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【その幕間】

- 黒髪さんのお誘い -



 今さら、と、彼女は云った。
「いまさら一人分くらい荷物増えたって、どってことないよ」
 黒髪さんの姿を取り戻したマネマネ師匠、その手のなかの輝きと、歩み寄ってきたイスラを眺めて、はきっぱり云いきった。
「負担なんかじゃない。重くはあるけど、潰されることは絶対にない。――柄にもなく気遣ってくれたなら悪いけど、あたし、わりと薄情だし」
 嘘をつけ、と、瞬く光が云っているようだった。
 苦笑してる師匠も、同じような感想を抱いたんだろう。
 薄情だったら、わざわざ剣を交えたりしない。約束を果たそうとはしない。一度は反故にされかけた再戦に、応じたりしない。
 声にはせずとも、そんな雰囲気を感じたのだろう。は少しだけ、きまり悪そうに視線を彷徨わせた。
 だから、と彼女は云う。
「……なんていうか……、迷惑かけられた記憶のが多いよーな気もするんだけど」、
 と、いささか蛇足ではないか的な前置きのあと、
「助けてくれてありがとう、ビジュ」
 いささかの曇りもなく、にっこりと。

 悪い見方をすれば、犠牲になったとも云えるビジュに対して、は、笑ってそう告げた。



 ――そうして、立ち上がる。
 少し離れた場所で待ってくれていたマネマネ師匠、その手の中の光を振り返った。
 視線を受けて、黒髪さんは、その髪をさらりと揺らして首を傾げる。
「えーと。えとらんじゅって呼んだほうがいいかな?」
 それとも、ミス・のーざんぐろりあ?
「……ゴメンナサイ」
 嘘です、嘘々。
 黒髪さんの手のなか、光が瞬く。笑ってる。
 それじゃ、やっぱりな、と、師匠はにっこり微笑んで、地面から足を離した。
「これ、長いこと出しとくと引きずりこまれるから、先に集落に戻るな。おいおい来てくれればいいから」
「……は?」
「え、師匠。それって」
「ふたりとも、こないと、ワシ、何するか判らんよ?」
「「……」」
 にこにこにーっこり。
 いつもと変わらないはずの師匠の笑みに、何故か反論できぬ威圧を感じて、墓標の前に佇むふたりは思わずことばを失った。
 それでも、どうにか踏ん張ったらしいイスラが云う。
「どうして僕まで。集落が騒ぎになってもいいのか?」
「じゃあ訊くが、坊。おまえさん、どこで雨露凌ぐ気じゃ?」
「――――」
 この島で、ひとの暮らせる環境が整っているのは四つの集落くらいだ。他はみんな自然のまま。たしか、以前ジルコーダ騒動の起こった廃坑もあるにはあるが、アリんこがまだいるから論外。
も」
「――――」
 う、とイスラ同様口ごもっただったが、先日寝こけた某所を思い出して云い返す。
「喚起の門とか」
「……亡霊うっじゃうじゃで情操に悪いと思うのはワシだけかいな?」
 いえ、自分でもそう思います。
 魔よけがあったから助かったものの、なかったら死に体で亡霊の群れに突撃して自滅するところでした。
 って、あ。
「そうだ、魔よ――「いいからおいで、宿なしさんたち」
 今自分の手にあることも含め、礼を云おうと口を開いたを制する形で、マネマネ師匠は笑って云った。
「最近本当に目まぐるしい。少しくらい羽を休めたいと思わんか?」
 それに、
「坊。少なくとも、しばらくおまえさんが動かなければいいだけのことだと思うんじゃが」
 わざとらしく肩を鳴らす素振りして告げる師匠のことばに、結局、それ以上の反論は防がれる形になったのである。


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