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【無色の派閥・3】

- 悪戦苦闘 -



 ……正直にぶっちゃけよう。
 やっぱ強いわ、オルドレイク。

 時間の積み重ねの分まだ熟しきってないかと思いきや、いやいや、たしかにそのとおりなのだが、年若い分一回に行なう出力が半端ないというか。
 彼の魔力は、前頭部の後退っぷりに比例していたのかもしれない。
 こんなこと考えてるの知れたら、即座に即死術憑依させられそうだが。
 なんというのだろう、かつてサイジェントで出逢ったオルドレイクが100の出力を15時間可能とするのであれば、今回のオルドレイクは150の出力を7時間可能にしている、そんな感じ。
 と、そんな強烈な相手を敵にして冷静な分析が出来るのも、ひとえに、がそのオルドレイクの前に立っていないからである。
「っ、と」
「――」
 視界の端できらめく刃、それを繰り出す赤茶の髪した女性の姿をとらえる前に、は身を翻す。
 同時に頭上で響いた爆音、あれは果たしてどちらが行なったものなのか。考えはするけど確認も難しい。が対峙している女性もまた、オルドレイクとは別の意味で油断ならぬ相手なのだから。
 回避動作に気をとられたの身体を貫かんと、続いて繰り出される刃。だが、それはこちらまで届かない。
 刃渡りの長さがとか、そういう間抜けな問題ではなく、
「覚悟!」
 頭上から、その一言以外には音も立てず降下してきたキュウマの刀、それを防ぐために引き戻されたからだ。
 ――金属同士の擦れる音が一瞬、それと同じほどの接触の後、暗殺者とシノビは飛び退いて距離をとった。
 ヘイゼルの周囲には、彼女の率いる暗殺者たちが。
 キュウマの傍らには、体勢とりなおした、少し離れた位置から駆けてきたプニムが並ぶ。
 ふと頭上に視線を感じて首を持ち上げると、目深に被った黒い布地の向こうで、キュウマが僅かに眉根を寄せてつぶやいた。
「やはり、ふたりでは防ぐのが手一杯ですか……」
「ぷー」
 自分を抜かすな、と抗議の声がプニムからあがる。
 律儀なキュウマは普段ならそれに応じて修正したろうが、場合が場合だ。目を向けて、軽く頷いたのみ。
 どうせなら、さくっと片付けて上の戦いへ助力したいのだろう。それはも同感だ。
 だが、瀕死にでもしない限り戦意を失わない相手というのは実に辛い。中途半端に追い詰めると自爆されるし。一撃必殺を狙うには、ヘイゼルを筆頭としてどいつもこいつも水準以上の手練だし。数もわりといるし。
「……まあ、カイルさんたちに後ろの心配をさせないって点では目標達成出来てるわけですが」
 ――っつーか、むしろ、こっちのほうが上を心配しちゃってたりする状況なのだけれども。

 戦いが始まって、どれくらい経っただろうか。
 核識の座に届く階段上部に陣取った、オルドレイク率いる本陣と、それ以上進ませまいとするカイルたちが、曰くの“上”で戦っている。
 もキュウマも最初はその中にいたのだが、横手から不意打ちかけようとしていたヘイゼルご一行様に気づいて離脱、こうして足止めをしているという次第。
 けれども、
「……」
 暗殺部隊と睨み合いを続けながら、ちらりとあちらを見上げるキュウマの表情は、芳しくない。
 それを見ているも、自分がそう変わらぬ表情であることは自覚してる。
「……」
 だからこそ、ヘイゼルらは今の状態から攻勢へ転じようとしないのだろう。

 階上には騒然と響く。
 怒号が所狭しと交差する。
 召喚術による爆音が轟く。
 ぶつかり合う剣戟は絶えず。

 ……それはそれは騒々しい戦いの趨勢が、派閥と島、どちらの手勢に傾いているか、階下で戦う者たちにもよく判っていたからだ。

 やっぱ出すかアレ、と、ほぞを噛む思いで、修復の全然すんでない道を探ろうとしたときだ。

 どん、と音。

 これまでより一際鈍く一際大きい――そう、何かが弾き飛ばされたようなそれは、頭上から。
「カイル殿!!」
 に先んじて頭上を見上げたキュウマが、逼迫した声をあげる。
 階段を上りきった先、どうにか有象無象を押しのけてオルドレイクに迫ったらしいカイルが、だが、相手の持つ魔力障壁に弾かれて、大きく後退していたところだった。
 それだけならいい。いやよくないが。だがよくない上にこれは悪い。
 何しろ後退させられたカイルの足、しかも両足、ともに床から大きく浮き、あまつさえ着地点と目される位置にはさあスッ転べとばかりに階段のへりしか存在してないのだ。
「カイルさん!!」
「アニキッ!!」
 後衛に布陣していた関係か、ソノラが兄の手を掴もうと身を乗り出す。が、届かない。
 彼女の前、派閥との間へ、傍らにいたヴァルゼルドが身体を割りいれた。同時に響く銃撃――柱の陰に狙撃兵がまだ隠れていたらしい、無防備になった少女はいい的だったろうが、生憎うちにはそんじょそこらじゃ敵わない壁がいるのだざまをみれ。
「キュウマさん!」
「承知――」
 階上からの救援は望めない。ならば階下の自分たちが動くしかない。
 まだカイルの身体が宙を舞う間にはキュウマを振り返り、そのまま、走り出した彼とすれ違う。
 がら空きになったキュウマの背中を狙って放たれた投具を叩き落とし、さらには接近してきたヘイゼルの剣を、受けて立つ――と見せかけて、蹴り飛ばす。
「ッ!?」
 真面目に接近戦なんぞしてられるか、後ろには名も知らぬ影がまだ複数いるっちゅーに。
 僅かに瞠目したヘイゼルに舌を出してみせ、がら空きになった彼女の胴に膝を入れる。思ったよりもいい位置に入ったらしく、鈍い音をたててヘイゼルの身体が大きく後退した。
 それと同じ分だけ、も背中側に飛び下がる。彼我の距離は一瞬にして大きく開き、その分、多方向からの襲撃に備えることが出来る。
 駆けていったキュウマが、果たしてカイルを受け止められるかどうかは判らない。第一、成ったとして衝撃が尋常ではなかろう。だがプニムも向かったことだし、クッションになってくれればいささかでも緩和されるはず。

 ――正直にぶっちゃけよう。
 やっぱ手強い相手だと思う、無色の派閥って。

 カイルひとりすっ飛ばした後、再び攻勢に転じて他の面々を苦しめてるらしい階上の戦いを思い、はフードの奥で嘆息した。
 それから、隙を見せてなるかと気を張り詰める。
 キュウマとプニムが戻るまで、多人数の紅き手袋+引率者相手にどこまで粘れるか――想像もつかぬ戦況に向けて、剣の握りを確かめた。

「行け、アール――――!!」

 ……それまでこの場にはいなかったはずの少年の号令がの耳を打ったのは、そのときだった。


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