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【がんばれ副船長】

- 春が来たりて副船長 -



「オウキーニさん! ジャキーニさん!」
 遅れることしばらく。アティたちがそこに辿り着いて目にしたものは、無色の派閥兵に周囲を囲まれ奮闘する、ジャキーニ一家の面々。それと、オウキーニに守られているシアリィ。
 ――それと……
「誰、あれ?」
 ちゃきっ、と銃を構えて参戦しようとしたソノラが、いぶかしげにつぶやいた。
「……さあ?」
 剣を抜きつつ、スカーレルがそれに応じる。
 ふたりの視線は真っ直ぐに、ジャキーニたちのいる場所……もとい、そこで獅子奮迅の活躍を見せている、黒いマントを頭から被った何者かに注がれていた。
 いや、ふたりだけではない。
 駆けつけた一同、その異様な風体に、一様に目を奪われた。
 目深に被ったフードで相当視界が制限されているだろうに。見ている限り、黒マントは一度も派閥兵に攻撃を許していない。すべて、自分に届く前に打ち払っている。
 それをすがめ見ていたアティが、わずかに首を傾げた。
「あの剣筋……」
「先生、行こう!」
 考え込もうと口元へ持っていきかけた手を、彼女はそこで止める。
 そうだ、そんなことをしている場合ではない。今は、無色の派閥兵士たちを退けて、オウキーニたちを助け出すのが先決だ。
 先んじて飛び込んでいくカイルたちの背を追って、アティも足を踏み出した。
「ジャキーニ!」
「おお! カイル!」
 助かった、と口にしはしないが、ジャキーニの目に浮かぶのは安堵の色だ。
 カイルもそこで無駄口を叩いてからかったりはせず、新手とみて近づいてきた兵士をひとり、豪快に殴り飛ばして笑ってみせる。それから、迫る派閥兵たちを見渡して一喝。
「オレたちが来たからには、もう好き勝手させねえぞ!」
「そうだそうだ、の仇だ!!」
 盛大に銃をぶっぱなし、ソノラも怒鳴る。
 同年代の友達を殺されかけた挙句、行方不明にされりゃ、ただでさえ敵対している無色の派閥がさらに憎らしくなっても無理はない。
 実際、ソノラの発言に、後で駆けつけた全員が頷いた。
 ただし、
「縁起が悪いですよ、死んではいませんとあれほど……!」
 こめかみを押さえたヤードのつぶやきに、どっかの誰かが深くふかーくうなずいたのは、生憎黒いマントの奥のこと。誰も、それを目にすることはなかったのである。


