歩くことしばらく、彼らはそこに辿り着いた。
「……心当たりって」
木々の向こうに見える建物をすがめ見たが、どこか力の抜けた口調でつぶやいた。
もっとも、気分としてはウィゼル以外の全員似たり寄ったりなものだ。
心当たりというから、いったいどんなところに連れて行かれるのか、まさか無色の派閥集団の道具なんてかっぱらいに行くんじゃなかろうか、そんなことまで考えていたというのに。
いうのに――到着したそこは、彼らにとっては見慣れた場所。
「そうだ」
ウィゼルは周囲の思惑など意にも介さずに、変わらぬペースでずんずん進んだ。
置いていかれた形になった一行は、あわててそれを追いかける。追いついたときには、ウィゼルはとうに入口をくぐって、その建物の主と向かい合っていた。
「にゃはは、ずいぶんとまた、懐かしい顔だわね?」
ほんのりご機嫌に頬を染めて、突然の来客へも陽気に話しかけているのが主、ことメイメイ。
対するウィゼルは懐かしい話をする気などないらしく、
「久しいな、店主。奥の工房を借りるぞ」
「はいはい。どうぞごゆっくり〜♪」
無愛想というか失礼というか、まあ普通ならあまりいい顔されぬ一言を残して、やはりさっさと店の奥へ姿を消した。
そのいかつい背中にひらひらと手を振って見送ったメイメイが、そこでようやく後続ご一行を振り返る。
「――やっほう。いろんな意味で久しぶりね、また顔が見れてうれしいわ」
「……」
「……」
そこで子供たち、またしても首を傾げる。
レックスとアティはわかるけど、なんでまでそんなふうに冷や汗垂らして苦笑いするのか。
そしてどうしてメイメイは、そんなに焦点を合わせて含みのある笑みを浮かべてるのか。
けれどそれを問うより先に、別の疑問が湧いて出た。
「あの……知り合いだったんですか?」
「にゃにが?」
「だから、あのジジイだよ。知り合いなの? 何者だよ、あいつ?」
「――にゃに?」
ウィルとナップの質問に、メイメイが目を見開いた。彼女の頭上に発生した疑問符は、ふたり分の量を越えて余りある。
「貴方たち、知らないの? ウィゼル・カリバーンっていったら、伝説的に有名な魔剣鍛冶師じゃないのよぅ」
『はあ!?』
一同唱和。
その横から、が身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待って! 今鍛冶師? 剣士じゃなくて? 将来引退するとかじゃなくて鍛冶師が本職なんですかウィゼルさんって!?」
「そうですよ、あの人とても強いのに……」
なんかいろんな意味で困惑してるっぽい彼女の語尾にかぶせて、アリーゼもつづけた。
だけどもメイメイは平然と、
「んー。なんてかな、究極の武器を作るためなら剣の奥義だって極めてのけちゃう――そういうトコあるから、あの御仁」
にゃはははは、と、ご機嫌に笑う占い師の返答に、一同、ひとりの例外とてなく反応に困る。
武器のために剣技極める、って、口で云うのは簡単だけど、いざ実行に移すことを考えてみたら、それって相当――なんていうか――すっごく失礼かもしれないけど――ぶっとんでるような――いやいや。
そのせいで話を変えようと思ったかどうかはさだかでないが、アティがふと首を傾げた。
「それじゃ、メイメイさんはどうしてあの人と知り合いに?」
「乙女の秘密♪」
……コンマ一秒もない即答だった。しかも、にこやかほがらか後光つき。
下手につっついたらガイエンとか喚ばれそうだ、もしかしたらミヅチさえ出てくるかもしれない。
「ただ、云えるのは――」
再び舞い下りた沈黙を打ち破ったのは、その主犯であるメイメイだった。
「あの御仁は、約束を律儀に守るってことと、自分の眼鏡にかなった相手にしか、その腕を揮ってくれないってこと――かしらねえ?」
