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【目覚める深遠】

- そして伝説へ…? -



 駆ける。
 前を行く黒い人影を追って、ただ、駆ける。
 専業召喚師のくせに、オルドレイクは身のこなしがいっぱしの戦士なみだった。それにコンパスの差が加わって、持ち前のすばしっこさだけでは、なかなか相手に追いつけない。おまけに、さっきの後遺症だろうか。何度か目眩を感じて、そのたびに、縮みかけた距離が離されるという馬鹿げた話。
 待て、というのも勿体無く、無言のまま、はオルドレイクを追いつづけ――

「!」

 不意に開けた視界。一瞬息を飲んだ。
 いったいどうやって見つけ出したのだろう、こちらの知りもしない道を辿って、オルドレイクはとうとう遺跡の外へと走りぬけたのだ。
 位置関係からして、裏口かなにかだろうか。もしくは、緊急脱出用だかの非常口。
 いつの間に、こんなもん見つけるほどに遺跡を探索したのか。無色の派閥は、真正面からぶつかるとつくづく手強いのだと思い知らされる。
 だが、が息を飲んだのは、それだけにではない。
 緑鮮やかな木々は、今駆け出して来た入り口の周囲だけ、こぢんまりした広場ほどの面積分場所を空けていた。その向こう、やわらかな下草を踏みしだいてなお距離を進んだオルドレイクが、勝ち誇ったように口の端を吊り上げてこちらを振り返る。
 その傍らに、人影があった。
 待機していたのだろうか、迎えに来たのだろうか?
 視界の端にちらちら、大きくはないけど小刻みに点滅する光が少しうっとおしい。けど、それは、人影が誰であるかを見通す邪魔にはならなかった。
 たくましく鍛えられた体躯に、頑丈だけがとりえのような布地を用いた衣服をまとい、装飾のひとつさえない、素っ気ない刀を腰に差した男。
「……ウィゼル、さん」
 ウィゼル・カリバーン。
 それが、彼の名。
 オルドレイクとの間に立ちはだかる形で、彼はそこにいた。
 鍛冶師として極みを求め、その過程において剣の極みに至ったという魔剣鍛冶師が。
 さすがに、延々と走りつづけたのがこたえたか、息を荒げたオルドレイクがウィゼルに指示を出す。
「そやつを」、
 殺せ、と、云おうとしたのだろうか。だが、ウィゼルはつまらなさそうに、それを遮った。
「己の力に溺れて余計な事態を引き起こすのが、おまえの弱点だな。いい機会だ、教訓として刻んでおけ」
「ぬ……ッ!」
 びきっ、と、オルドレイクの額に浮かぶ三叉路。けれども、無為な口論をする気はないとばかり、すぐさま彼は身を翻す。
「ごたくは要らぬ、後は任せる。――小娘、仲間どもが呪われる様を、肉の身なくして見るがいいわ」
 余裕を見せたいのか、ゆったりと遠ざかる背中を――だが、は追えず、その場に立ち尽くす。
「……さて」
 気乗りしない表情のまま、に向き直るウィゼルの手が、刀の柄にかかっていた。
「ウィゼルさん」
 どいてほしい、と云いかけるこちらの台詞もまた、彼は遮った。

