……砂浜が、一様に騒がしくなったのはわかっていた。
船室の窓から漏れ聞こえる騒ぎ、その詳細まではさすがにつかめなかったけれど、響き渡る大きな声やいくらか聞き取れたやりとりを解いて、ある程度の経緯は飲み込めた。
すなわち、あのという少女が、亡霊溢れたこの島から撤退するということらしい。
「――」
にじみ出る不快感を素直に表情へと転嫁し、ヘイゼルは、窓際の壁に預けていた背を離す。
まだ己の足だけでは立てないその傍らには、松葉杖。ベッドからさして距離があるわけでもないので、道具は使わず、そのまま片足を庇って移動、やわらかなシーツの上に腰をおろした。
「――その程度なの?」
あんなに強い意志とともに、彼女は剣を揮っていたのに。
この現状を捨て置いて島を離れようというのは、……自分勝手だ、そう思うより先に、不自然だ、と思ったことに驚いた。
彼女の何を、自分が知っているわけはないのに。
似合うだとか似合わないだとか、自然だとか不自然だとか――そんなふうに見る材料を、持っていはしないのに。
……けれども。
少しだけ――自分の心の安定のために少しだけ――羨ましい、そんな気持ちが湧き起こる。
いつか、あの赤い髪の女性、アティと話したことを思い出す。
物心ついたときにはすでに人の殺し方を教わる、そんな檻のなかにいたこと、ひとつしか選べなかった道。
あの少女のことだ、捨て置いていくという選択自体、きっとかなりの重圧だろうに、それでも、それを選択したというのなら。
そう、それは、少しだけ羨ましい強さだと、……思えるくらいには、アティとの会話に影響されているのかもしれない、今の自分は。
「……」
選ぶ。
こうして組織から捨てられた自分も、また、選択のため、岐路に立つときが来るのだろうか。
来るとしたら、それは、何を選ぶための分かれ道なのだろう。
まだ自由にならぬ身体で出来ることと云ったら、これまで常に殺すよう心がけていた思考を、徒然にめぐらせるくらい。
「、」
いつの間にか詰まっていた肺の空気を吐き出して、ヘイゼルは軽く目を閉じ
ばん!
――威勢良く扉を開ける音で、動作を遮られたのだった。
「おはようございます、ヘイゼルさん! お出かけですよ!」
咄嗟に動かした視線の先では、朗らかな笑みを浮かべたアティが、声高らかに宣言していた。
「……え?」