TOP


【慌しきはその後】

- あの日見た砂浜 -



 騒がしかったようじゃのう。
 廊下にふよふよと浮かんでいた黒髪さんは、を見つけるなり、そう云って笑った。
 ひとまず“遺跡乗り込み核識ぶっ叩きツアー”の開催だけは確認した後、今度こそ、と、お開きにして部屋に戻る途中でのことだ。
 疲れた身体でさらに頭を回転させたのが効を奏したか、部屋を出る面々は、無防備かつ無遠慮に欠伸を連発していたり、仲良しになろうとする上瞼と下瞼を必死こいて引き離していたり。
 イスラに至っては云うまでもなく睡眠を要していたし、結局居座ることにしたアズリア共々、あの部屋で就寝。ギャレオはその戸の前で毛布に包まってる。今警戒したってどーしよーもなかろうに。
 それで同じく自室に戻るレックス、アティと別れて歩き出してから、角をひとつ曲がったところだった。
「あ、煩かったですか」
 誰か、他のひとたち起きちゃってました?
 問うと、マネマネ師匠は「いいや」とかぶりを振る。
「起きてたの、おまえさんたちだけだわな」
 うちの集落のもんは、元々夜が活動域だし。
「他はみんな泥みたいに眠ってるよ、顔にらくがきした程度じゃ起きないだろうなあ」
「……やったんですか?」
「んー?」
 いったいどこから出してきたのか、油性ペンっぽいものを弄びながら、曖昧な返答をする師匠。
 ……誰かも判らぬ哀れな犠牲者に、とりあえず黙祷。よかったねフレイズさん、こっちのツアー相談会に参加してて。
 そんなふうにふたりが会話してる間にも、窓から差し込む月の光のおかげか、ポワソやペコたちが嬉しそうにふわふわと周囲を漂っていく。騒がないのは、安眠を貪る他の者たちに配慮してのことだろうか。
 ふと外を見れば、砂浜にたむろして、思う存分月光を浴びているものもいる。あちらのほうが、数が多い。
 見ていると、同じく月光で魔力を補充していたどこぞの魔公子を思い出してしまった。
 どうしてるかな、バルレル。ちゃんと帰れたのかな。
「なんかさ。今度こそ、きれいさっぱり、消えちゃってるな」
「え? ――うわ」
 窓から視線を戻した先には、黒髪さんでなくて翠髪さんがいた。いわずもがな、マネマネ師匠版“”だ。
 が驚いたのが目論見どおりだったか、“”は、くつくつ喉を鳴らして笑う。それから、
「残滓モ、道モ、ナクナッチャッタナ。モウ、アノ姿ハ見レナインジャノウ」
 チョット、残念。
 あの派手目な色がわりかし好みだったらしい師匠のことばに、は口の端を持ち上げる。
「じゃあ、それは師匠が持っててくれませんか?」
「ン?」
の姿も、その“”の姿も、師匠が持っててください。いやじゃなかったら」
 赤い髪と翠の眼。
 翠の髪と赤い眼。
 どちらのも映しとってくれてた師匠は、のことばに、改めて己の姿を見下ろして。
「フム」
 小さくごちて、頷いて――は、くれなかった。
「モラエナイカナ、ソレハ」
「え?」
 きょとん、と目を見開くと同時、翠髪さんが黒髪さんに切り替わる。
「ワシの映し姿は仮初。おまえさんの姿はおまえさんのものじゃよ。たとえ、もう二度とそれが現れなくてもな」
 そう告げたあと、心持ち身をかがめて、内緒話の体勢。
 おまえさんの大事な友達が、手ずからくれた姿なら、なおさらな。
「……」、こくり、頷いた。「そうですね」
 浅はかだったなあ。
「でも、ま、たまに映して遊ぶくらいはやっちゃうかも」
 距離を元通りに取り直して、師匠はくすくす笑ってた。
 ちょっと真面目な話をしたかと思えば、やっぱり悪戯っ気の抜けないマネマネ師匠のことばに、もにっこり破顔し、
「どうぞどうぞ。いくらでも」
 と、応じたのだった。


 師匠ともおやすみなさいを云い合って(まあ、あちらはどうせ寝やしないんだろうけど)さすがにもう誰にも逢わないだろうと思い廊下を進むことしばし、またしてもは足を止める。
 行く手に誰かがいたわけではない。視界の端にある窓、その向こうの光景にふと、既視感を覚えてしまったためだ。
「……」
 つつつ、と、窓際に近寄って、嵌め込まれたガラス越しに外を見る。
 相変わらず月光浴中なサプレスの皆さんが、砂浜できゃわきゃわと戯れていた。
 いつだったろう。
 あの日は部屋だったけど、こんなふうにして眺めた外に立っていたのは、蒼白い光をまとう青年だった。
 思えばあの頃から、彼、こちら一行を注目してたんだろう。生身だったらストーカーだぞ、ハイネルさん。
「……プニムもまあ、お疲れ様だったなあ」
 他者と共に存在する、って、口で云うより大変だ。
 の場合は眠っててくれた、レックスとアティはずっとちょっかい出されて疲弊が大きかった、……ではプニムは?
 思い返してみる。
 ハイネルが姿を現すたび、最後のときを除いてなんだかんだと身を隠すように誤魔化してたりしてたんだから、一応交流っぽいものはあったんだろうか。
 だが、もう、今となっては知る由もない。
 はただ、あれで最後と告げて消えていった青年の面影を、なんとなく、月光注ぐ砂浜に探し

「――――ん?」

 首をひねった。
 待てよ、と記憶を巻き戻す。
 ハイネルがの前に姿を現してたとき、プニムはいつも、どこかに行ったようにして誤魔化してた。それはいい。
「んん?」
 けど。
 この最初。部屋から外を見て、初めて彼を見たとき――プニム、真横ですぴすぴ、のんきに寝息を立ててなかったか?
「あれえ?」
 それにだいたい、なんで彼、プニムと同居してたんだ。
 核識になった後魔剣に取り込まれてしまったのなら、遺跡だか魔剣だかを媒介にするんじゃないのか。なんでプニムなんだ。なんで青いぽよぽよだったんだ。趣味か?
 あれあれ。
 なんだかおかしいぞ、矛盾があるぞ?
「……だあ。もう知らない」
 むむむ、と考え込もうとしたは、思考をそこで放り投げた。
 眠いのだ。
 寝るのだ。
 目眩だってひっきりなしに襲って身体の平衡を歪めてくれるし、視界の端にちらついてる光だって、心なしどころでなく主張が大きくなってきた。
 第一、イスラにも云った、もうこれ以上混乱は要らないと。
 じゃあもう何も考えるな、疑問を解消するのは後でも出来る、その前に、やらねばならないことがまだ、残ってるんだから。
「ん」
 軽やかに傍らを横切っていくポワソの列を見送って、は壁から身を離し、わき目も振らずに、すっかり馴染んだソノラの部屋へ飛び込んだ。
 既に寝入ってる同室者を起こさぬよう、もそもそ、イグサのかおり漂うベッドへ潜り込む。
 目を閉じる前に、ちらり。さっさと戻って枕のあたりで熟睡してる、青い小さな子を見やった。
「おやすみ」
 それから、ただそれだけ呟いて、さあ寝るぞと1、2の3で意識を手放したのである。


←前 - TOP - 次→