どこからどこまでが試合場、と決めていたわけではないだろう。特にルールなんて設定してもいないはずだ。
けれど、剣と剣がぶつかる音は一定の円内を移動するに留まり、本来なら双方使えるはずの召喚術は、未だ姿も見せていない。足払いや目潰しといった、実際の戦いでなら許容されている手段も、繰り出されようとはしていない。
まるで軍学校の模擬戦闘のような、剣だけを用いた打ち合い。
まだ疲労も抜けきらぬだろう身で成人男性の剣を受け止めるの技量にも感服するが、その相手であるビジュの剣技もまた、イスラの知る以上の腕前であるように思えた。
……まあ、ビジュは剣よりも投具と召喚術を併用した死角からの戦法に重きを置いていたようなので、まっとうな剣技を見る機会もなかったというのが事実だが。
翻る黒いマント。
たなびく白い将校服。
振り下ろされる剣、受け止める剣。
飛び散る火花の残像が消えるより先に、さらに踏み込まれる互いの足。
わき腹を貫かんとばかりの閃光を、逆手にとりなおした剣の腹が弾き飛ばす。
殺気はないのに、どちらかがちらとでも気を抜けば、振るわれつづける剣が相手を断つだろう。
ならば、もはや肉体をもたないビジュのほうが優位だろうか――まあ、そういう問題でないことは、イスラとて重々承知しているのだが。
置いてきたものがあった。
剣が擦れて生じる火花が云った。
置き去りにしたものがあった。
高らかに響く激突音が云った。
薄暗い記憶。
肉塊になった同胞、ならなかった自分。
その結果は何のため。
いっときも休まず剣を振るう腕が云った。
死ななかっただけだ。
だからこそ生き延びなければならなかった。だが。
肉塊になった同胞、ならなかった自分。
朽ち果てたものたちをおいて得た、それが生だというのなら。
何をもって、その生を誇りになど出来ようか。
永劫に続くと思われる打ち合いのさなか、あらゆる動作からこぼれて伝わる思いのたけ。彼に、もはや肉の身がないせいだろうか、
うまくことばに出来ぬまま昇華もならず、凝り凝った生への躊躇い。それは嫌悪にそして憎悪に?
それでも生きようとする己への罪悪。
――でも。
斜め上からの閃光を弾き返さんと剣を下からすくいあげながら、思う。
あちらのが伝わるならこちらのも伝われと、強く思う。
ぎちっ、と、金属が擦れる。
打ち下ろされた刃は、そのなかほどで、のびあがるようにして迫った刃に止められた。
「でも」、
真っ向からぶつかる視線に、は笑いかける。
「あんたは生きてきた。何を蹴散らしても、生きて延びてここにいた」
卑怯に走ってても、行為が汚泥に等しくても、誰からも後ろ指をさされるものだったとしても。
「今まで、生きてきたんでしょ」
「――まあな」
にっ、と歪められる刺青。
なんだか、今ごろになって好意的にとらえてしまう。ああ、バノッサさんと逢わせてみたかったな。
「じゃ、もうひとつ」
「ん?」
加える力は弛まない。弛ませない。
それでも、どちらからともなく笑ってた。
「なんであたしを助けたの?」
助けるつもりじゃないなんて奴、ほっときゃよかったのに。
「ああ。そりゃあ、アレだ」
問いを予想してたんだろう、ビジュは楽しそうに云った。
「テメエの生き汚さのほうがオレより勝ってた、それだけのこったろ」
――ふたり死ぬよりひとりでも生きろ。
裏に隠れた真意を読み取ることに、さほどの労は要らない。
そして、答えがそれならそれでいい。
「あんたのほうが脳足らずだ」
ため息とともにそう云って、ぐ、とさらなる加重を接点に注ぐ。
負けじと加えられる相手の力は――けれども、ふ、と一瞬掠れた。
「――」
時間がないのか、そう直感する。
本来の住人でさえ、狭間の領域を出ては長時間の活動は難しい。まして、それが死にたての者なら云うまでもなかろう。
だから、
「過去が朽ちた残り滓なら」
耳障りな金属音をたてて、
「今。生きたことだけ、あんたの誇りにすればいい――!」
めいっぱい、腕を伸ばしきり、
――――弾かれた長剣は、高く高く宙へと踊り、くるくると回転して地面に突き立った。