目には目を。
歯には歯を。
どこぞの経典曰く、右の頬を殴られたら、右左殴って蹴り入れろ――どこの経典だとかは問うな。
ともあれ。
――ならば、魔剣には魔剣を。
何度かの戦いや、ファリエル、フレイズの助言によって判ったことだが、亡霊たちにはとかく召喚術が効き難い。特に、サプレス系の術なんざ、焼け石に水って感じ。
一行のなかで、おそらく一番霊界の召喚術に長けているヤードの使う術でさえ、さしたるダメージを与えきれていない。
故に、召喚師たちは早々に部隊中央、後方に位置し、援護と回復に自分たちの役割を定めた。
彼らを囲むように、遠距離組。それから、近接組。
そこからさらに突出した形で、イスラに向かって階段を突き進む一団。
何故かその先頭を任される形になったは、白い剣振り回して、亡霊たちを遠慮会釈なしに斬り伏せていた。足元のプニムが使う岩石落とし共々、白い剣は、あちらにとって脅威らしい。
何故かもへったくれも、まあ、そう云われるとあったもんじゃない。
抜剣したイスラの強力は、誰もがよく知っている。ならばそこへ、レックスとアティを無傷のまま向かわせなければいけないと、誰も何も云わずとも、誰もが心得ているのだから。
とはいえ、ふたりが戦わないで済むかというと、そういうわけにもいかないのが現実。
亡霊たちの攻撃は実に多岐にわたっていて、獲物も、剣やら斧やらに始まって、召喚術使う奴さえいるのだ。果てしなき蒼を抜いているとはいえ、無傷でというのは無理な話だった。
何より、レックスとアティってば、隙あらば前に出て露払いの手助けしようとしてくれるんだから……おい、順序が逆だろうって。
もっとも、じりじりと前進している後続が、機会をはかっては前方にも回復術を飛ばしてくれているのだけど。
そんなふうにして、留まることを知らない亡霊の洪水を、一行は突き進む。
イスラとの間に立ちはだかる分厚い壁は、その分だけ、徐々に徐々に、薄くなる。
「だ――! 夢に見そうなヤな形相はいい加減引っ込めろってのよッ!!」
なんとも緊張感のない怒声とともに、は、白い剣を振り抜いた。
さしたる手応えも感じぬまま、だが、たしかに亡霊はその一閃で霧散する。残るは苦悶めいた叫びの残滓。
「ナップ……場所変わってくれないかな。さんの近くにいると緊張感が……」
「隣のオレと変わってどーするんだよ」
「ミュミュー!」
「ピッ! ピピ!」
なんとも失礼なこと抜かす、斜め後ろのナップとウィルの会話、そんな彼らを励ます二匹の鳴き声を漏れ聞きながら、次に迫る亡霊もまた一撃必殺。
遠慮なんて、そこにはない。いいように使われて消えていく亡霊たちを哀れだとは思うが、悼んでやる余裕はない。
どうせ、というと甚だ失礼な話だが、島の意志だか核識だかがどーにかならん限り、彼らに消滅は訪れない。永遠に、囚われつづけるのだ。
「……」
そういえば、と。ふと思い出す。
いつかもこんなことを考えた。ここを封印するのだと、レックスとアティが決めたあの日、それを知る少し前。
封印しようが解放しようが、島の在り方は変わらないんじゃないかと、もやもやしてた気持ち。
「憑依まで使いおるか、この不埒者!」
後方から、ミスミが叫んでるのが聞こえた。
何やら、後続の誰かに亡霊が乗り移っちゃったらしい。ちらりと、前への警戒を怠らぬよう視線だけ向けると、ミスミが、こめかみおさえてるソノラの肩を、扇で優しく撫でてやっていた。
うーむ、まず抑えるべきは銃使いのソノラかヴァルゼルド。
亡霊ながら、なかなかに戦略したたかな奴らである。
そんなもう片方の銃使いことヴァルゼルドは、疑う余地なしの機械兵士。そもそも召喚術との相性が悪いせいか、術はともかくとして、亡霊自身が憑依することは出来ないようだ。なんか周囲で右往左往してるそれらを、スカーレルやフレイズ、キュウマがレッツズンバラリン。
時折迸るのは、召喚術。鋼色の光。
