全員揃ったことだし、今後の話し合い――と行きたい気持ちはやまやまだったが、一人残らず疲労困憊、姿も血まみれ泥まみれ……とあっては、いい考えどころか集まってお互いを見たただけで、ぐったりしそうだ。
急きたてようとする気持ちを抑えて、亡霊たちが確かに船までは来ないことを確認したレックスたちが出した指示は、“休め”と、ただそれだけだった。
幸い、水場はそう離れていない場所に確保してるし、食べ物だってある程度は貯蓄してる。海からは魚、近くには野生の植物もある。避難してきたうち、食料が必要なのはふたつの集落の者たちだけだし、これならば、数日はここに留まっても飢餓騒ぎになることはないだろう。
取り急ぎまとめた現状が、想定していたものよりある程度マシだったためかどうか判らないが、ようやっと緊張が解けたことは確か。
とっくの昔に暮れかけている夕陽が照らすなか、元気な者たちが魚を釣ったり水を汲んできたり、食事の準備など進め、人心地ついたときには、とっぷりと、夜の闇が島を覆っていた。
もう大半のひとが、泥のように眠ってるだろう。
おさまる様子を見せない目眩も視界の変調も、こちらも早く寝てくれと訴える身体の声も、きれいさっぱりシカトして、は、静まり返った廊下を進んでいた。
程なくして目的の部屋の前に辿り着き、あまり音が響かぬよう、控えめに戸を叩く。
「です。いいですか?」
「……ああ」
誰何される前に名乗って問うと、室内の人物は少し間を置いて許可をくれた。
そっ、と戸を開けて、身体を滑り込ませ
「あら」
と、目を丸くした。
「あ、」
「も来たんですか」
本日一番の働き頭、それこそもう寝てるもんだとばかり思ってたレックスとアティ。
その向こう、備え付けのベッドの傍らにある椅子に腰かけているアズリアと、彼女を守るように立つギャレオ。
――それから、ベッドには、あのときからずっと眠りつづけているイスラがいる。
これにが加わって、室内に存在する人間のすべてだ。
とっくの昔に血や汚れを洗い落とし、清潔な衣服に着替えた面々を眺めるに、昼間の戦闘がまるで嘘のような気さえする。船を中心とした何かの場は、結構な範囲を亡霊の侵攻から守ってくれているらしく、あの呻きや怨嗟も聞こえないから、なおさら。
光や声が漏れて誰かの眠りを妨げないよう、は、静かに戸を閉めた。レックスとアティの傍らまで足を進め、アズリアの肩ごしに、眠るイスラを覗き込む。彼もまた、出血などによる汚れは拭き取られ、服も取り替えられている。
こうして見る寝顔は穏やかで、とてもあのときの叫びを連想させるようなものはない。
身体にかけられた毛布が規則正しく上下しているのをなんとなく確かめて、ほ、と息をついた。
「……なんだか、こうしてると、今日あったいろんなことが、嘘みたいだな」
ぽつり、レックスがつぶやく。
「でも、嘘でも夢でもないんですよね」
「そうそう。明日になったら即行今後の話し合い、場合によっちゃ特攻ですし」
などと茶化してはみるが、場合によってはもなにも、特攻は確実だろうと誰もが思っているに違いない。
この混乱、亡霊大量出現の大本は、間違いなく島の意志、ハイネルのディエルゴとかほざいたあれだ。ならば、再度遺跡に向かうことになるのは自明の理。
だからこそ、体力を回復し鋭気を養うためにも、早く就寝したほうがよい――のも、室内の一同、判ってはいるのだろうけれど。
「イスラ……まだ寝つづけてるんですか?」
「ああ」
そっと視線を移して問うた先、先刻から眠る弟をずっと見つめているアズリアは、その姿勢のまま頷いた。
それだけで終わるかと思ったが、
「……。ありがとう」
「は?」
少しだけ、後ろ髪を引かれる風情で振り返り、アズリアは真っ直ぐ、を見てそう告げた。
思いもよらぬ彼女のことばに、きょとん、とは目を見張る。
「紅の暴君を召喚して得た活力を使い切らずにすんだのは、あの白い光のおかげなのだろう? だから、この子はぎりぎりで一命をとりとめた」
「……」、ちょっと反応に困る。「いや、あんな状態で魔剣喚び寄せたイスラの根性がすごいんですよ。そうでなきゃ、その後のあたしの行動もなかったわけですし」
どうにかそう答えるを、何故か、アズリアはほんの僅かに笑みを浮かべて見上げている。
なんだか胸のうちを見透かすようなやわらかな笑顔、けっして不快ではないんだけれど、妙な居心地の悪さを感じてしまった。
だから、
「それに」
と、今度は完全に気まずい思いで続ける。
「変に相乗したかなんだか知らないけど、紅の暴君、あれで完璧ダメになっちゃいましたし」
せめて少しでも魔剣としての機能が残っていれば、封印はもう少し強固だったかもしれない。うまく行けば、本当に抑えこめたかもしれない。
が、結果として再封印に用いられたのは果てしなき蒼だけであり、その時点で紅の暴君は、ただのひび割れた剣以外の何ものでもなくなっていた。
手加減すればよかった、と、出来もしなかったことを思うの肩に、ぽん、と手が乗せられる。
「気にすることないよ。イスラとが亡霊を抑えてくれてたから、完全に復活させずにすんだんだから」
見上げた先では、レックスが、を励ますように笑っていた。
「そうですよ」
と、アティも微笑む。
「ふたりが守ってくれたものの大きさ、みんな、判ってますから。落ち込んだりなんか、しないでください」
ね? そう笑いかけるふたりのことばに、つと、アズリアの視線がイスラへと戻る。
眠りつづける弟をいたましげに見つめ、「イスラ……」と、か細い声でつぶやいた。
そんな彼女の肩に、そっとギャレオが手を置く。
「隊長……後は自分がみていますから、そろそろお休みください」
「――だが……」
云いよどみ、腰を上げようとしない隊長に、副隊長は重ねて告げる。
「お気持ちは判りますが、このままでは貴方が参ってしまいます。いざというときに備え、いつでも戦えるようにしておくのもまた、軍人の責務でしょう?」
「……」アズリアはかぶりを振る。「この子を、もう、ひとりぼっちにしたくないんだ――」
やりとりを見ていたと、レックス、アティはそこで顔を見合わせた。
「毛布持ってくるから、ここで寝るかい?」
アイコンタクトののち、代表として、レックスがひとまずの妥協案を提示する。
ギャレオは少し渋い顔をしたが、何も云わないところを見るに、頭ごなしに反対する気はなさそうだった。
そうして、安心したようにアズリアが頷く。
「ああ、頼めるか?」
「はい!」
それじゃあ行ってきます、と、アティが身を翻した。
「……ぅ……ん」
そのやりとりがうるさかった――というわけでもあるまい。単にタイミングが一緒だっただけだろう、っていうかそのへんの推測自体がどうでもいい。
それまで、ただ、規則的な呼吸を繰り返していたイスラが、初めて、小さなうめき声をあげていた。
全員同時に、まるで示し合わせたような勢いで、ベッドを振り返る。
『イスラ!』
あげた声さえ、きれいに重なった。