 ――そうして、戦い自体はそう大した抵抗もなく終えることが出来た。
 どんな命令を出されていたのか知らないが(たぶん周辺調査か何かだろう。あわよくばはぐれを捕獲してこいとか)、戦力の過半数を無力化された時点で、派閥兵たちは速やかに戦場を離脱していった。
 海賊一同もまた、それを見送る。
 あえて深追いし、万一誘われた先で罠が待ち受けていては、それこそ笑い話にもならない。まだ、こちらもこちらで体勢を整えなおせてはいないのだ。気がかりなことも多すぎるし。
 間を置いての追撃がないことを確認し、一行はようやく、張り詰めていた気を抜くことが出来た。
「ほれ、おまえは先にその子を送っていってやらんかい」
 そんななか、ジャキーニが、どうにかシアリィを守り抜いたオウキーニの肩を叩いてそう云った。
 云われたオウキーニは軽く頷いて、「ほな」とシアリィに背を向けてしゃがむ。
「え、オ、オウキーニさん?」
「おんぶや」
 顔だけ彼女に向けて、オウキーニはにっこり笑った。
「今度こそウソつかんよう、うちがしっかり家まで送ってくさかいな?」
「……」
 顔を真っ赤にして、
「はい……」
 と、シアリィは、オウキーニの背に身体を預ける。
 かもし出される桃色空気にあてられぬよう、一同は、そっと視線を明後日に逸らした。
 ついでとばかりに視線をめぐらせたアティが、「あら?」と首を傾げた。
 とっとと歩き出したオウキーニと背負われたシアリィ以外、全員が……いや、
「あの黒いマントのひとは、どうしたんですか?」
 とのアティのことばどおり、いつの間にか、黒マントの人物の姿は消えていた。
「あれ?」
「おや?」
 触発され、カイルたち、子供たちもきょろきょろと辺りを見渡すが、少なくとも見渡せる範囲には影も形もない。
「……ていうか、あれは誰だったの?」
「知らん。オウキーニが、なんや通りすがりだとかは云うとったが」
「つまり詳しくは知らない?」
「おう。あやつのほうから、手伝ってくれると云ったんじゃ」
 一同、顔を見合わせる。
「ね、ねえ。おっさん、あいつと何か話した?」
「うむ? そうじゃなあ、二言三言云っとったな。たしか……」
 それを思い出そうと顎に指を添えたジャキーニを、質問したナップ、それから周囲の面々が見守る。
 いや、その。
 なんていうか、あんまりタイミング良すぎるよ?
 それに、島のことはもうほとんど知ってるって豪語してもいいくらいなのに、あの黒いマントの人物を誰も知らないっていうのが引っかかる。
「名前は――云ってませんでしたか?」
「いや、名前は聞いとらん」
 沈黙に耐えられなくなったアティの問いにかぶりを振って、ジャキーニは、「そうじゃ」と目をつぶる。
「たしか、オウキーニがあの娘に“もう怖いことはない”云うたら、どこからとなく出てきて“あるでしょ”と」
「「……」」
 顔を見合わせる一同。
「それから、てきぱきこっちに指示出してな。いや、今思えば的確だったんじゃろうが、ワシが怒鳴ったら“文句は後で”と云いおった」
「「……」」
 持ち上げた口元が引きつったのは、うち数名。顔筋固まっちゃったらしく、表情消えたのが残り全員。
「で、それに続けて“まず生き延びろ”と――」
「「…………」」
 なまぬるい、
 沈黙が、
「それに、そうそう。たしか、通りすがりにオウキーニに足引っかけて転ばしたらしいんじゃ」
 全員の頭上に舞い下りた。

