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【果てしなき蒼】

- 白きつるぎ -



 手伝い、と云っても、が手伝ったのは作業の下準備の段階だった。時間だって、そう何時間もかかったかどうか。
 中盤からはレックスとアティがいなければ意味がない、とウィゼルが云ったため、作業は一時停止。
 ふたりが戻るまで店主と戯れるなり、そこらを散歩なりしているがいい、という彼のことばに従い、はプニムを伴なって鍛冶場を後にした。
「……やほ」
「あ」
 出るなり、卓に片肘ついてたメイメイが手をあげる。
 反射的に手をあげて、招かれるまま、そこに腰かけた。
「お茶でもどう?」
「いただきます」
 そんなやりとりをした数分後、ふたりは顔つき合わせて、ずずーとお茶をすする。プニムは先ほどミルクをもらったらしく、卓にちょこんと鎮座して、何をするでもなくふたりを見ていた。
 特に会話らしい会話もなく、まったりと時間を過ごすことしばらく、
「ウィゼルの御仁は?」
 ふと思い出したように、メイメイが云った。
「さあ……? 鍛冶場のほうが落ち着くのかもしれませんね」
「いえてるわ。あの御仁、色気のない場所が好きだもの」
 そう云ってメイメイは笑うが、別に、店の内装に色気があるわけじゃない。色気がどうのより、単に無骨な場所と云ったほうが適切なのかもしれない。
 なんというか、鍛冶場の一角に腕組んで陣取って、瞑想でもしてるんじゃなかろうか、と、そんな予想をがたてたときだった。
「店主」
 ばさ、と布をまくって、当のウィゼルが顔を出す。
「にゃ? どしたの、何か御入用?」
「柄をひとつ貰うぞ。代は言い値でいい」
 云うなり、勝手知ったるなんとやら、立ち並ぶ棚のひとつに向かうと、まだ刃のつけられていない柄をいくつか見繕い、取り出している。
 その背中にメイメイが云ったことはというと、
「別にいいわよ、お代は〜。今度お酒に付き合ってくれれば〜♪」
 と、まあ、なんとも太っ腹。
 なんなんだこの人たちの関係は、と、が思ったのも無理はない。そのままなんとなしにウィゼルの手にした柄を目に留め――「ん?」
「ウィゼルさん、それ、レックスたち用にしては小さすぎません?」
 レックスは大剣、アティは長剣が普段使いの武器だ。
 打ち直した魔剣に用いるのか何なのか知らないが、ウィゼルの持っている柄は、どれもこれもが小振りなもの。短剣程度だ。
 彼が見立て違いをするとは思えないのだが、気になって思わず声をあげたを、ウィゼルはちらりと一瞥した。
「何を云う。おまえの武器は短剣だろう」
「……は?」
「あの剣のように特別な対処は要らん分、時間はかからん。ましてここの鍛冶場は、いささか時の流れが歪んでいるからな」
「歪んでるなんて、そんなぁ〜」
 語尾上がりの調子でメイメイが茶々を入れるが、ちょっと待ておっさん、今何云った、あたしの武器が短剣だったらその柄と何の関係があるんだよとかなんとかの思考はぐるぐる混乱。
 そうしてふと。
 それが目に入った。
「――――」
 ウィゼルの手にした幾つかの柄、そのなかのひとつ、なんか見覚えのある一品。
 目を見開いて固まったの視線を追って、ウィゼルは己の手を見下ろした。数度こちらとあちらをなぞるように目を動かし、「ふむ」と、そのひとつを取り上げる。
「店主」
「はいはい、どうぞどうぞ〜♪」
 気心の知れた同士というのか、やりとりは実に簡単なものだ。
 手にとったひとつを別にし、他の柄をすべてもとの場所にしまい、ウィゼルは再び身を翻す。
「もう出来る頃合いだ。具合は使うおまえが見ろ」
「……は、はい」
 まさかまさかのまさかっか。
 意味不明な思考が洗濯機にかけられたように大混乱。しながらも、席を立ってウィゼルにつづく。
 もしやもしやのもっしゃっしゃ。
 やっぱり意味不明な思考のなか、途切れ途切れに思うのは、――例の剣。出所不明のの剣。
 最近とんと忘れてたけど、そもそも何処からどういう理由でアヤたちに託されたのか謎だったんだけど、それってもしや、もしかして、……ここ?
 そして再び足を踏み入れた鍛冶場で、は見た。
 まだ完成まではしばらくかかるだろう蒼い輝き。その横に鎮座する、こちらはほぼ形の出来上がった白い刃。

