しかも。どうやら、みんな、疲れているとはいえ、眠りはまだまだ浅かったらしい。疲れすぎてると眠れないという、都市伝承ちっくな言い伝えは本当だった。
おかげで、何故かそのまま、イスラの寝床を囲むようにして、臨時の作戦会議なるものが始まってしまったのである。
ちなみにアズリアはイスラを案じて部屋の移動を促したが、当のイスラが自分もいるべきだと主張。現在に至る。
「……イスラ」
各々、適当に落ち着く場所を探している間、は、こっそりとイスラに耳打ち。
「しつこいようだけど、あたしが自分でちゃんと云うまで、あれは内緒にしといてね。いろいろ、複雑な事情っつーものがあるから」
未だ、誰からも何も云われないところを見るに、今日――いや、確認してはないがすでに昨日かもしれない――の戦闘で叫んじゃった“”の名は、他に届いていなかったのだろう。
証拠になりえる召喚石も、今や白く変貌して鞘におさまってる。
オルドレイクもウィゼルもいなくなっちゃったし、ゲンジさんは一度頷いてくれたのだから心配する必要なし、マネマネ師匠についても云わずもがな。
「……さん、まだ秘密があったんですね」
ちょっとむくれた声が、頭上から降ってくる。そういえば、あの白い光の秘密もうやむやのままです、とも。
それこそ苦笑いして、は、ふわふわと浮いてやってきたファリエルを見上げた。
「すいません、人生最大の秘密なんです」云って、ふと、続ける。「後、あの白いやつですけど、遺跡でのあれで道かっ飛びましたもう使えません」
さらっ、と告げたそれに
「――――え」、一拍。「ええええぇぇぇぇぇッ!?」
白銀色に輝く娘さんは、かわいらしい手のひらを握り締め、頬に押し当てて、同じくかわいらしい声の続く限り、お叫びになりあそばしました、とさ。
――だもので、最初の議題は、の爆弾発言。
随分と遅くなってしまったが、焔のことから入って説明。
「昔知り合った人が、困ったら使えって教えてくれました。力出すだけ、通すだけの道の作り方。効能は見てのとおり。でも、生まれ持ったわけじゃないから、島についてさんざ酷使したおかげで使用期限が早まったみたいです」
かいつまむにも程があるだろう、と、魔公子とか悪魔王とかぞんびーさんなら云うかもしれない。
だが、今の前にいるひとたちは、実に真面目な顔でそれを聞いて、うんうん、と何度も頷き納得してくれた。
「道、ね」
ぽつり、アルディラがつぶやく。
「あのとき剣の力を通そうと出来たのも、道があったからなんだ……」
いつか遺跡に突っ込んで乗っ取られかけた日を思い出したか、それとも、碧の賢帝の取り合いを三人でした瞬間を思い出したか。自分の肩に軽く手を置いたレックスが、やはり小さな声で云った。
傍らに座るアティもまた、神妙な顔で頷く。
「それで、今はもう使えないのですか?」
「はい。作ろうとしても出来ません。なんか、作り方も今じゃぼんやりしちゃって……」
これは、嘘じゃない。
あんなにはっきり感じてた道の存在と、その先にある遠い白は、今、手にとることも出来ない。通していた感覚も、時間が立つごとに薄れていく。
覚えていることは出来るだろうけど、実感を伴なった記憶には、もうなりえないだろう。
「云っちゃ悪いけど、一時貸し出しの使い捨てとか、そんなカンジ?」
「そうそう。そんな感じ」
手持ち無沙汰なのか、銃をくるくるっとまわすソノラに、は大きく頷いて見せた。
「まあ、そういうことで」
と、締めに入る。
「今のあたしは、ちょっと剣が使えるくらいの、どこにでもいる小娘です。――剣は別件で貰ったものだから、これの力はそのままですが」
「……ちょっと?」
「どこにでもいる……?」
