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【そしてひととき骨休め】

- 雷のち鬼忍の嫁探し -



 いささか気が遠くなりかけはしたものの、懸念してたマネマネ師匠の体調も心配なかったし、とプニムはそれからしばらく、互いの世界に伝わる伝説について三人と歓談したあと、狭間の領域を後にした。
 ついでにビジュだった光はまだ健在なのか訊いてみたところ、まあテキトーにその辺漂ってるんでないかいと黒髪さんのお返事。アバウトだな。
 ギャレオが墓をつくってくれたこと報告したかったのだが、ま、知ったところで何かリアクション出来るでもなし、本来知りえることでもなし。
 ラトリクスと狭間の領域には行ったし、こうなりゃ勢いだ、と訪れたユクレス村で、ご機嫌にヤッファのたてがみを毛づくろいしてるマルルゥをひやかして、ふたりは最後に、風雷の郷に辿り着いた。
「レックスか? ――ああ、さっきパナシェの方を終わらせてたぜ。今から風雷の郷行けばちょうどいいんじゃねえか?」
 と、ヤッファが教えてくれたからだ。
 そのときつい首を動かしちゃって、マルルゥに「じっとしててくださいですよシマシマさん!」って怒られてたけど。
 さて、ともあれ風雷の郷に足を踏み入れて、ふとは気がついた。
「……ゲンジさんにご無沙汰だ」
 最後に訪れたのはいつだろう、いつぞ死にかけたあの戦いからこっち、行方知れずもいいところだった。
 遺跡の戦いで合流した一行には、さんざ手荒い歓迎もとい説教をもらったけれど、それから今日までは、ほとんど船周辺でうだうだしてたし。
 あっちゃあ、と、額に手のひらを当てる。
「……しょうがない、怒られに行くかあ」
「ぷ?」
「とばっちりくいたくなかったら、先にミスミ様の御殿行ってる?」
「ぷー♪」
 首を傾げるプニムにそう云うと、実に素直なよい子のお返事とともに、青い小さな相方は肩から飛び下りて、てってけ走り去って行った。
 ……薄情モノめ。

 郷の外れにある小さな庵は、最後に見覚えたものと変わってない。
 古ぼけた、だけどしっかりしたつくりの木戸を叩いて待つこと数秒、「誰じゃ」と、変わらぬここの主の声。
 応えて
です」
 と返すと、戸の向こうの空気が固まった――気がした。
 慌しく床を早歩きしてる音が近づいてきて、ガラララッ! と盛大な音とともに戸が引き開けられる。
 そうして、
「――――?」
 戸口に佇むは、焦げ茶の髪に黒い双眸の娘さん。その姿を見たゲンジは、一瞬いぶかしげな表情を浮かべたが、すぐに、それを察したようだ。
 年月を重ねるごとに貫禄を増してきたのだろう双眸に浮かんだ安堵は、だが、すぐさまかき消える。
 訪れるそのときに備えてか、反射的に耳を庇おうとした腕を、はどうにか押しとどめた。
 代わりに身をすくめた瞬間、

「このバカタレがッ!! 今ごろになってのこのこ顔を出すとは、なんと心得ておる――ッ!!」

 左右の耳からダイレクト、脳天突き抜け逆雷でも発生させかねないゲンジの怒鳴り声が、辺り一帯を震わせた。
「はわわわわ……」
 外耳に鼓膜に内耳に三半規管、盛大なダメージを受けて目をぐるぐるまわすを、ゲンジは「ふん」と一瞥。
 あれだけでかい声出しといて、ちっとも息切れした様子がない。ああ、教師時代のこのひとが、なんだか目に見えるようだ。
「まったく……なんじゃその姿は。名前だけでなく、外見まで偽っておったのか」
 呆れたような声に、「はははは」と、どうにかこうにか乾いた笑いを返して、は大きく頭を振った。
 ぐらぐらしていた視界が、それでなんとか焦点を結んだ。
 思ったとおり、こちらを見るゲンジの目は、色濃い呆れを漂わせてる。
「それで?」
「え?」
 呆れた表情のまま、ゲンジは問う。
「“”か“”か。その姿ならば“”か?」
 使う呼称を問われてるのだと気づくのは、難しいことではない。
「“”でお願いします」
「そうか。まあ、その方が馴染んでもおるしな」
 応えると、それを予想してたらしく頷いて。そこでようやっと、ゲンジの表情がやわらいだ。
「無事で何よりじゃ、
「はい。ありがとうございます」
 軽く肩を叩く手のひらを受け入れて、もにっこりと笑い返した。



