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【がんばれ副船長】

- 怪しさ爆発黒マント -



 オウキーニは、一路、駆ける。
 探しに行くとは云って出てきたものの、これといってアテがあったわけではない。とりあえず、知り合いのところを全部まわってみるつもりだった。
 真っ先に向かう方向が、先生たちのいる海賊船になったのは、やはり、以前世話になったからとか近いからとか、そういった理由からだろう。
 懸命に走る彼は、ただただシアリィのことだけを考えていた。
 ウサギ耳をぴょこぴょこさせた、かわいらしい少女。料理熱心だと思っていたら、自分のどこを気に入ってくれたのやら、好意溢れる手紙までくれた。
 海賊なんだからと迷いまくる自分を、せっついたり不甲斐ないと怒ったりもせずに、変わらず通ってくれていたのに。
「うう……っ」
 こんなことなら、ちゃんと話しておけばよかった。
 海賊だから、陸には留まれないんだと。海の男は、しがらみを残してはいけないんだと。
 だから、あきらめてくれと――云えるほど、オウキーニは、自分の気持ちに嘘つきではなくて。だから、うやむやのまま出航してしまおう、と、思ってなかったといえば、それこそ嘘になってしまう。
 でも。
 こんなことなら。
「……っ」
 いなくなってしまったのが、もしや、情けない自分に愛想をつかしてのことだったら――
「シアリィはん……っ!」
 自分が、ひどく、嫌いになってしまいそうだ。いや、もう嫌いになっている。
 こんなことなら、こんなことになる前に、ちゃんとお互い話し合っておくべきだったんだと――

 スッ。
 視界の端に、黒い影が併走する。

「へ?」

 それに気づくや否や、オウキーニは、唐突に足元に突き出された障害物に蹴躓いた。
「おわッ!?」
 慣性の法則に従って、彼の身体は大きく宙に舞う。車は急に止まれない。
「おわわわわ――――ッ!?」
 下から見上げていたら、数メートルほどを前方へ向けてすっ飛んだ彼が、少し橙かかりはじめた太陽の逆光を受けて、かっこいいちっくなシルエットになってたのが見えてたかもしれない。
 ずざああぁぁぁぁぁッ、と、盛大な地すべりの音をたてて、オウキーニは地面に墜落した。
「な、何しますのや!!」
 振り返って、怒鳴る。
 障害物こと足を突き出して彼をこかした犯人を睨みつけようと、力を入れかけた目は――だが、意に反してまんまるになってしまった。
「……え?」
 それは実に、怪しいことこのうえない犯人であった。
 一言でいうなら、黒マントかぶった小柄な不審人物。いやもう、それがシアリィをさらったと云われてもおかしくないくらいの、怪しさ大爆発っぷり。
 青々した草原、澄んだ空、穏やかな日の光……そんな爽やかな光景のなかに、佇む黒マント。うん、実に実に怪しい。というか、黒マントっていうのは、夜に溶け込むために普通まとうもんではないのか。昼日中着て出て、それでいいのか。
 一瞬にしてさまざまな思考がよぎったオウキーニだったが、それも僅かな間。すぐに「は!」と我を取り戻す。
「こんなことしてる場合じゃあらへん! 今後気をつけるんでっせ!」
 と、そういう問題ですむのかどうか判らない忠告を黒マントに投げかけると、再び走り出そうとし――
「そんなにあわてて、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないんや――!」
 真っ向から神経を逆撫でしてくれた黒マントの声に、思わず振り返って怒鳴りつけていた。
 顔を真っ赤にしたオウキーニとは逆に、黒マントはしれっと佇んでいる。表情が見えないのが小憎たらしい。
 けれど、そうして黒マントがつむいだことばは、態度とは裏腹の、やけに親切なものだった。
「大変なんだ? ぁ……、わたしでよければ手伝おうか?」
 一部微妙にどもっていたような気がするが、ひとりで探し回る限界を薄々と感じていたオウキーニ、即座に提案に飛びついた。
「そうでっか!? じゃあ、人を探してほしいんや!」
「ひと?」
「そうや、こないなウサギ耳の、小麦色の肌した、ちょっと猫目の獣人や。名前はシアリィはん。ユクレスは判りまっか? そこの子なんやけど、なんや外に出て行ったみたいで……」
「――集落から?」
 僅かに険を帯びた声音から察するに、この黒マントも、現在の島の状況を理解しているらしい。
 くぐもったその一言を最後に、ぱっ、と身を翻した。
「判った。見かけたらユクレスに送っとく」
「おおきに! ほな、ウチは行くさかい……、っととと」
 その黒い姿に感謝を告げて、再び走り出そうとしたオウキーニだったが、軸足をそのまま回転させて、とうに進みだしてた黒マントに呼びかける。
「あんさん、名前と住処は!? お礼に行かせていただきます!!」
「要らないよ!」
 振り返る素振りさえ見せず、ただ片手を持ち上げ一度だけ振ると、黒マントはあっという間に草原の向こうへと駆けていく。
 オウキーニはというと、数秒ばかり所在無く佇んでいたけれど、「は!」と再び我に返り、あわてて海賊船へ向けて走り出したのであった。


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