――そうして、場所は集いの泉へ移動する。
狭間の領域でちょっとしたお茶目をしていた間に、他の面々はとっくに集合してしまっていたらしい。ただし、剣の修復に懸命であろう先生たちと生徒たちは除く。
渋い顔して飛行するフレイズを、なにやら真剣な顔して話しこんでたみんな、気づくなり、待ってましたとばかりに出迎えた。
それから、
「……ねえ」
「そいつって、いつかの」
「誰だよ、そもそも」
彼にくっついてきた、焦げ茶色の髪した少女を、そりゃあ胡ッ散くさいもののよーに見やってくださったのである。
が、
「おお!」
がっきょん。
重たげな音をたてて、ヴァルゼルドが親しげに右腕を持ち上げた。
「やはり殿ではありませんか! その色はどうされたのですか、人間もボディカラーを変更するようなことがあるのでありますか?」
ってことは赤ヴァルゼルド青ヴァルゼルド黄ヴァルゼルドとかいたりするんだろーか……? あ、青はいるか。
一瞬逸れたの思考は、直後、他の面々のどよめきによって立ち戻る。
「ええ!?」
「おい、何云ってるんだよ!?」
「い、色が全然違いますよう!」
ちっちゃい先生じゃないさんの色じゃなくなってますー! と、ひときわ大きな声で叫んだのはマルルゥだ。混乱を示すかのように無秩序にぐるぐる飛び回り、目をまわしてそのまま落下。
落ちてきた妖精さんを受け止めたヤッファが、「マジか?」とつぶやいてに近寄ってきた。
その後ろではヴァルゼルドが、
「はあ。たしかに色彩は変わっておりますが、基本生体反応に差異がありませんので。呼吸数脈拍肉体の輪郭骨格の形状……」
と、機械兵士にしか判らん説明をしている。
そうしてヤッファだが、彼はと数歩ほどの距離を開けて止まり、足元に違和感なく佇むプニムをちらりと見た。
「質問だ」
え? やっぱりざわつく他一同。
だが、は、どうぞとばかりに頷いた。
「おまえさんがだってんなら、学校の準備してるときに召喚術をしたはずだ。何を喚び出した? 結果はどうなった?」
「チョーク一箱のつもりが山盛り、あまつさえ全身真っ白け」
「……正解だ」
おお! 三度ざわめきが立ち起こり、
「えええ!? ちょ、ちょっと! じゃあさっきてほどでもないけど今朝船にきたときって何よ!?」
「そうだぜ! 崖で先生たちと逢ったまではあの姿だったらしいじゃねえか!!」
ヤッファを押しのけて迫るカイルとソノラの問い、もとい兄妹の勢いに、は思わず背をのけぞらせた。
それから、用意しておいた答えを告げる。
ちらりとフレイズに目をやって、
「前に悪魔と勘違いされた、いつかフレイズさんに指摘された護りの術。あれが解けて影響なくなって元の姿に戻っちゃった」
ちなみに船に来たときゃーほんまギリギリ。時間がないつったのはそのせいです。解けたのはここに来る途中。
表情ひきつって笑ったりなんかしないよう、一生懸命真面目な顔をつくりつつ、親指たてて云いきった。
そこでフレイズがふとを見たが、何も云わずに苦笑い。彼のことだ、師匠とがなんらかの秘め事もちなのは察してるかもしれないが、それを訊いてくれるつもりはなさそうである。ありがたや。
「――――」
「…………」
そして沈黙。
数秒後。
「この」、
ミスミがついっと前に出た。
「莫迦娘がッ! わらわたちがどれだけ心配したと思うておるのじゃ――――!!」
それこそ、なんだ。おかあさん、と抱きつきたくなっちゃうようなミスミ様の怒声ののち。
狭間の領域以上の騒ぎが集いの泉に巻き起こったが、それはまあ、別の話ということで。誰かさんの名誉のためにも。
手荒い、というかもう完璧手酷い、と云いきっちゃえる帰還の歓迎を受けた時間はそう長いことじゃなかった。
何しろ無色の派閥が遺跡目指して進軍中、いつまでもじゃれあってはいられまい。
「先生たち、待たないの?」
促されるままに泉を後にしながらふと問うと、カイルは少し目を見開いてから、首を左右に振った。
「待たねえ。先生たちにばかり負担かけられないだろ、今回はオレらだけでどうにかしてみせる」
「ふむ」
さっき顔つき合わせて話してたのは、そのことだろうか。軽く相槌返して、は背中で揺れているフードに手をかけた。
それを見咎めたスカーレルが、歩調を落とさぬまま近寄ってくる。
「被るの? 不便じゃない?」
「……こんな変身体質、無色の派閥に見られるわけにはいかないんです、説明する気もないし」
「そうね。また実験対象扱いだわねえ」
白い焔云々、で一度捕獲対象にされちゃったことを覚えてくれてたんだろうスカーレル、口元に手を当てて苦笑い。
話が終わったとみたヤードが、少し前後に開いてた距離を詰めてやってきた。
「すみません、さん。実は」
「……あたしの召喚石ですか?」
「え、ええ」
ご存知だったのですか? 首を傾げるヤードへ、は、フードに手をかけた状態のまま顔を向けた。
申し訳なさそうな表情で、灰色の髪にふちどられた双眸がこちらを見下ろしている。相変わらず人の良さ全開である元無色の派閥召喚師に、はにっこり笑いかけた。
「ご心配なく。あたしが持ってます。――持ってていいですよね?」
ぶっちゃけてしまえば子供たちが集めたなかにあったのだが、それははしょる。今、手元にあることに変わりはないのだし。
