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【そしてここに在れ】

- そこにいた -



 ……驚かなかったといえば嘘になる。
 けれども、偶然がときに信じられぬほど親切なことも、ときに信じられぬほど酷薄なことも、はたぶん知っている。
 かちり、と、思考のどこかで音がした。
 たとえるなら、ジグソーパズルのピースがひとつ、はめ込まれるべき場所におさまったときのような感じ。覚えがあるその感覚は、記憶を取り戻した遠い明日にもたしか感じた。
 ああそっか、と、得心する。
 どうすればいいのか、あたしに判らなかったのは当然だ。
 あたしはただ、このひとたちを向かい合わせるだけで、よかったんだ。――だからあたしは、ここにいるんだ。
 踏み出しかけた足を、だから、止めた。
 何を思ってやってきたのか、崖の縁ぎりぎりに立って、さらに下を覗き込もうとしているナップたちに、声をかけることもせず、そこに佇んだ。
 青い小さな子が、その手伝いをしていることに気づき、ああ、ごめんねと苦笑い。心配させてるね、きっと。
 そんな思いが、届いたのだろうか。
 ぷ、と小さく鳴いたその子は、身を乗り出すナップを支える手を取り直すためにかわずかに体勢を変え、佇むこちらに気がついた。
「……!」
 大きく身を震わせて、プニムは硬直する。
 どうしたのかと振り返ったのは、同じくナップを支えてた、ウィルにベルフラウ、アリーゼ。
「……あ!?」
「せんせ……っ!?」
 ただし、その目にとらえた映像は、いささか焦点を異にしていた。

 そうして。
 兄弟たちに支えられ、懸命に崖下へ腕を伸ばしていたナップが、「え!?」とあわをくって振り返ろうとした。
 それが引き金。
「うわっ!?」
「ナップ! 急に……ッ!?」
 驚きで力の抜けかけていた兄弟たちの手は、急に身体をひねったナップの身体を支えきれなかったのだ。
「きゃああぁぁぁっ!?」
「ピ! ピピピーっ!!」
「うわ、わあああぁぁぁぁっ!?」
 ざざざぁぁっ、と、地すべりにも似た嫌な音。あがる悲鳴。

 ――――そして。

 ザッ!

 岩を蹴り飛ばし、砂を舞い上げ、走り出す足音。

 すぐ目の前を駆け抜けて行った彼らの背を、は佇んだまま見送った。
「ぷ!」
 入れ替わるようにやってきたプニムに、にこりと笑いかける。
「ぷ?」
 プニムはちょっと首を傾げたものの、まあいいかとばかりに表情を輝かせてに飛びつこうとした。
 けれど、ちょっと待ってねと手を突き出して制した。
「ぷ――?」
「うん。まだあたしにも、やることがあるからね」
 ではなく、遠い日のゆめとして。
 聴かねばならぬ、ことばがあるから。

 微笑むのその後ろ、彼女が――彼女たちが歩いてきた方向。踏みしだかれた分だけより強く、天を目指して伸び上がる翠玉が、陽光受けて輝いていた。


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