そこかしこから、なんとなし胡散臭そうなつぶやきが零れるが、それはシカトすることにする。だけど覚えてろ、エドスさん二号にキュウマさん。
などと思ったのが伝わったのか、ふたりは、少し慌てて視線を反らしていた。
そんな一幕を挟んだ後、話はようやっと、本命に移る。
――ディエルゴ。
先日起こった戦いの最後、いきなり目覚めて亡霊起こし、現在島中を混乱させてくれてる遺跡の意志の件である。
あの声はそう名乗っていた、と、レックスとアティが云ったのだ。
「たぶんそれも、王国時代のことばだ」
エルゴは界の意志、ディは否定。
「界の意志を否定するもの――そういう意味ですか?」
「ああ」
ヤードの問いに頷きを返して、ヤッファは小さく息をついた。何かを伺うように、他の護人たちをざっと見渡す。それぞれから返るのも、やはり、小さな頷きだった。
「……」躊躇というよりは、ことばを探すための空白を置いて、「ハイネルが核識になった話はしたな」
切り出されたそれは、かつて、遠い昔に巻き起こった戦いのこと。
「皆さんは、核識ってどういう存在だと思います?」
「どういう――って」
ファリエルのことばで、そこかしこに戸惑う気配。急にそんなこと云われたって、ンな人間離れしたものの想像なんざ出来るかと――そりゃ、たしかに核識となったのはハイネルという人間だったとはいえ。
「無色の派閥は、この島で、界の意志を創りだす研究をしていた……そうだったわね」
顎に指を添えたスカーレルが、ぽつり、つぶやく。
「その研究の結果が、あの遺跡。そして核識」
そうです、と、キュウマが応じた。
界の意志を生み出す研究。
眠っていたはずの亡霊を叩き起こし、ディエルゴと名乗った声。
――ならば、つまり、それは。
「この島限定エルゴ縮小版?」
「とたんに凄味がなくなるな、それ」
全世界対応エルゴの王が幼馴染みですから――とは云わず、照れ笑いを浮かべて見せたはさておいて、彼らは語る。
核識は、すなわち島の意志。
島に張り巡らされた共界線と繋がりを得、島のあらゆる存在と繋がるもの。
あらゆる存在とは、文字通りあらゆる存在だ。
何を曖昧な、とか云われそうだが事実なんだからしょうがない。
命あるものすべて、土や木々、草花、水や大気、石、建造物――ああもう、だからそのまま、島にあるもの一切合財全部ってことなのである。
「……だから、島すべてが武器になったんですね」
「そうです。けれど、それは諸刃の剣でした」
島すべての存在と意志を交わすということは、島すべての存在と感覚を共有すること。
喜びや嬉しさならいい、だが、そのとき島で行なわれていたのは、無色の派閥との戦いだった。踏みにじられる大地、燃える木々、焼け死んでいく動物たち、戦い、そして果ててゆく人間たちの痛み、嘆き、口惜しさ――怨嗟。
「……そんなものを感じつづけて、己を保ちつづけられるわけがない」
あらゆる負の感情に苛まれ、結果、ハイネル・コープスは、少しずつ少しずつ、心を破壊されていってしまった。
魔剣の封印がなくとも、それから遠くないうちに、精神は崩壊していただろう。
「そうか、だから――」ぽつり、レックスがつぶやく。「だから、自分であって自分じゃないって云ったのか……」
「レックス?」
独り言を聞きとがめて、アティが弟を振り返る。
ああ、と頷いたレックスは、いつぞや砂浜で邂逅したハイネルの存在を、ここで初めて他者に語った。
三つに分かたれた彼の意識。二本の魔剣と喚起の門。
そこに宿るどれもが彼であり、そのどれもが彼ではない。だが根源は同じだと。
ハイネル・コープス――分かたれたことで暴走した彼の心の闇が、遺跡と融合して生まれた、それがディエルゴというのだと。
「……兄さん……」
