継承者ふたりから迎えにこられ、子供たちが鍛冶場を後にするのと入れ替わるようにして、当初指名した少女がウィゼルのもとへやってきた。何故か、足元には青い小さな物体も引き連れて。
「お待たせしました」
「うむ」
何をしましょう、と問う少女へ、いくらかの作業を指示する。少女は素直に頷いて、すぐに行動に移した。
さすがは年の差とも云うべきか、おっかなびっくりの感もあった子供たちと違って動作によどみがない。
「話は済んだのか」
「はい。――いや、剣に注ぐ魂ってのは、これから見つけてくるそうですが」
「……」
どうりで、さきほどのふたりは準備が出来たの一言もなかったわけである。
ならば、わざわざ何を話してきたというのやら。
益体もない問いであることは理解しているし、いちいち問うつもりもないが、
「あたしのことを終わらせる、それが最初の確たる何かで――」、
相手が自分から紡ぐのを、止めるつもりもウィゼルにはない。
元々彼は寡黙な性質だ。
鎚を振るいながら、さして大きくはない少女の声を聞こえるがままに受け止める。
「その次の足場はちゃんとしてる、だから、これから要の魂です」
「……よく今まで歩けていたものだ」
ですね、と、少女は苦笑い。
場にこもる熱が、少女の額に汗を生んでいた。それを腕でぬぐって、少女はそれきり黙々と作業に励む。
ウィゼルもまた、傍らに積まれた魔剣の破片を手にとろうとし――ふと、動作を止めた。
「……」
あきらかに、碧でない輝きがいくつか、そこに混ざっていたのだ。
「どうしました?」
それに気づいた少女が、やはり手を止めて覗き込む。
「あ――、召喚石。そっか、あの子たち、めぼしいの全部拾ってたんだ」
おそらく、数日前の戦いで懐からこぼれるなり使い手を失ったりしたなりした石たちだろう。
「ぷ」
同行していたらしい青い生き物が、肯定するように頷いた。
集めて懐に突っ込んでいたそれらを全部ぶちまけた子供たちに、まあ、罪はあるまい。
「取り分けましょうか?」
「頼む」
これが魔剣ー、これが石ー、と、ひとつずつ、少女は分別を始めた。
だが、その作業がいくらも進まないうちに、やはり彼女は手を止める。
「どうした?」
問いかける立場を逆にした形で、今度はウィゼルが声をかけることになった。
「……あんまりだ。ヤードさん、気づかなかったんですか」
どことなし口元をひきつらせて、少女は手のなかの石を転がしている。紫色の輝きを持つ召喚石には、彼の知らぬ世界の紋様が刻まれていた。
だが、少女は気を取り直すのも早い。まあいいかとつぶやくと、それを懐に入れかけて――作業の邪魔になると思い至ったのだろう、動作途中でウィゼルを振り返った。
「召喚石、一応まとめときましょうか。どこに入れておきます?」
「そこの箱に頼む」
「はーい」
ざらざらと賑やかな音をたてて、取り分けられた召喚石たちが箱に流れ込んでいく。
ウィゼルはそれをしばし凝視し、「ふむ」とひとつ頷いた。
奇策を弄したとはいえ、一度は彼の攻撃を凌ぎ、圧倒しかけた娘への意趣返しを、ふと思いついたのだ。
それは、彼にしては珍しいかもしれない愉快な考え。まとっていた黒マントを店主に預けてきた丸腰の少女をかえすがえす眺め、声をかける。
「娘、おまえの名を聞こうか」
「――――、は?」
何故か、少女は音をたてて硬直した。
「何の因果か知らんが、俺の顔と名をおまえは知っていた。ならば俺も知る権利はあろう。俺に対抗しきるとは只者であるまいしな……是非名を聞きたいものだ、再戦のためにも」
周囲の者たちが少女をなんと呼んでいたかは、知っている。が、名乗りというものは本人の口から挙げられてこそだ。それに違反したという意味で、これもまた意趣返しのひとつかもしれない。
「……あー……うわ、――そりゃ、そうです、けど……」
淡々と告げるウィゼルとは逆に、少女はぎこちなく視線を泳がせる。
てゆーか再戦する気なんですかい、というつぶやきは右から左に流す。彼にとって、ことばとして形にしたものは、再度確認するまでもないことだからだ。
ゆえに、少女が逡巡する間、鍛冶場のなかには再び剣を打つ音だけが響き渡った。
しばらく待ってはみたが、沈黙でもって逃れるつもりなのか、少女はなかなか踏み切らない。
だもので、ウィゼルはもう一度、水を向けてみることにした。
「我が名はウィゼル・カリバーン。おまえの名は?」
「……」
ぎち、と、少女はようやっと、油の切れた人形さながらの動きでもって、ウィゼルへと目を戻した。
戻すや否や、ばっ、と立ち上がる。
「ふ……ふふふふふあはははは!!」
「……」
どこか頭のネジが吹っ飛んだとしか思えない、高らかな笑い声をあげて、少女はビシッと天井を指差した。ちなみに、空いた片手は腰に添えている。
「よくぞ訊いてくださいました! 迷子のさんとは世をしのぶ仮の姿、あたしこそが貴方をも凌ぐ伝説の勇者! その名も!」
……ちっとも“よく訊いてくれた”という感じではないのだが、ウィゼルは黙って少女の奇行を見守った。
「そう――その名も! エトランジュ・フォンバッハ・ノーザングロリア――!!」
……………………
「そうか。覚えておこう」
ただ一言返したウィゼルに、エトランジュはというと、
「ああああああごめんなさいごめんなさい嘘です大嘘です信じないでくださいこれも先世の因縁というやつで」
――と、必死こいてすがりついてきたのであった。
痴れ者め、と、ウィゼルが返したかどうかは、彼らのみぞ知る。
……まだ保ちますか?
……もうちっとくらいなら、な。