「――――な」、

 それから、

「ない――――――――!?」

 さっきたしかに放り込んだはずの召喚石が、欠片ひとつとして残ってない、空箱を。



 放置された空箱を凝視して真っ白になったを見て、プニムは「ぷぅ?」と首を傾げ、ウィゼルは「ああ」と頷いた。
「あの場に放っておけば風化する運命よ、ならば形変われど利用してやったほうが浮かばれよう」
 それは正論です。
 正論です、正論なのはよ――っく判ってるんですけど。
 いつかヤードさんが、白い剣指して、魔剣と材質同じって云った理由も、よ――っく判ったんですけど。
 高純度のサモナイト石を精製して作られた、碧と紅の魔剣。
 いくらか磨耗してるとはいえ、匠の手によって鍛えられたサモナイト石の刃。
 ああ、そうだ。そりゃそうだ。
 そりゃあそうだよ、アヤねえちゃん、ハヤトにいちゃん、ヤードさん、それからついでにあの日のあたし――――!
 正直他の召喚石など、どうでもいいっちゃあいいのだ。
 問題なのはたったひとつ。
 おそらく先日の戦いでヤードの懐からこぼれ落ちたと思われる、紫色した召喚石が、そこに混じっていたのが問題なのだ。
 何故といって、その石は、リィンバウムにも周囲の四界のいずれにも属さぬ世界の文字が刻まれたもの。

