけして、止めることはないだろう。
 無限界廊の最奥を、そして、進めなかったあの場所を。

 越えて。

 帰るべき場所は、遠く、喪失を経た大切な日々。


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