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【果てしなき蒼】

- ことば、ひとつめ -



 そうして、彼らは向かい合う。
 店からそう離れてはいない、だけどちょっと大きな声を出したくらいじゃ聞こえないだろう、そんな距離を歩いた先で。
「……やっと話せますね」
「やっと逢えたね」
 ――おかあさん。
「そう、だね」
 思えば、微妙に一方通行だったりすれ違っていたり。
 こんなふうに静かに、互いが目の前の互いを認めて視線を合わせるのは、初めてのこと。
 初めてで――最後のこと。

「……」

 何から云おうか、話そうか。
 胸に溢れるたくさんの何かは、だけど、明確な形にはならない。
 それは、レックスも、アティも――そして“”も同じ。
 ただ穏やかな笑みを浮かべて向かい合う、それだけでも十分に幸せだと思う。けれど、それでは進めない。けれど、それでは終わらない。
 だから、動いた。
「ふたりとも」、
 一歩足を踏み出して、

「大きくなったね」

 ――――いつか、紡ごうとして飲み込んだことばを形にした。

 ふたりは、
「うん」「はい」
 微笑んで、頷いた。


「置いていかれたと思って、哀しかった」
「好きだって云ってくれたの、嘘だったのかって思いました」

「ゆめを終わらせたかった」
「ゆめであってほしかった」

「あなたに逢いたかった」
「あなただと知りたくなかった」

 ――それから、

「大好きです」
「今までずっと、これからもずっと」

 これまでの気持ちも今の気持ちもこれからの気持ちも、

『あなたのことが、大好きです』

 ――あのとき触れたあなたの手も、くれたことばもその気持ちも、そして抱いていた幸福も――本当だから。


 風が吹く。
 頭上の木立ちを揺らし、彼らの髪をいたずらに乱し、一秒もとどまらず、どこからかどこからへ吹きぬける。
「いいのかな、こんなきれいなこと云ってもらって」
 少しだけ、いつかのミスミの気持ちが判るかもしれない。
 はにかんだ笑みを浮かべる“”に、レックスとアティは、「はは」「ふふ」と破顔する。
「恨み言、ありますけど」
「聞きたい?」
「謹んでご遠慮……したいけど、云いたいなら聴く」
「聞きたいなら云います」
「謹んで遠慮したいけどね」
 堂々巡りじゃん。
「それに、そういうの、全部まとめて、今云ったから」
「そのつもりで、おかあさんだって聴いてくれたんでしょう?」
「……それは、まあ」
 なら、それでいいだろう。
 完全に伝わったわけもない、完全に理解できたわけもない。
 ――それでも。
 レックスとアティはおかあさんを好きで、おかあさんもレックスとアティを好きでいる。
 他愛のない会話に、彼らはまた笑った。
 けれど、それも長くは続かなかった。
 この時間を得難く、そして手放し難く感じているけれど、そこに停滞してしまうわけにはいかない。
 ……彼らは向かい合う。
 何か云おうとした少女を、ふたりは、そっと手をかざして制した。

 あの遠い日、云えなかったことば。そのひとつを告げるために。

 ――――ありがとう。

 貴方のくれたゆめがあったから、俺は、わたしは、あの赤い世界の果てに、心を守り通すことが出来たんです――


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