亡霊たちには効きづらいと思っていた術にも例外はあって、機界に由来するものが、それに当たる。
アルディラとクノンが、同時に唱えてブッ放してる召喚術なんぞ、一撃で数体弾き飛ばしてる有り様。恍惚とした笑みを浮かべないでくださいアルディラさん、また操られてませんか。
口にしたら殴られそうな失言は、きっちり喉の奥に飲み込んだまま、今度は前方にある壁の厚みを再確認。
紅をまとった白い姿が、そこで、思ったよりも間近にとらえられた。
それは、もうすぐイスラとの間にある障害物がなくなるという励み。逆に、イスラにとっては、防衛壁がなくなるという焦り。――に、繋がってもおかしくはないというのに。
何をするでもなしに、紅い白は、佇んだまま。
「……」
いぶかしく思って、途絶えぬ亡霊の攻撃を捌く間も、何度か視線がイスラへ向かう。
「……」
そうしているうち、ふと、目が合った。
紅く染まった双眸が、細められる。ゆっくりと、やわらかく――切なく。
どうして、戦いの合間にそんなふうに笑えるのか。自分が劣勢であることが判らぬほど愚かではないだろうに、何故、それを待っていたような表情で、こちらを見るのか。
矛盾だらけだ。本当に。
そう、思った矢先。
「――」
小さく。ほんの小さな動きだけれど、たしかにイスラは首を振った。横に。
そして視線はから逸れて、その背後、蒼と白をまとうふたりに向けられる。
「……」
待っていたのは、彼らか。
同じ、魔剣の適格者。継承者。
彼らを自分が倒すためだけに、この接近を狙っていた? ――そう考えるには無理がある、いつかの警鐘がまた響く。
だけど、突き詰めるために思考へ没頭する余裕はない。
「レックス! アティ!!」
だから叫んだ。
群がる亡霊を蹴散らしながら、走ってくる足音ふたつ、その名を呼んだ。
それだけで意図は通じたはずだ。
露払いがもうすぐその役目を終えることも、イスラとの間にあった障害がほとんどなくなりかけているということも、後ろのふたりには見えたはず。
振り返りもせず、は横にずれた。
空を切り裂いて飛んでくる矢を、ついでとばかりに叩き落して――
「は」、そうして彼はまた笑う。「く……っ、はは、あははははははははは――――!!」
何の構えもとっていなかった体勢が、そこで変わった。
足を肩幅ほどに開き、紅を下げる右手を心なし浮かせて、それは、迫る攻撃に備えてのものか。
「バカだよ、君たちは、本当にッ!」
蔑む声と視線を追って、は背後を振り返る。足は最後の一歩を踏み出して、身体はとうにイスラと同じ高みに辿り着いていた。
……その数歩ほど、下。
ほの蒼く光る剣を携え、駆ける――赤い髪したふたりの姿を目にして、瞠目する。
「それで僕に勝てるつもりか!?」
彼らの手にあるそれは、果てしなき蒼。だが、白い変貌を解いているということは、剣の力を十全に発揮出来る状態ではないということ――するつもりがないということ。
罵ると同時、イスラが紅の暴君を振り上げた。刀身にまといつく紅の光は強く、昏く、猛り盛る。
「そんな、ふうに――結局変われやしないのなら……望みどおり、消えてしまえばいいッ!!」
怒声。いや、悲鳴?
――どうして。
伝わる思惟に、意識を奪われたその一瞬。
レックスとアティが、最後の一段を駆け上がる。継承者たちが、蒼と紅が、同じ高みで対峙する。傍らに、白が立つ。
紅の暴君が振り下ろされた。
暴虐としか云いようのない、調整もなにもされてない、ただ破壊するためだけに揮われる光が、片割れであるもう一組を襲う。
「――――!」
炸裂する音と光に負けじと足を踏ん張って、は目をこらした。
紅の光が迫ると同時、蒼い光が迸る。
同時に振るわれた果てしなき蒼は、紅の暴君よりもたらされた力を受け止め、そして、押し返し、
「ぐ……ッ!?」
「おおおぉぉぉおぉおッ!!」
予想していなかったらしい抵抗に、イスラが顔を歪める。
レックスが咆哮し、アティが腕になお力を込める。
――――蒼い光輝が、紅の爆光を弾き飛ばした。