暴走を止めたかったのだとハイネルは云った。それを聞いたファリエルが、切なげに眉根を寄せて、胸に手を当てる。アルディラも同じ、ただ、長い髪に隠れて表情はよく見えない。
沈痛な空気が漂い出した室内、そこで、何か思い出したように、レックスが改めて口を開いた。
「――そういえば、プニム」
云いつつ、彼が視線を向けたのは、青い小さな、の相棒。
「あの時、どうして、ハイネルさんから隠れたんだい?」
「……」
イスラのベッドの上、アールたちと一緒にくつろいでいたプニムが、がきっと音立てて固まった。
それをちらりと横目で見、は、レックスに問い返す。
「隠れた?」
「うん。何か――なんだろう、怖がってるのかなって思ったんだけど、今思い出してみたら何か違う気がしてさ」
「ぷ、ぷいぷー」
「ミャ、ミャミャっ」
「……幽霊みたいで怖かったんだ、って云ってるようですよ」
ていうか幽霊そのものじゃん、とぼやくナップのセリフを後付けに、ウィルがテコ経由でプニムのことばを通訳した。
「あ、やっぱりそうだったんだ?」
レックス、いともあっさりとそれで納得する。
それに勢いを得たプニム、
「ぷいぷーぷ、ぷぷー」
「ミャミャ、ミャー」
「急に出てきたから驚いたんだ、もうあんなことはない、だそうです」
えへん、と胸をはるプニム。
つられて同じく背を反らすテコ。
……あー、非常に微笑ましいんだけどね、この光景。だけどどうしてだろう、一抹のわざとらしさを感じるよ、プニム?
腰かけて、立てた片膝に肘をついて呆れているに気づいてないわけはなかろうに、プニムはこちらを見もしない。オニビやキユピーがつっついてるけど、それでもあらぬ方向を振り返っては、そうじゃない、とさらにつつかれている。
どうしてくれようか、この相方は。――とは、思うだけにしておく。
とりあえず今は脱線してられる状況じゃない、砂浜からしばらくもいけば、そこは現在進行形で亡霊たちのパラダイス。
「いつかナップの云ってた冗談が、本当になってしまいましたわね」
「そうだね。幽霊島になっちゃった」
「おまえら、いちいちそんなの覚えてるなよっ!」
があ、と叫んだナップ、直後に今が夜だということを思い出したらしく、あわてて口を塞ぐが既に遅し。きょうだいから、うりうり突っつかれる羽目になってしまった。
……がんばれナップ。君は今、忍耐心を試されている。
「ねえ、それじゃあさ」
なにやら思いついたらしいソノラが、ぞっとしない表情で云った。
「今回も、島全体があたしらを攻撃するかもしれないってこと?」
「――それはないわ」
途端、驚愕に強張りかけた空気を、すぐさまアルディラが払拭する。
そのまま続けて彼女が云うには、不完全ながらも行なった封印の儀式のおかげで、遺跡の意志の力は現在十全に発揮できてはいないのだということ。
昨日、各集落へ向かう前にも、彼女はたしか、同じようなことつぶやいてた。
「だいたい、本来の力を出せるのだとしたら、亡霊だけ出すなんて惜しんだようなことはしないわ。最初から島を――ええ、ここにいる私たち共々に操ってそれで終わりよ」
どこか憮然とした調子で告げられたそれは、まさしく最悪の事態というやつだ。
誰からとなく一同は顔を見合わせ、ため息をつく。
気分としては、ありがとう果てしなき蒼、ありがとうウィゼル、ありがとう再封印、ってなもんである。
「……助かった。死ぬような目に遭ったおまえにゃ悪いが、いや、マジで」
ぽん、とイスラの肩を叩いてカイルが云う。
「え」
それまで、黙って成り行きを見守っていたイスラは、唐突な感謝のことばに目を丸くした。
「そうですね……彼がいなければ、亡霊たちに阻まれて再封印もならなかったでしょうし」
腕組みしたフレイズが、しみじみとつぶやく。