 鬼姫の御殿に到着すると、何故かミスミが笑いながら出迎えてくれた。
 なんだなんだと思っていたら、
「先ほどの、ゲンジ殿の怒鳴り声。こちらにまで聞こえておったぞ」
 ……とのこと。
 あー、どうりでレックスやスバル、おまけにプニムまでこっち見て微妙な笑顔浮かべてるわけか。
 唯一普段どおりの顔してるのが、キュウマだった。ただ、頬が少し赤い。
 こちらもこちらでどうしたのだろう、そう思って見てるのがばれたのか、の視線を追ったミスミが「ああ」と手を合わせてまた笑う。
 ……なんか、鬼姫さまの笑顔が、悪戯を思いついた子供のようにも見えるんですけど?
 ちょっぴし身構えただが、予想に反して、その矛先が向かったのは別の相手だった。
「のう、キュウマ。などどうじゃ?」
「はい?」
 とはいえ、名前を出されれば気にはなる。
 思わず自分を指さしたとは逆に、キュウマはその場に凍りついた。
「え、ミスミ様、は……」
 戸惑った顔で反論を唱えようとしたレックス、
「先ほどからお戯れが過ぎますぞ、ミスミ様ッ!!」
 ……それを遮って、鬼忍の絶叫が――たぶんゲンジの庵にも届いたかもしれない、この大きさなら。
「あははははは!」
 スバルが笑い出す。
 話の展開についていけずに目を泳がせているを見上げて、
「さっきまでさ、母上の再婚とかキュウマが身を固めないのかって話してたんだよ」
「ミスミ様とキュウマさんが再婚?」
『違う違う』「違います!」
 変な部分でミックスさせたの解答に、レックスとミスミが真顔でもって、キュウマがむきになってるような勢いでもって、訂正を入れる。
 そんな大人たちの反応もどっちらけで、スバルとプニムは大笑い。
 そこでようやく、は、さっきミスミの云っていたことばの意味を理解した。
「ああ……キュウマさんが身を固める相手に、あたしはどうか、と?」
「ミスミ様の戯言ですからッ! 殿ッ!!」
「ほれほれ、どうじゃ? このとおり色事にはとんと疎いが、それはおぬしもいい勝負のようじゃし、何より誠実なのはわらわが保証する。考えてみる気はないか?」
「ミスミ様!!」
 キュウマが必死に云い募れば云い募るほど、ミスミは楽しそうに彼を槍玉にあげる。
 とりあえず落ち着け、鬼忍。
「どうどうどう」
 マネマネ師匠よろしく宥める仕草などして、はキュウマの肩をぽんぽんと叩いた。
 それから、ゆるみきった口元を扇で隠すミスミに向き直り、
「ミスミ様も。あんまりからかわないほうがいいですよ。キュウマさん、そのうち胃に穴空いちゃいますよ?」
「……軟弱な胃じゃのう」
 ちょっぴしつまらなさそうにつぶやきはしたものの、一応部下は部下、ミスミは首を上下させた。
 まあ、このひとたちの場合、主従というよりはもう家族って云っちゃってもいいような気がしないでもないが。指摘すると二名はともかく一名が躍起になって否定しそうだから、やめとこう。
 それで話もおさまるかと思いきや、ミスミは、ちらりとに視線を戻し、
「だがのう、冗談を抜きにしても、ならわらわも歓迎なのじゃが」
 などと、これまた名残惜しそうな発言。
「ですから……」
 一連のやりとりで、もはや怒鳴る気力さえなくなってしまったらしいキュウマが、力なくかぶりを振った。
 その姿に深い哀れを覚えて、とレックスとスバルとプニムは、なんともいえぬ表情で顔を見合わせたのである。
 わりと不憫だなあ、このひとも。


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