「それで」、
 表情を変えずに彼は云う。
「おまえは誰だ」

 ……

「あ。」

 ぎちっ、と、油切れ起こした機械人形ちっくな動きで、は腕を持ち上げた。
 手のひらに触れるのは、赤黒いものがべったりこびりついて固まって、ぱりぱりになってる肩までの髪。
「つまらんな」
 表情そのままに、ウィゼルは云った。
「出てくるならあの娘かと思っていたら、見も知らぬ小娘ときた。……最後の最後までオルドレイクめ、要らぬ手間をかけさせる」
 僅かに腰を落としたウィゼルを見、もまた、剣の握り手を確かめた。
「――――」
 そうして、にわかに周囲の空気が硬質さを帯びる。
 間合いには不服ない。けれど、ウィゼルにはそんなもの意味がない。
 絶対攻撃とも云える、距離を無視した居合の刃。空を切り裂く神速を繰り出されたとき、はたして自分は、五体満足でいられるのだろうか。
 ……それでも、ここを越えねば、オルドレイクを追うことは出来ない。
 ぴくり、ウィゼルの身体がわずかに動く。
「む……」
 来るかと地面を蹴りかけたは、だが、直後響いたいぶかしげなつぶやきに、がくりと脱力した。
「――な、なに」
「それは魔剣か」
「え……」
 白く。
 あの焔の影響かと思っていたけれど、道を破壊しきった今でも、の手にある剣はほの白く輝きつづけている。まあ、考えてみたら、道の先が碧だったときも輝きはそのままだったし、また、ハヤトたちの手にしてた剣も、道などないのに淡い光を発していたのだから、剣自体がそういうものなんだろう。
 それに目を止めて問うウィゼルのことばに、油断はするまいと念じつつ、剣を視線の高さに合わせてかかげた。
「これは」
 あなたがつくってくれたもので――そう、云うより先に、
「三本目の魔剣か」
「はあ?」
 やはり、半ばにしてのことばを遮り、彼はそうつぶやいた。
 からかっている様子はない、ウィゼルの表情はいたって真面目……というか無表情もいいところで、何を考えているのか判らない。
 さっきから性急に結論出してばかり、いったい何がしたいのか。
 そのへん含めて問おうと意気込むだったが、また、先手を打たれる。
「ならば俺が敵う道理もないな。おとなしく退くとしよう、魔剣使いよ」
 ――なんか、すごく、自分が悪者に思えた瞬間だった。
「ちょ、ちょっとウィゼルさん!!」
 それ以前に、なんだって素直に負けを認めるのか。このひと、けっしてそんな性分ではないだろうに。
 さっさとこちらに背を向けるウィゼルを捕まえようと、あわてては足を踏み出した。
 が、それを見越していたかのように、彼が振り返る。
「伝えておこう。隠されし三本目の魔剣が、そしてその使い手がいたと。いかに無色の派閥の精鋭といえども、甦った魔剣と新たな魔剣を相手とするは分が悪い、とな」
「え、いや、その」
「派閥の決定権がオルドレイクだけにある由もない。あれがどう喚こうと、一度失敗した者への評価が回復するまでには、それなりの時を要しよう」
「……あのー」
「当然、あれも信頼回復にやっきになろうな。ああは云っているが、おまえたちに再びかまける暇などなかろうし、余裕が出来るころには別のことにかかずらっておろう」
「いやあの、ちょっとウィゼルさーん!」
 何故だかやけに、こちら側にとってばかり有利なことを、ぺらっぺらぺらっぺら、しゃべくりたおしてくれる魔剣鍛冶師さんに呼びかけるの声は、とうとう大音量。
「ではな」
 が、ウィゼルはそんなもん、歯牙にもかけずに前方へと向き直った。
 ごっつい岩みたいな背中を無防備なままにさらし、首が少し傾げられる。上を見たのだろうか。
 踏み出される足。それと同時に、

「エトランジュ・フォンバッハ・ノーザングロリア。俺はその名を伝説の勇者として、三本目の魔剣使いとして、伝えるとしよう」

「ちょっと待て――――い!!!!」

 思いっきしバレてるんじゃないかあたしのこと!!
 怒鳴るの声は、空気を震わせ、木々を揺らがせた。
 だがやっぱり、ウィゼルにとっては何処吹く風。
「無色に二度はない。――この島へも同じだ。それでよかろう」
 派閥の大幹部、オルドレイクの側近として今は在る彼に出来る、それが最大の譲歩だったのかもしれない。
 一切の拒否を許さぬ口調で告げて、ウィゼルはもう、振り返ることもしないまま、歩き去っていく。の反応などどうでもいいのだろうか、いや、彼のことだ、がくがくとその場に崩れ落ちる気配くらい、感じるのは容易なことだったに違いない。
 やわらかな下草の上、ぺたりと座り込んだは、木々の向こうに遠ざかっていく巌の背中を呆然と、ただただ、見送っていたのだった。

 ……わりとお茶目だったんだな、ウィゼルさん。

 いつの間にか鳴動を止めた地面へ、感じる目眩の促すままに、尻どころか背中からそのまま倒れ込み、見上げる空は遥か高く、蒼く。
 遺跡に染み渡る蒼い光を、かつてあった道の最後の残滓でとらえながら、は、胸一杯、息を吸い込んで目を閉じた。

 いつかまた、逢いましょう、ウィゼル・カリバーン。
 ついでに、別に約束なんてしてないけど、オルドレイク・セルボルト。
 新しい誓約者、エルゴの王が現れるころ。
 今度は、あたしが、初対面で。


 ……でもお願い。
 出来ればエトランジュ(略)って名前は、永久に封印しといてくれませんか。いやマジで。


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