 “”と日本語で刻まれた、例の石が、今すっからかんのその箱に、たしかにしっかり入っていたのだ――

 ……当然、それも他の石と同じように打たれ潰され鍛えられ、現在、白い輝きを放つ刃として、の目の前に存在しているわけである。
 そりゃあ――もう、アレだ。
「あたしの剣……」
 ――だよなあ。
「そうだ」
 心中かーなり複雑なの思いに気づいているのかいないのか、ウィゼルが鷹揚に頷いた。
「ついでではあるがな。この刃ならば器として、以前おまえの見せた白い焔を佐けよう」
 そうでしょう、そうでしょうとも。実際何度も助けられてます。
 こもごもの事情ぶちまけて、謝罪と賠償を求めたろーかと一瞬思ったが、それはすぐに横へ置く。
 まさかこんな理由で剣が手元にくることになったとは知らなかったが、これがなければ、今、ここにいるかどうかも判らない。
 だいたい、遡って考えれば、ヤードの作った道をとおることが出来たのも、刻まれるべきサモナイト石とそのなれの果てである剣が引き合ったからだったりして――というのは穿ちすぎだろうか。
「……ありがとうございます」
 そんな万感の思いをこめて、はウィゼルに頭を下げた。
「うむ」
 心なし愉しそうに、ウィゼルはそれだけ返すと、すぐにを促して剣の仕上げに入る。
 一番手に馴染むように、使い勝手がいいように――細かに調整される一本の剣。今まで、こんなふうに職人と一対一で剣を作り上げることなどなかったけれど。なるほど、これなら、一流と云われる使い手が気心知れた鍛冶屋以外に己の獲物を預けぬ理由が、何となく判る。
 だいたい30分くらいだろうか、そのくらいの時間をかけて、白い剣は馴染んだ姿をに見せてくれた。
 ――ああ、そうそう。蛇足ではあるが、元々持ち込んだ剣は先日ビジュと戦り合ったときにイスラから返却してもらった、そのままである。長剣ともどもマントに包んで、表の店に預けてるのだ。
 そっか。
 だからウィゼルさん、あたしが未だにろくな武器持ってないと思って――
 渡された白い剣を何度かひっくり返して眺めつつ、は口元が弛むのを抑えきれない。
 ひとしきり感触と馴染み具合を堪能したあと、おもむろにウィゼルへと向き直った。
「ウィゼルさん」
「うむ?」
「これ、やっぱりまだ受け取れません」
「――?」
 ぴくり、とウィゼルが片方の眉を持ち上げる。
 どういうつもりだ、と、その下の目が云っていた。
「なんとなくだけど」、
 彼の醸しだす凄味も、今は不思議と怖くない。
 元々威圧感を感じる程度だったけれど、さらにそれが軽減されている感じだった。
「こういうのって、受け取るべき時があると思う。――あたし、それはまだ今じゃない気がするんです」
 いつか遠い明日に逢えたら、そのときが、そうすべき時じゃないかって思うんです。
「……ふむ」
 曖昧なのことばに、けれどもウィゼルは頷いてくれた。
 流派こそ違えど武器を用いて戦う同士、場所こそ違えどそれぞれの到達を目指す同士――ことばに出来ぬ部分のいくらかを、たしかに共有しているからこそだろうか。
「ならば俺が預かっておこう。暇があれば手を入れてやってもよい」
「ありがとうございます」
 差し出された無骨な手のひらに、そっと剣を乗せた。
「……かなり混乱するかもしれませんけど、まあ、見逃してくださいね」
「判らんことを云うものだな。覚えておけばいいだけの話だろう」
「……そう出来れば問題ないんですけどねー……」
 はっはっは。
 乾いた笑いを浮かべて、直後、「あ」と拍手。
「お礼にいいこと教えます、ウィゼルさん。誰にも内緒ですよ!」
 無言で先を促され、はにこやかに先を続ける。
「ウィゼルさんのつくりたい剣、きっと完成します。――それから、とてもすごい人たちに、それ、渡すことが出来ます」
 判じ物めいた発言へのウィゼルの反応はというと、いたってシンプルなものだった。
「当然だ」
 が、
「すごい、とは判らんな。おまえがオルドレイクを賛えるのか?」
「天地がひっくり返っても御免被りますね、それ」
 ――そうじゃないけど。
「逢えば判ります、ウィゼルさんならきっと」
 あくまでもしれっとしたのものの云いように、ふと、ウィゼルの目が細められる。
「剣士かと思えば預言者か。あの焔といい、おまえもなかなかに判らん相手だ」
 そのことばに、そういえば、と思った。
 こうしてしみじみと話す機会があるというのに、焔のことツッコミ入れないでくれているのはウィゼルくらいのもんではなかろうか。ああ、あと師匠とイスラ。
 どうでもいい、んだろうな。ウィゼルさんにとっちゃ、焔だろーが遺跡だろーが。
 彼にとって極めるべき場所に、何が必要で何が必要でないか、知っているから――どんなに不可解でも不都合でも、在るものを在ると認めてる。そのうえでの取捨選択。
 ……うむ。むしろこの人が無色の派閥の幹部やってたら、もっと恐ろしいことになっとったんじゃなかろーか。うわ笑えない。
「預言者じゃないですよ」
 要らん想像を押しのけて、は笑った。
「これ、約束です。――きっとまた、逢うんです」
「そうか。ならば楽しみにするとしよう」
 それを剣に依る予感だと、ウィゼルはとっただろうか。自分の歩む年月と同じ年月を経た上での出会いだと、彼は――誰もが思うだろう。
 だけど、そうじゃない。
 は知っている。
 遠い、遠い、遠い時間の果てに、自分はウィゼルと出逢う。再び、ではなく、初めて、出逢う。
 その因果の妙を可笑しく――同時に、何に代えられぬほど得難い妙だと思うのだ。

 白い剣を間に挟んで、“”とウィゼルは約束をした。

 ――それは、遠い先への約束。果たされる、約束として。


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