TOP


【無色の派閥・3】

- 無色さんご撤退 -



「なあんてことしてくれやがるんですかキュウマさん、ベルフラウッ!!」

 気を失って倒れこんできたヘイゼルを腕に抱え、は、左右から文字通りの横槍を入れてきたふたりへくってかかっていた。
 その剣幕に圧されたか、
「いや、その」
 とキュウマがしどもどになり、
「だって、その人も無色の派閥の」
 と、ベルフラウがおろおろし始める。彼女の動揺を見たオニビが、むーっと膨れた。
 どうして彼らがこちらに手を出したのか、それは、周囲を見ればすぐ判ることだった。
 がヘイゼルにかかずらってる間に、彼らはとっとと暗殺者どもをしばき倒していたのである。どうやら見事に“生かさず殺さず人事不省”を実行できたらしく、小さく痙攣する黒い影どもは起き上がることも出来ないでいるらしい。
 ……その点はヘイゼルも同じだろう、命に別状はなかろうが……うーむ、背中は一面火傷ってるわ、足からは血ィ流してるわ、トドメとばかりに今不自然にすごい勢いで引き倒したおかげでその足がビミョーに曲がってるわ。
 なんかあたし、ギャレオさんもそうだけど、トドメばっかり刺してないかい?
 と、ため息をつきかけたとき。

「おぉーい! 、ベルフラウ、ウィル、キュウマさんたちも!! 無事かー!?」

 遥か頭上から、レックスが身を乗り出して叫んでいた。
「……ありゃ」
「ですから」
 こちらも急ぎ仕留めなければと。
 ぶつぶつ云うベルフラウとウィル、やっぱりちょっぴし不機嫌そうなキュウマへ、ごめんごめんと謝って、は後頭部に手をやった。苦笑い。


 どうやら、レックスたちの加勢のおかげで階上の戦いは逆転勝利、オルドレイクらは退いてくれたらしい。
 やけにあっさりという気がしないでもないが、抜剣者二名様に加えて大将が未だ本調子じゃないっていうのが響いたのだろう。そう思っておこう。
「……」
 ふとウィゼルの姿を探しかけて、やめた。
 彼のことだ、何も云わんとオルドレイクの傍らにまた立ち並んで去ったのだろう。――再会は、まだ、遠い遠い明日のことだ。

 白く蒼く変貌した姿でもってこちらを覗いていたレックスとアティの姿が、ふっといつものそれに戻る。が果てしなき蒼の抜剣を見たのはこれが初めてで一瞬だったけど、伝わったものはあたたかで優しい感じ。
 どやどやと降りてくるレックスたちの表情は、今かけられた声に比例して晴れやかだ。
 マルルゥなんぞ、「宴会ですよぅ!」と上機嫌。いつもならかったるそうに飛び回る彼女を払うヤッファも、このときばかりは黙認してる。
 ……が。
 そんな一行の雰囲気は、たちのいる階下に到着すると同時、ひたりと戸惑いを生み出した。
、その人」
 の腕に抱かれた女性を、アティがおずおずと指し示す。
「……捕獲したっていうんですかね、これ」
 大将の撤退に合わせたのか、引率者をほったらかしてとっくの昔に姿を消した暗殺者ご一行のいた場所を所在無く、ちょっぴり腹立たしく見つめながら、は答えた。
 腕にからみつく赤茶の髪、それに縁どられた貌は常になく白い。それが失血のためであることは判る、命にかかわるほど大量のものではないのだろうが、火傷に骨折まで加われば十分脂汗だって出ようってものだ。
 力なくよりかかる彼女の身体は、思ったより軽かった。
「『茨の君』ヘイゼル」
 傍らに近づいて膝をついたスカーレルが、その顔を覗き込んでつぶやく。
「組織じゃ、その名で呼ばれてたコよ。――見捨てられたのね」
「……えっ!?」
 さきほどが目を向けた空間、いっときの戦闘力を奪ったはずの暗殺者どもがとうに姿を消した場所を、一同、振り返る。
 そうして、もうこの場には自分たち以外誰の気配もないことを、ヴァルゼルドが告げた。
「そんな、どうして。仲間、なんじゃ……」
「意識を失うほどの重症を負って、敵に抱えられた者に気をかけるような仲間意識など、無色にはないのですよ」
 苦い顔をして、ヤードがつぶやいた。
 その傍らに、アルディラとクノンが並ぶ。
「息は、まだあるようね」
「なくなっててたまりますか」
 む、とヘイゼルを抱きかかえるを、何人かが不思議そうに眺めた。
「……今なら、まだ手当てが間に合うと思いますが」
 状態をぱっと見てとったらしいクノンが、を見上げてそう云った。それから、彼女の視線はの後ろに立つ形になっているレックスとアティにも向けられる。
 クノンの視線を受けたふたりは、自分たちの周囲にいる仲間たちを見回した。
 ふたりが何か云うより先に、階段激突の名残を額につくったままだったカイルが、に、と口の端を持ち上げる。
「今さら、ゴタゴタ文句つけるヤツはいねえよ」
 そうそう、と、子供たちが頷いた。
「いちいち確認とらなくたって、判ってるって」
 代表するように、生傷ほったらかしのナップが云った。……好きでほったらかしてるのではなく、アリーゼやヤード、それにファルゼンやフレイズといった面々の魔力が先の戦いで枯渇してるせいだろうけれど。
 そのとおりですね、と、キュウマもまた、首を上下させる。彼の場合、どことなし申し訳なさそうな雰囲気もあったりして。
 そうして、すっ、とフレイズがの前、スカーレルの隣に跪いた。
「ラトリクスまでは、私が運びましょう」
 差し出された腕に、はヘイゼルの身体を預ける。
 立ち上がろうとした横から、「なあ」と声。
「いつまで、頭巾被ってんだよ? もう無色の派閥いなくなっちゃったし、外したら?」
「じゃのう。……それにしても、ようもまあ、そんな恰好でこやつらと渡り合うたものじゃ」
 今はフレイズの腕に抱かれたヘイゼルをちらりと見、ミスミが、スバルの発言に続けた。
 心底感嘆してくれてるらしい彼女のことばに、は、フードをとりつつ苦笑い。
「いえ、たぶん他の暗殺者相手だったら、危なかったと思います。……この人だったから、あたし、視界制限してても大丈夫だったんですよ」
「あのさ、。それ、謙遜になってないんだけど」
 暗殺者どもの統率係相手にして、なーにがこいつだったから大丈夫、よ。そう視線に乗っけてソノラが云うが、それは笑って受け流す。

 ね、ヘイゼルさん?

 あの戦いが終わったあと、なんだかんだでルヴァイド様たちがいないとき、仕事の合間を縫ってこっそり訓練に付き合ってくれたのは他でもない、どこぞのアルバイターさんだったですもんね――?


 突っつかれてもにまにま笑ってるばかりのを見るソノラの表情が、なんとも薄気味悪いものを目の前にしたようなものであったのを、知らぬは見られてた本人ばかりなり、と。


←前 - TOP - 次→