同感だ、と云いたげに、周囲の全員が頭を上下させた。
「え……でも、それは」、ところが、イスラはいたたまれなさそうに身を小さくする。「僕がしたことの、償いにさえ……」
ならない。そう云うより先に、
「何云ってんだよ、みんな感謝してんだから“どういたしまして”って云っとけばいいじゃん」
少し呆れた顔で、スバルが割り込んだ。
そんな息子を誉れのように見やったミスミも「そうじゃのう」と同意。
この母子よりはもう少しだけ人の悪いヤッファが、
「そうそう――あのふてぶてしさはどこ行ったんだ?」
にんまり、口元を歪めてそう茶化す。
「……」
とうとう真っ赤になってしまったイスラを庇うように、アズリアが身を乗り出した。
「それよりも、今は、この事態をどうすれば収拾できるかを話し合わねばならないのではないか?」
「うむ。核識とやらが理由なら、やはり遺跡に乗り込んで叩くのか?」
ギャレオのことばに、レックスとアティは、迷うこともなく頷いた。護人たちも、同じく首を上下させる。
「他に方法も思いつかないのが、正直なところなんです」
それを実行した場合の危険を考えてだろう、僅かに眉根を寄せてファリエルが云った。
「果てしなき蒼の力を、中枢に叩き込んで機能を停止させる――今度こそ完全にな」
「そのためには、あの遺跡に突入せねばなりません。それは皆さんご承知のことと思いますが……先日とは比べ物にならぬ障害を、あちらも用意しているでしょう」
ヤッファとキュウマのことばに、今度は全員が頷いた。
「ま、障害も危険も今さらね」
「……ですね」
「もう何が待ってたって受けてたっちゃうよ」
微笑みのなかに苦笑を浮かべてスカーレルとヤードが云えば、ソノラも、気負った様子なくそう告げた。
命の危険を感じないわけではない。
亡霊に恐怖を覚えないわけでもない。
だけど――
「ありがとう。……もう一息だから、がんばろうな」
「これが、たぶん、本当に最後の戦いだと思いますから」
ふと動かした視線の先にいる、赤い髪と蒼い瞳の先生たち。魔剣、果てしなき蒼の継承者である以前に、だいじょうぶって自分たちに思わせてくれる、つよいひと。
その傍らにあれること、彼らと・仲間と進めること、それを、とても誇りに思うから。
――うん、だいじょうぶ。
全員を見ていた先生たちの視線が、そこでふと、ひとりに固定された。
「アルディラ……」
「――義姉さん」
俯いて、じっと床を見ていた彼女は、はっとしたように顔を持ち上げる。レックスたちにつられるようにして、視線が集まっているのを知ると、ふ、と苦笑した。少し寂しそうに。
「私のことは気にしないで。……彼は彼だけれど、彼ではないって、判っているから」
あれはディエルゴ。
ハイネル・コープスでありながら、すでに、アルディラの知る彼とは大きく道を違えてしまったハイネルの欠片。
それでも、間違いなく、ハイネル・コープスであった欠片。
気遣わしげに自分を見上げるクノンの肩を軽く叩いて、アルディラはもう一度、口元を持ち上げてみせた。
そこに、
「だいじょうぶ」
と、告げる声。
え? と、ここでそんなことばをかけられるとは思っていなかったらしいアルディラが、改めて視線を向けた先には、淡く、だけども強く微笑む、レックスとアティの姿があった。
「ハイネルさんの心も解放出来るよう、がんばるよ」
――だから、
「がんばりましょう。すべて、本当に、ここで終わらせるんです」
凛、と。
強く。確たる。声と眼差しで告げる、ふたりがいた。
――だいじょうぶ。
囚われつづけたハイネルさんの心も、これを最後に解放しよう。
――だいじょうぶ。
望めばきっと、何かが叶う。
それが、欲しいすべてではなくても。