島は、今、混乱も混乱、大混乱の極みである。
いつか無色の派閥に怯えて、静まり返っていたころよりもタチが悪い。
「オオオォォォォオオ――!」
「きゃああ!」
「悪霊ふんさーい!!」
戦う力を持たぬ集落の民人に襲いかかる亡霊どもを、護人をはじめとする一行が、ずんばらずんばら斬って捨てる。
そのなかのひとり、キュウマが、「退散ではないのですか」と刀を振るいながらつぶやいた。
つぶやかれた当人ことは
「この場合は粉砕で正解だと思いますよ」
と、しれっと応じて次の亡霊を切り払う。
「ぷ!」
プニムも元気に、岩石落としかまして文字通り亡霊を粉砕中。
そんな彼らの前を、ミスミやスバルが走っていく。あちらの母子は戦わないのかというとそうではなく、郷の民たちの先導だ。そして、とプニムとキュウマが、ふたりの行く手を阻む亡霊どもへ対処するというわけ。
――たぶん今、他の三つの集落でも、人員こそ違えど似たような光景が繰り広げられているはずだった。
さもありなん。
レックスとアティ、護人たちによって、一度は封印されたかのように見えた遺跡の意志は、実はほどなくして目覚めてたらしい。
疲れきった身体を支えて戻る一行の目の前、そして見やれば島のそこかしこ、埋め尽くすように亡霊たちをどんどこどこどこ発生させてくれてるのだから。
……仕方ないのよね。
と、それぞれの集落に別れて向かう前、アルディラがぼやいていた。
「何しろ魔剣が片割れ、元碧の賢帝しか残ってないし、完全に封印するには魔力も不足しすぎていたし」
それでも、儀式を行なったことで、あの島の意志だかなんだかの力は現時点では十全に発揮出来ていないらしい。
なら、本気でやられたら、もっともっと亡霊尽くしになってたってわけなのだろうか、この島。今でさえうんざりしそうなのに。
「キュウマ! ! 皆、郷を脱出したぞ!」
「はっ!!」
一度郷の入口に向かったミスミが、着物を乱す様子もなく走ってきて告げた。
即座にキュウマが応じ、とプニムもまた、相手どっていた亡霊をそれぞれ一体ずつ霧に返すと、他の奴らはほっぽって走り出す。
後から後から湧いてくる、永遠に補充可能な亡霊どもの相手なんて、延々としていられるか。
スバルが先導している、風雷の郷の民人に追いつくよう、懸命に足を動かしながら、そんなことを頭のなかでぼやいてみた。
足を動かす先は、郷のひとたちとの合流地点。
そして、最終目的地である海賊カイル一家の船が停泊している砂浜。
島中が亡霊に埋め尽くされてるというのなら、そこだって例外ではないのだろうけど、何せ、その向こうは海。いくらなんでも海からは襲ってこないだろうという想定に基く背後への不安の払拭と、あと、戦える者はすべて一箇所に集めようという戦力集中策により、島の人々の避難先は、そこに決定されたのだ。
が。
「……亡霊がいない?」
なんで。呆然と、ただ潮騒響く砂浜に辿り着いたは、つぶやいた。
あまりといえばあまりの予想外、拍子抜け、そのおかげで、緊張のために除外していた目眩と視界の端の光が、ちり、ちら、と復活してしまう。
それでもどうにか姿勢を保ったまま、カイルへと疑問を投げかける。
「さあ。オレらにゃ判らねえ。助かったことだけは、たしかだけどな」
早々と、ユクレス村からの避難民を率いてきていた彼は、それでもどこか納得いかなそうな顔で応じた。
木々の向こうに船が見え始めた時点で、亡霊の襲撃があからさまに回数を減らしたことに疑問を感じてはいたが、まさか、ここがその中心点になっていようとは。
戦いの喧騒など今いずこ、ざあん、ざあんと寄せて返す波の音は穏やかに響き、突然現れた異形への恐怖でささくれだっていた人々の心を安らげてくれる。
「ま、いいじゃないの。おかげで少しは休めるわ」
「そう、ですね……」
黒いもふもふを整えていたスカーレルが云えば、まだ息が乱れたままらしいヤードが頷く。
少し離れたところでは、ソノラとアルディラとクノンが、一時鈍器と化したヴァルゼルドのライフルの手入れに、躍起になっていた。特に、命を助けられた形であるソノラの張り切りっぷりは、遠目にもよく判る素晴らしさ。
ラトリクスは、そもそも亡霊の攻撃対象となる生命体が少ないので、あちら様が到着一番乗りだったとか。
次に、位置関係でユクレス村。当然ジャキーニたちもいて、は慌ててフードをかぶった。幸い、彼らは今のところ、こちらに気づいてはいないようだ。
最後は風雷の郷で、今到着したばかり。ミスミとキュウマの指示に従って、ようやく、酷使した身体を休めている。
そうして、順番としては三番目になる狭間の領域の民の姿は見えない。
昼間は行動しづらい者たちばかり、日光に当たりつづけるのも害、との訴えで、船倉をふたつみっつ閉めきって占有、どうにかそこでしのいでるそうな。
……狭い密室にごったがえする、ポワソにペコにその他もろもろ。
和んでいいのか哀れむのがいいのか。
そんな彼らのためにせめて、と貴霊石を採取に向かってたらしいフレイズが、の頭上に影をつくった。
「さん、到着しておられましたか」
白い羽を陽光に透かして、ふわりと舞い下りる金髪さん。ちなみに、黒髪さんは霊体なので、集落の外においては基本的に他の住人と変わらないらしいので、現在船倉にいるとのことだ。
あのなかでごったがえしてるポワソやらペコやらの、どれかがたぶん師匠だろう。余裕があったら顔見に行こうかな。
軽く挨拶を交わしたあと、フレイズは足早に船へと入っていく。同胞たちのためにとってきた貴霊石は袋に詰められていて、なんだか黄色いサンタさんのようだ。云ったらはたかれそうだが。
「お疲れ様です、。怪我はありませんか?」
ヤッファ、ファリエルと話していたアティが、こちらに気づいてやってきた。戦闘直後に封印かまして避難作業して、疲れた様子は隠せていないが、少しくらいは回復したのだろうか。
成り行きなのか、その後ろからやってくるふたりにちらりと目を向けて、まず「はい」と笑ってみせる。それから、ヤッファに視線を向けて、ちょいちょい手招き。
「ん?」
少しだけ足を速めて到着してくれたシマシマさんの手を、左右。両手でそれぞれ持ちあげた。
疑問符浮かべた三人が見守るなか、ばふ、と、それを自分の頬に押し当てる。
ふわふわの毛に包まれた、やわやわの肉球。
「ああ……癒される……」
「……おいおいおいおい」
まさにこの世の極楽といった表情で、まったりととろけるに、頭上から呆れ返った視線、横手からは羨ましそうな視線がふたつ、注がれたのだった。