さて、ここでまたしても場面と時間を少しずらそう。
岩場で繰り広げられた戦いの後であることに変わりはないが、今度の舞台は霊界集落狭間の領域、その一角にある双子水晶だ。
「んーむ」
そこの住人であるマネマネ師匠のご機嫌は、最近あんまり芳しくなかった。
何故かというと、無色の派閥やらが島に舞い戻ってきたせいで、遊びに来る者たちが減ってしまったのだ。
霊界集落の住人たちは、そもそも周囲の気配に鋭い。ぴりぴりと険を増していく島全体の雰囲気に気圧されて、ここのところ、集落は、夜になっても以前ほどの賑やかさを堪能できなくなっている。
レックスやアティ、海賊たちといった面々も、そちらの方で手いっぱいらしく、顔を見せることもなくなった。フレイズから聞き出したところによると、派閥との戦いで、皆、甚大なダメージを受けているんだそう。
……そして今も、狭間の領域は静かだった。
どこかの占い師の台詞ではないが、気分的に“商売上がったり”である。
「あー、暇じゃのー」
誰か遊びに来ないもんかなあ。
ぼやき、腰かけた水晶の上で足をぶらぶらさせてぶーたれていたマネマネ師匠は「ん?」と、それまで見上げていた頭上から視線を一転、傍らの虚空へと動かした。
誰かが見ていたら、虫でも飛んでいるのかと思ったろうか。けれど、そこには何もいなかった。
少なくとも、肉眼で見えるような存在は、そこにはいない。
それでもそこに何かがいるとしたら、それは――
「どうしたね、迷子か?」
心なし丸くしていた目をゆっくり細めて、マネマネ師匠は、漂ってきた魂に手のひらを伸ばした。
彼の霊力が流れ込んだか、ぽう、と、透明だった魂に明かりが灯る。
だが、それ以上近寄ってこようとはしない。何か警戒しているかのように、小刻みな明滅を繰り返しているばかり。
「外から来たんじゃな? 珍しいのう、島に捕まらんで来れたのか」
マネマネ師匠とて、伊達にフレイズと同時に召喚されたわけではないのだ。島の成り立ち、そしてまつわる因縁を、忘れたことなどありはしない。
だもので、肉体を失った魂が島に囚われ亡霊となることも、彼はちゃんと知っている。
だから、こんなふうに、捕まる前に自分から避難してきた魂に対しては優しく迎え入れてやることにしているのだ。もっとも、彼の場合くるもの拒まずという気風が――ありすぎるが。
客人たちは知らなかろうが、夜になると灯るいくつもの明かりのうち幾つかは、そんなふうに島から逃れてきた魂たち。
いつか、輪廻に道が通じたら、そのときこそ旅立つため、彼らはここでしばし休息をしているのだと。そう思えば、囚われているという意識も少しは薄らごうというもの。
……けれども。
「どした?」
今、師匠のもとへ流れ着いた魂は、他のものたちのように落ち着こうとせず、明滅を繰り返す。
首を傾げて眺めていたマネマネ師匠は「ふむ?」とひとつつぶやいて、
「何か心残りか?」
そう云うと、明滅が激しくなった。
是の意であると感じ、師匠は頷いて手を伸ばす。
「ワシでよけりゃ力を貸すよ。――だから、ちょっとおまえさんに触れても良いかな?」
魂の明滅が、穏やかになった。思案するような数秒を要したのち、ふわり、と、宙を移動する。
誘われるようにして手のひらに乗った魂を、マネマネ師匠はもう片方の手でふたをするようにして包み込み、目を閉じた。
「――ヒネとったんじゃなあ、おまえさん」
ビカー!
「ををう。すまんすまん」
組み合わせた手指の間から溢れるほどの激しい光、もとい怒りに、師匠は笑いながら謝罪する。
光が落ち着いたのを見てとって、もう一度瞑目。
「まあ、人生色々ってことで……、ん? いや、非難したって意味あるまい? おまえさんが選んだ道じゃ、他人がどうこう云ったところで事実は変わらんし、ならば、云ったところで不快になるだけじゃろ」
――読心の奇跡は使えない、と、いつかフレイズはたちに云った。
だが、それは、確たるひとつの存在を相手にした場合のこと。肉の身を持つか持たないかではない、今師匠の手にあるそれのように、剥き出しの魂相手ならば、それが出来る。それにしたって本人(?)の協力がなければ無理な話だが。
ことばを発する手段を持たぬ、このような魂相手では、こうして直接触れるしか意図を汲み取れぬのだ。しょうがない、といえばしょうがないのだろう。
そうして師匠は、ぽつぽつと、読み取ったそれを口にする。
「……鮮烈じゃなあ、この赤は。おまえさんの心残りってのは、この子か。……惚れてた?」
再び活発になる明滅は、照れているわけではあるまい。抗議だ。
「じゃろうなー」
そんな反応を予想していたマネマネ師匠はというと、それを見て大きく頷いた。そして立ち上がり、宙へ浮く。魂をその手に抱いたまま。
「ん? 何、善……じゃないかもしれんけど、思い立ったが吉日って云うじゃないか」
手の中の魂に語りかけた師匠は、間をおかずして返された明滅に「んあ?」と首をかたげた。
羽ばたこうとしていた翼を止め、滞空した姿勢でしばし沈黙。
ややあって、
「……そっか」
と、目を細める。口元には、淡く、どこか苦い笑み。
「化けの皮、はがれちゃったか。――」