「……だ」

 引きつった口元をどーにかこーにか動かして、ソノラがぽつりとつぶやいて。それが引き金になったか、次の瞬間、彼女は盛ッ大な雄叫びを上げていた。

「絶対! だ、それ――――!!」

 耳をふさいで防御したなかの誰も、首を横に振る者はいない。
 一気に肺を酷使して、息を荒げてしまったソノラの前で、子供たちが口のわきに手を当てる。
――――!?」
「どこ行ったんですの――――!!」
「でーてーこーいーよ――――!!」
「ごはんが出来てますよ――――!!」
「ガキじゃねえんだからよ」
 最後のそれを耳にして、ぽつりとカイルがつぶやいた。
「わたし探してきます!!」
「待ちなさい」
 子供たちの叫んだ残滓が消えるころ、「なんであの娘っ子なんじゃ」と首を傾げているジャキーニ(昨日の顛末をまだ知らない)に説明してやっていたスカーレルが、むんずと白いマントをひっつかむ。引き止め係に命名してみたいものだ。
「きゃっ」
 走り出そうとしていたアティは、喉を絞めることは避けられたものの、がくんと前のめりに倒れかけた。
 つかんだスカーレルを振り返る蒼色の双眸は、恨みがましげだ。
「何するんですか! が……!」
「出てくるつもりなら、今ごろ感動の再会をしてるわよ、アタシたちは」
「――――」
 彼のことばの意味するところを瞬時に悟り、アティはことばを失う。
 そんな彼女の代わりに、ヤードが口を開いた。
「……何か、出て来れない理由がある……?」
じゃない可能性もあるけど……聞く限り、それは低そうだしね」
 やけに確信深いスカーレルのそれに、ジャキーニ除く全員が頷いた。
 だって、あの子くらいしかいないよ?
 強面のジャキーニにタンカ切って見せたり、無色の派閥に囲まれててなお冷静に指示を出したり……あまつさえ、その派閥兵をそう苦もなくいなすようなのなんて、あの子くらいしか。知らない。
 それは、期待にしか過ぎないのかもしれないけど、……希望する。そうであることを。
「でも、なんで……」
「ぷ――」
 未だ落ち着かなさそうに周囲を見渡すプニム。それをちらりといたましげに見下ろして、アリーゼがつぶやいた。
「なんでかしらねえ……何か事情があるんでしょうけど」
 さすがにそこまで推測は出来ない。肩をすくめるスカーレル。
「そんなに、あの白い光のこと訊かれたくないのかな」
「……そういえば、いつの間にかうやむやになってましたわね」
 いつかのことをふとウィルが思い出せば、ベルフラウがそれに応じる。
 ああ、と手を打つ他一同。
 そういえば、説明してくれようとしたらアズリアたちとの戦いになって、そのままお流れになってたんだっけ。
「でも、そんなにいやなら訊かないのに」
「だよな? だいたい、あの日、話してくれるつもりだったんだし」
 では何故、彼女は戻ってこないのか。
 けれど、思考はそこまで。
「戻りましょう」
 つとスカーレルが歩き出した。
「スカーレルっ」
「このまま立ちぼうけしてたって、は出てきやしないわよ。……さっきも云ったでしょ、出てくるつもりなら、とうに出てきてる」
 それをしないというのなら、沈黙を守るだけの事情を、彼女が抱えているということだろう。
 実に正鵠を射ているスカーレルのことばに、食い下がろうとしたソノラも押し黙――ろうとして、はっ、とヤードを振り返る。
「そうだ、ヤード! があんな動き回れるくらい回復してるんなら、もっかい召喚術で喚べない!?」
「そ――そうです、ね」
 が、気圧されたのか気乗りしないのか……たぶん後者だろうが、ヤードの返答はぎこちなかった。心もとなさそうに胸元に手を当て、迷うように視線を彷徨わす。
 そんなに出てきたくないのなら、無理に喚び出すのは、と、考えてしまったヤードに、だが、一行の視線が集中した。期待と不安が半々のそれに、彼は十数秒だけは抵抗したものの、やがて項垂れた。
「……判りました。やってみましょう」
 目を閉じ、意識を集中するヤードを、全員がじっと見つめる。

 ――古き英知の術によりて、今ここに、汝の力を求めん

 ……描くは少女の姿。
 赤い髪と翠の双眸を持つ、という名の彼女の姿。
 そうして魔力は頂点に達し――

 ――誓約に応えよ……!

 紡がれた喚ぶ声。
 そして、手にした召喚石が一度小さくきらめいた。
「……」
 けれど――やはり、結果はそれだけ。
 砂浜で試したときと同じように、召喚石はわずかな輝きを返したのみで、それ以上、うんともすんとも云いやしない。
 濃い落胆が漂うなか、「待てよ?」とジャキーニがつぶやいた。……途中から半ば蚊帳の外にほっぽり出されてた彼だが、説明と一連のやりとりを見ていて、だいたいの見当はついたらしい。
「あの娘っ子がそんなに弱っとるんなら、あの黒マントは本人じゃないちゅうことにならんか?」
「――じゃあ、あれは誰だってんだよっ」
「ワシに訊くな!」
 むっとして突っかかるナップだったが、即座に返ってきたジャキーニの返答に、勢いをなくしてため息ひとつ。

 彼らが同じように意気消沈した表情でその場を後にするのは、それから、ほどなくしてのことであった。


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