夢さえ見る暇なく、身体は睡眠を貪った。
誰かに叩き起こされる予感も少しはあったが、予想は外れ。その瞬間は、至って自然に訪れていた。
「んー」
但し、窓から入ってくる光は、普段から見覚えているそれより明るい。寝坊は予定どおりということらしい。
気を遣ってくれたのか、プニムとソノラの姿はすでになかった。
昨夜からは比較にならぬほど、身体は軽い。まだ少し突っ張っている肩を適当にほぐして、床に足をおろす。ついでに、目もごしごしこする。少し白かった端々が、それでどうにかクリアになった。
と、ベッドの脇、備え付けの棚にきちんとたたまれた衣服が目に入る。見慣れた色合いに、もしやと思いつつそれを広げて、
「……うわあ」
たしかに、昨日までの戦いでほつれまくりの汚れまくりになったはずの、黒いハイネックのシャツと濃紺のズボン。それらが、まるで新品のように甦っていたのだから、これで感嘆を覚えないほうがおかしい。
それから、その下に黒いマント。こちらも、見る限りでは、着用しだして以来ずっと酷使されてるなんて思えないほどだ。
誰が手直ししてくれたんだろう。しかも、一晩のうちに。スカーレルだろうか、アティだろうか、いや、意表をついてミスミだろうか。
ふと見やれば、隣には、の姿でいた頃着ていた服も置かれている。どちらか好きなほうを選べ、ということのようだ。
しばし顔の筋肉を弛ませたあと、は、いそいそと、最初に手にした服に身をとおした。
おかしなもので、姿が違えば服の好みも何となく変わるものらしい。赤い髪だったときには足や腕が見えようが動きやすければ良かったのだけれど、元の姿に戻った今は、昔からよく着ていた彩度低めの濃い色合いを選んでしまうのだ。
赤色は行動的って意味らしいけど、そういう影響もあるんだろうか。
「あー、たしかにバルレル行動的だ」
どこぞの赤髪魔公子を思い出し、はクスクス笑みをこぼす。
手早く着替えを終えたあとは、腰に剣帯。続いて、立てかけてあった剣を背中側と腰に。いつの間にか二本装備が標準だ。もっぱら、白い刃の短剣ばっかり使ってるけど。
「……」
少し迷って、マントも羽織る。
姿を見られてはならない人物はまだいるし、あまつさえその全員がここに避難してきている。多少怪しまれようが知ったことか、特にジャキーニとヘイゼルには。
「――ん?」
と、そこまで考えては首を傾げた。
今浮かべた人物に、誰かが足りないような気がしたのだ。
「えーと……?」
昨日、遺跡での戦いが終わった後、各集落から避難させてきた人たちの顔は全員確認したはずだ。
ラトリクス、ユクレス村、ときて、風雷の郷は自分で行ったし、狭間の領域は……昼間だったから見えてない。で、その中で顔見られるとやばいのが、ユクレス村にいたジャキーニ、ラトリクスで治療を受けていたヘイゼル……
――にゃはははははははは♪
「……」
とーとつに。
頭のなかで木霊した、陽気で朗らかな笑い声の正体を、掴み損ねて思考停止。
一、二、三拍数えたその直後、は
「あああああああああッ!!!」
集落外にも住んでる人物がいたことを、そして、よりにもよってとんでもない相手をほったくらかしていたことを、ようやく思い出して叫んだのだった。
脱兎がなおさら逃げ出しそうな勢いで船を飛び出したは、
「あ、やっと起きたんだ。おは……」「レックス、アティ!! メイメイさん連れてきたっけ!?」「……よう?」
砂浜で、風雷の郷やユクレス村の人々と共に、即席大規模バーベキューなるもので朝食と決め込んでいた海賊一家の挨拶も蹴っ飛ばし、レックスとアティに飛びついた。
子供たちに囲まれて食事していたふたりは、
「「え?」」
きょとん、と目をまん丸くしてを見る。
それからまず、レックスがアティに向き直った。
「……行った?」
「いいえ」
そして、アティが問いかける。
「行きました?」
「いや……」
そうしたやりとりの間にも、だんだんと、空気が重みを増していく。
事態を察した海賊一家、それから護人たちの顔色が、それに比例して青くなる。果てしなき蒼顔負けだ。嘘だけど。
そして、レックスとアティがそれぞれ手にしてたパンが、ぽとりと落下した。
「うわっ!」
さすが長兄、関係ないが。ともあれ、ナップによって見事食料が救出されたのを横に、
「「あああああぁぁぁぁぁッ!!」」
ついさっきの誰かさんかくやの絶叫が、砂浜に響いたのだった。