欲しかったもの。
あきらめたもの。
手に入れたかったわけじゃない、君臨したかったわけじゃない、
――ただ、
ただ、誰もが持っているくせに誰もがその幸福に気づかぬそれに、
ずっと――ずっと、ただ、焦がれていた。
走る途中で、一行は、それぞれの集落から駆けてくる仲間と合流した。
徐々に膨れ上がる人数が限界に達したのは、遺跡のほぼ目の前。ラトリクスから出発して、とうの昔に待機してたらしいアルディラ、クノン、ヴァルゼルド――それに、ヘイゼルのところへ行ってたらしいアティ。の、傍らにスカーレルの姿まである。
「スカーレル、おまえ、こんなとこいやがったのか!?」
どうやら、とレックスを拾う前に捜索したらしいカイルが、恨みがましげな声をあげた。
それを受けたスカーレル、ごめんなさい、と、苦笑い。
「ヘイゼルのことが気になっちゃってね……ほら、元同僚なワケだし」
それで様子を見に来たところ、先にアティがスクラップ置場――ヘイゼルは体調が良いたび、そこにいってるんだそうだ――に向かったと聞いて身を翻したと同時、えまーじぇんしーが響いたんだとか。
リペアセンター内部に赤や黄のライトが乱舞して、そりゃあキレイ、もとい、目に厳しかったらしい。
それから大急ぎでスカーレルはスクラップ置場にアティを引っ張りに行き、ついでとばかりにヘイゼルをメディカルルームに戻したんだとか。
少しは話せたのか、と聞いたら、アティは
「ええ。少しだけですけど、昔の話を聞きました」
そう云って、スカーレルは
「……ま、センセと話して何か変わるならいいんだけどね」
そうつぶやいた。
としてはもう少し続きを聞きたい気持ちがあったのだけれど、そうのんびりもしていられない。
今は何も起こっていないけれど、もし、イスラが紅の暴君の力を本格的に解放してしまえば、島は彼の思うがままになってしまうらしい。
……するならするでさっさとすればいいものを、なんてやさぐれるこちらの気持ちなど知ったこっちゃない皆さんとともに、もまた、慌しく遺跡に駆け込んでいったのだった。
見えるもの。
諦めないもの。
何よりも、何よりも強い最初のひとつ。
特別に意識するわけじゃない、当たり前に享受する奇跡、
――ただ、
ただ、誰もが最初の一歩で願い、そして、抱きつづけるひとつ、
それが――それだけで。ただ、在れるだけで。
そして、その背中は、真っ先に視界に飛び込んできた。
遺跡を、奥へ奥へと、いつかも通った記憶に新しい道をひた走り、辿り着いた“現識の間”に、その背中はあった。
右腕に紅い刃をまといつかせてはいるけれど、その髪は黒く、また、短い。
かつて、レックスとアティが、碧の賢帝をそんなふうには使っていなかったことを考えると、彼は、あのころのふたりよりずっと、魔剣に馴染んでいるのだろう。
だからこそ、危険なのだと、みんなは云うに違いない。
そのみんながなだれ込む足音は、静まり返ったその場一帯に、予想外の大きさで響き渡る。
いや、もともと気配を隠すつもりなんてなかったから、別にいいと云えばいいのだけれど――ともあれ、足音高く駆け込む一行を待ちかねてでもいたかのように、その背中の主が振り返った。
「――やあ。早かったね」
はるか階上から階下の全員を視界におさめ、イスラはやんわりと微笑んだ。