……形変わった挙句に時間飛び越えてン十年後のだけどな。
そんなこと、つゆほども知らぬヤードはというと、むしろ「ええ」と安心したように微笑んだ。
「あれはさんの石です。さんがお望みなら、さんが持つべきですよ」
「ぷー!」
賛成、と万歳のポーズをつくってプニムが鳴いた。
そんなやりとりを耳にして目に留めた周囲の面々が、ふ、と表情をほころばせる。
向かう先には因縁の遺跡。
待ち受けるは無色の派閥。
……そんな、むざと我が身を窮地に落とし込みに行くようなものであるという悲壮にも似た決意は、そのとき――そのときだけは、ふわりと優しく和らいだのである。
走ることしばらく、さしたる障害もなしに一行は遺跡に辿り着いた。
誰に命ぜられずとも走査を行なったヴァルゼルドが、「ふむ」とつぶやいて、背後で待機する面々を振り返る。
「大勢が行き来した痕跡があるでありますッ」
「数は?」
「ざっと二十余名かと」
「そうか」
ことば少なにそれだけ交わすと、まず、先導する形で護人たちが遺跡へ踏み込んだ。
その進む方向を見て、「あれ?」とは首を傾げる。
「あの、方向違いません? こないだの制御装置ってたしかこっち……」
「あ、違うんです」
呼びかけに応じたのは、ファリエル。淡く輝く裾を翻し、腕を持ち上げ、彼女は自分たちの進もうとしていた先を示す。
「装置の破壊は無色の派閥も知っているはず。ならば押さえようとするのは中枢、現識の間だろうと」
「……現識の間?」
あったんか、あの装置よりさらにヤバそーな場所が。
単語から受ける印象そのまま、渋面になるやプニムとは違って、カイルたちはそのあたりの話、先に泉で打ち合わせ済みだったらしい。先を行く護人たちを追って、さっさと足を進めていた。
もちろん、だって黙ってそれを見送るわけがない。足元のプニムと一度視線を交わし、今度こそフードをすっぽり被ると、小走りに一行を追いかけた。
傍から見てたらどこの影法師かストーカーか、といった感じだったが、それは云わぬが花というやつだ。
「……むしろ暗殺者って云われても文句出せないよね」
云わぬが花だってば。
……そうして辿り着く。
偶然かはたまた誰かが仕組んだか、仕組んだとすれば自分たちと相手どもしかいないわけなのだから、やはり偶然の域に入れてしまっておかしくあるまい。
遺跡内部を熟知している護人たちの案内によって、一行は迷うことなく現識の間に辿り着いた。
一方無色の派閥は頼るものが過去の文献くらいだ、おそらくその分時間をくったに違いない。
でなくば、世界破壊の使命感に溢れる無色の派閥ご一行様が、目当てのモノ目の前にして佇んでるだけなんてこと、ありやしないのだから。
「オルドレイク!」
たなびく黒髪、ゆったりとした術士服。手に持つ杖の装飾も禍々しいその男が振り返ると同時、彼へ付き従っていた派閥兵たちが周囲に散開、布陣した。
だがそれはこちらも同じ。
先生たちこそいないものの、もう随分長いこと共に戦ってきた仲間たち。心得たもので、カイルやのような特攻組を中心とした陣形があっという間に出来上がる。
中枢と思しき場所は、入口より一際高い場所にある。そこへ足を踏み出しかけていた無色の派閥らのほうが高みにいるため、地形としてはあちらが有利。
今回のように固まって進むと一網打尽のおそれもあるが、それより確固撃破を図られるほうが怖い。
一応、近接戦の苦手なひとは、銃や弓の射程には入らないよう、また、前衛にしたって容易に召喚術仕掛けられない位置に、今のところはいるんだけど。
「ほう」
こちらの姿を視界におさめたオルドレイクが、に、と口の端を歪ませた。笑みか、それとも疎んじてのことか判別は難しい。
傍らにはツェリーヌ、そして……ウィゼルはいないか、当たり前だが。
「……」
挑発兼ねて手でも振ったろうかとは思った。しなかったけど。
持ち上げかけた手を止めたのは、距離を置いた位置に赤茶の髪が見えたから。上へ向かうオルドレイクたちとは少し場所を異にした、階下。暗殺者たちを率いたヘイゼルが立っていた。
いぶかしげな視線が黒マント――こと自分に注がれているのを感じはしたが、はそれを受け流す。ああ、視線が直に来ないって便利。
「テメエの野望もここまでだ! 大人しく降参するならよし、しねえなら――」
ずい、とカイルが前に出て、前口上。
だが当然、それはあってなきがごとしもの。
“降参”を云い終えるかどうかの時点で、オルドレイクは肩をすくめた。――僅かに腹部を庇うような仕草であることを察したか、スカーレルが、こちらに聞こえるくらいの声量で告げる。
「やはり、まだ本調子じゃないようね」
「それでも油断は出来ません」
紅き手袋、無色の派閥、それぞれに属していた者として、実にずっしり来る発言である。
そして、そのふたりの声が虚空に消えもしないうち、
「魔剣の使い手もおらぬ分際で盛るな、犬ども」
いつかの塵芥よりかちょっとはレベルアップしたらしい呼称とともに、オルドレイクが無造作に杖を振った。
「――その身に刻まれし痛苦において汝に命ず」
「行くぜみんなッ!」
オルドレイクの詠唱と、カイルの咆哮が、奇しくも重なる。
――現識の間に存在するすべての者が動き出した。