光と焔に覆われていた時間は、数秒もあっただろうか。眩んでいた視界を取り戻した一行がまず見たのは、亡霊の欠片さえ見当たらぬ、がらんとした現識の間。
地鳴りも、今はない。
うわんうわんと残響はあるが、じきにそれも落ち着くだろう。
そして次に見えたのは、
「イスラッ!?」
黒髪の姿に立ち戻り、ふらりと身を傾がせるイスラ。それを支える。
悲鳴じみたこちらの叫びはもう聞こえないのか、イスラは微動だにしない。
けれども、代わりに、その胸に耳を押し当てたが、一行を振り返った。
「あ……」
――に、と笑ってブイサイン。
「ああ……っ」
あんな状態で紅の暴君を抜いたのだ、もう駄目かと、誰もが思っていたそれを、の仕草は見事に覆してくれた。
それで力が抜けたらしいアズリアが、ぺたん、と床に座り込んだ。流れ出す涙が彼女の頬をとめどなく濡らすけれど、表情は安堵に輝いている。傍らに立つギャレオも、肩の力を抜いていた。
だが、まだ安心するには早い。
「大人しく、亡霊どもと心中させてやればよかったものを……」
憎々しげにつぶやくオルドレイクが、またしても、攻撃の意志を見せているのだから。
「だがここまでだ! 今度こそ消えるがいい!」
一気に集束する魔力、その標的となるのは、意識を失ったイスラと彼を支える――!
「イスラ!」
「!!」
悲鳴。
あんな力を放出して、もう限界も突破したろうふたり。
咄嗟に踏み出す足。間に合うとは限らないのに。
距離がありすぎる。まして、オルドレイクの放つ攻撃は、自分たちでは防げない。
より近い場所にいたレックスとアティが駆け出しているけれど、それよりもまだ、オルドレイクの攻撃が速い。
……けど。
「それは」、衝撃を与えないように、そっと、イスラを床に横たえて、がそこに立ち上がった。「こっちのセリフだってのよ!!」
手に携えるは、淡く輝く白い剣。
「……ぬ」
力を使い果たしたと思った相手が、まだ、そんな余力を残していることに驚きを感じたか、オルドレイクの動きが鈍る。
それを見逃さず、が床を蹴った。
「くッ!?」
いかに優れた召喚師といえど、懐に潜られてしまえば手も足も出まい。だが、そこはさすが大幹部というのだろうか。連続して繰り出されるの攻撃を、錫杖でどうにか捌いていく。
そうして、打ち合いを続けながらも、淡く光り出す錫杖の先。
「――病魔よ! 次はこの小娘を喰らうがいい!!」
「でっ!?」
この期に及んで召喚術が来るとは思っていなかったらしい、慌てて身を引こうとするけれど、暗く淀んだ光が彼女を覆うほうが早かった。
「!!」
響く絶叫。
けれど。
「……っ!!」
淀んだ光は、一旦はを覆ったものの、それ以上侵蝕することも出来ず、霧散していた。
「なんだと……!?」
「あれ?」
驚愕を宿すオルドレイクの呻き、身を守るように腕を眼前で交差させていたの、きょとんとした声。
駆けつけようとした誰もが、予想しなかった展開に、思考と動作を凍りつかされる。
そして、失敗を悟ったオルドレイクが「ちぃっ」と舌打ちを零しながら床を蹴った。――後方に。
「貴重な時間を無駄にしたわ……ッ! 貸しておくぞ、不埒者ども。我らが復讐に怯えたまま眠れぬ夜を過ごすがいい!」
「んなことさせるかッ! あんたはもう、ここで退場! でなきゃこっちから叩き出す!!」
最後まで往生際の悪い感のある捨て台詞とともに身を翻すオルドレイクを追って、遅れること二拍。もまた床を蹴る。
一拍はいわずもがな、もう一拍は、僅かに傾いでこめかみに手のひらを当てた分。それは、後方の一同が抱く不安を増幅させた。
「!!」
ひとりでなんて無茶だ、と、叫ぶ誰かの声に応えて、彼女は振り返りもせずに、頭に当てていた手を振った。
「封印とイスラよろしく任せた、また後で!!」
――それで、はっ、と、一行の意識が叩き起こされる。
「!!」
「戻ってきてくれますよね!!」
叫ぶレックスとアティに応え、彼女は一度だけ指を立てた。そうして、その姿が奥の薄暗がりへと飲み込まれる。
そうして振り返ったレックスたちへと、今度は護人たちが駆け寄った。
アルディラが、矢継ぎ早に指示を出す。
「キュウマ、ヤッファ、ファリエル! ありったけの魔力を彼らに注ぎ込んで!」
「共界線に、直に魔力を叩き込んで黙らせるってわけか」
「今はそれが最良です――心得ました!」
「オオオォォォォ……!」
応じるヤッファとキュウマの傍ら、白銀の鎧姿となったファリエルが、早々とそれを開始する。
続いて、さしたるロスもなく、残り三人の魔力がそこに重なった。集ったそれらは迷いなく、レックスとアティのかざす魔剣へと流れ込む。
「お願い……!」
そう、祈ったのは誰だったろう。
白と紅が迸った空間を、今また、蒼い輝きが駆け抜けようとしていた。