うまくやったじゃない、このこのー。
うぷぷ、とほくそえみつつ肘でつんつくやってくるメイメイの攻撃を、レックスとアティは回避できずにいる。
困った顔してつつかれるままになっている先生たちを、周囲が半ば放心状態で見守っていると、噂の主が、店の奥へ続く布を跳ね上げてやってきた。
「炉も道具も問題はないな、すぐにでも修復にはとりかかれる」
それまでの困惑もどこへやら、一様に喜色ばんだ一行に、ウィゼルはつづけて予想外の一言を投げた。
視線を僅かに動かすと、をひたと見据えて云った。
「娘。手伝いを頼めるか」
……疑問符さえついてない、確認――いや、もはやこれ、云い方こそ平坦ではあるが、半ば命令じゃなかろうか。
「あたし?」
そんなウィゼルのことばにも、は嫌な顔ひとつせず自分を指さした。
が、そこで、レックスが困惑混じりに口をはさむ。
「なんでに? そんなことしなくても、俺たちの剣なんだから俺たちが……」
「いや」、ことばの途中で、ウィゼルはかぶりを振った。「おまえたちには、別に、やらねばならんことがある」
「……え?」
「俺がこれから打つ剣は、今までのものとは似て異なる。遺跡の意志ではなく、使い手の意志を核として、この剣は力を揮うだろう。――おまえたちの心の強さが、そのまま、剣の力へ転じるのだ」
心の強さ、と、レックスとアティが、口に出さずにつぶやいた。
うむ、と頷くウィゼル。
「先刻たしかに迷いを振り切ってのけたようだがな、それだけではまだ十分ではない」
確たるものを探せ。――そう、ウィゼルはつづけた。
「使い手となるおまえたちが、この剣へこめるべきものを。それが魂となって初めて、剣は完成するだろう。俺がするのはただ、その手伝いだ」
こめるべき、確たる何か。
剣の魂。
――だけど、
「そんなもの、どうやって……?」
つぶやきながらも――レックスとアティの視線は期を同じくして、ひとりの人物へと動きかけた。
そこに、
「難しく考えなくていいのよ?」
にっこり笑って、メイメイが告げる。
「貴方たちにとって一番大切な想い。守りたいもの――或いはその礎。最初のひとつ、願う先、望む標……」
謳うような彼女のことばに、ふたりは、胸元へ手を当てる。そうして、「はい」と、頷いてみせた。
そうするやいなや、くるりと身を翻す。
入口に向けて、ではない。逆だ。
店の奥へ向かおうとしていたの服の裾を、レックスとアティは同時に掴んだのである。
「……え?」
困惑顔で振り向く。
「ウィゼルさん」
「を借ります」
むんずと少女を抱え込み、ウィゼルの傍から引き剥がして、ふたりはきっぱりそう云った。相手の返答も待たず、「ちょっと、待って、こら、本人の承諾は、てか、あたしの人権は」とかいう反論もきれいにシカトし、すたこらさっさと店の外へ。
『……』
さしものウィゼルもメイメイも、これには気を抜かれたらしい。
硬直解けきらぬまま入口を凝視する一行だったが、その目の前で、布が再度まくられた。
後戻りしてきたアティが、ほんわか笑ってこう告げる。
「すぐ返しますから、待っていてくださいね」
告げるなり、再び布は元の位置へ戻り、足音がふたつ遠ざかっていった。
……そうして残された一行は、
「あー……おっさん。オレたち手伝おうか? 戻るまで」
「…………ならば頼もう」
どことなくぎこちないやりとりののち、ウィゼルは子供たちを伴なって店の奥に消え、メイメイは「……やるわね」とつぶやいて、手近な卓へと腰かけた。
そうして、
「ぷ」
置いていかれたプニムがさみしそーに黄昏ているのに目を留めると、「おいでおいで」と抱き上げて、
「まあ待ってておあげなさい?」
と、あったかいミルクを差し出してやったのである。