ごうっ、と、大気を切り裂いて飛んでゆくなにものかの音がする。の背後で。
振り返るのが恐ろしくて戸惑ってるうちに、同じく背後から“ずごっ”という鈍い音と「ぐはあッ!?」という呻き声。最後に、人が壁に激突したよーなくぐもった音。
「……」
さらにそれから少し遅れて、
「アールぶつけて階段に激突させるなんて、何無茶してるんですのナップ!!」
「真っ逆さまに落ちるよりマシだって思ったんだよ!!」
「――どっちもどっちだよ、カイルさん張り付いて痙攣してるし」
なんだかすっごく聞き慣れた兄弟漫才。
「あわわわわ……え、えっとキユピー!」
「キュピっ!」
ひとりおたおたしていた末っ子のことばに応える、かわいらしい鳴き声。先ほどのものほどではないけど、それなりのスピードで飛んでいった鳴き声の主が、カイルになにやら回復の光を与える。
「――――」
うわあ、振り返りたい。すっごく振り返りたい。
なんかここぞってタイミングでやってきた彼らの姿を、後光を追加して網膜に焼き付けておきたい。
でも、そんなことしたら目の前でこちらの隙をうかがっている紅き手袋軍団にめった刺しにされそうだ。不可。
カイルへの心配がなくなったキュウマが、数秒失してたらしい我を取り戻してこちらに戻る足音。同時に戻ってきたプニム、どちらともになくは問う。
「もしかして」
「――ええ」
応じるキュウマの声は、少しばかり不甲斐なさを悔やむ色もあったけれど、それ以上に晴れやかなものだった。
「レックス殿とアティ殿です。――新たな、魔剣も共に……!」
同時に、気づけば頭上でも、無色の派閥側で何やら悶着。
腹立たしさを隠せぬオルドレイクの声と、今しがたやってきたらしいウィゼルの声が、なにやらやりとりを交わしている。
そっか、剣仕上げてから来たんなら同時にもなるし、そりゃあオルドレイクだって悟ろうってものだ。……とゆーても、ウィゼルにしてみれば興味のある使い手に力を貸すという基本的な姿勢は変わってないのだ。オルドレイクもそのへんは承知しているらしく、渋々ながらもそれ以上の追及は止めたよう。
そして響く足音。
複数、の想像どおりなら六人分。
レックス、アティ、それに、ナップ、ウィル、ベルフラウ、アリーゼ。
――うむ、これで正真正銘総力揃ったことになる。彼らを差し置いて戦おうとしてたことに関しては、あとで首謀者を生贄に差し出すとして。
「!」
階段に足をかけたかどうかの場所で、レックスがこちらを呼ばわった。
「プニムにキュウマさんも! 平気ですか!?」
「お構いなく! でもよかったらベルフラウとウィル貸してください!」
「私?」「僕?」
少し階段を上ってたらしいベルフラウとウィルが、足を止めてつぶやく声。それから一秒も間をおかず、
「判りましたわ!」
「はい!」
声高に応じて、少女ひとり分、少年ひとり分の足音と気配がたちのほうへと向かってくる。
ほどなくして傍らにやってきた赤と緑の少年少女の姿を、そこではようやっと視界におさめることが出来た。いや、だって、背中向けると威圧が弱くなるし隙突かれちゃうし。うーむ、闘気がほしい。
ともあれ。先生たちが立ち直ってくれたからだろう、いつかの惨劇の元凶たる強敵を目の前にしつつも、双子の表情は明るい。それは、階段を駆け上って派閥の主力との戦闘に突入した彼らの兄妹、当の先生たちも同じこと。
「剣、出来たんだ」
やってきたふたりに、話しかける。
「はい」
「ええ」
頷いて、ウィルとベルフラウは、フード被った黒頭巾ちゃんを、ちょっぴり胡散臭い目で見つめた。
「……それ、どうにかなりません?」
「大人の事情ってもんがあるのよ」
戦闘の邪魔でしょうに、と、言外のツッコミへの対応も含めて一蹴。すると、非情に何か云いたそうな視線がこちらからもあちらからも。
僅かに首を動かして、あちらこと紅き手袋ご一行様を見やると、ヘイゼルがじいっとを見据え、というか睨みつけていた。……ハハハ、いっぺん剣交わしといて何を今さら姿隠す、ってな感じだろーなーあちらさんからすれば。
だが、今だから隠すのだ。
“”そのものの姿を、パッフェル(仮)に見られちゃうわけにはいかない。遠い明日が狂いかねない行動など、とらないにこしたことはない。
たとえ彼女が“”を知らないとしても、“”は彼女を知っているから。――刃を交えたあの夜が、とパッフェルの邂逅だった。少なくとも、はそう知ってる。思ってる。
彼女にどんな時間のからくりが働いているのか知らない、でも不安要素は減らすほうがいい、だからは黒頭巾ちゃんになるしかないというわけだ。
「あたしたちのやることは、あちらさんを上への加勢に行かせないこと。要するにひたすら粘るわけね。上の決着つくまで」
ヘイゼルの視線を受け流しつつ、は、ウィルとベルフラウにそう告げた。
はい、と素直に頷くふたりの配置をどうするか、と少し考える。
「ベルフラウ殿、オニビ殿は前に出ぬよう援護を。銃使いを優先してください。ウィル殿とテコ殿はプニム殿と組んでお願いします」
と、先にキュウマが告げた。
自分の考えた結果もそう外れたものにはならなかったろうため、もまた小さく頷く。
それから、補足。
「あたしはヘイゼルさんに行くから、横槍入らないようお願いね。キュウマさんは今までと同じに、あっち行きそうなのを先手で」
「承知しています」
「オニビ、がんばりましょうね」
「ビ!」
傍らのちびっこ召喚獣にベルフラウが云い、弓に矢をつがえた。
ウィルもまた、テコとプニムと頷きあい、前に出る。
自分より遥かに小さなふたりを見るに、だけど、不安はない。
年齢、経験による敵との差を、ふたりはちゃんと知っている。そのうえで立ち回ることが出来ると、もキュウマも判ってる。
そうして生まれるものの名を、信頼というのかもしれない。
「じゃ」、
頭上に起こる激戦の音を耳に、もまた足を踏み出した。
「こっちも行くよ!」
応、と。
こたえ、階下でもまた、一度はおさまった剣戟が再開される。
周囲に気を払わないでいいというのは、本当に助かる。一人一人が最大限の力でもって眼前の相手に集中し、その数が申し分ないものであれば、横手からのちょっかいなど考えずにすむ。
そんな理想的な戦い、果たして何度かもあるかどうかだけれど、少なくとも今回はそうだった。
目深に被ったフードの分視界が制限されるは、ヘイゼル以外の敵に注意を払う余裕は少ない。人数比の関係で、先刻までなら間合いを多めにとって視界に他の相手も入れておかねばならなかったが、今は、彼女だけに集中できる。
それを可能にしてくれるのが、ウィルとテコ、ベルフラウとオニビといった加勢。
――うん、だから。
頭上の戦いも周囲の戦いも、今は意識の横。
遠い明日。
雨降りしきる暗い砦の記憶をうっすらと感じながら、はヘイゼルと、もう数十を数える合を打つ。