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【がんばれ副船長】

- ユクレスに響く絶叫 -



 夕暮れも間近になったころ。
 その絶叫は、唐突にユクレス村中へ響き渡った。

「たたた大変や―――――――――!!」

 なんだなんだ、と、出てきた住人たちが目にしたのは、村の一角で頭を抱えて途方に暮れるふくよかな男……もはや村名物の料理人と化しているオウキーニだ。
 普段は人当たりやわらかな笑みを浮かべている彼が、顔面蒼白になって冷や汗を垂らしているさまは、見ていてなんとも近寄り難い。
 が、パナシェは勇気を出してオウキーニに接近した。
「ど、どうしたの?」
「お……おらんのや」
「誰が?」
 声の聞こえる位置にいた別の獣人が、首を傾げる。
 この場に村人全員が出てきているわけではない、最近はとみに物騒で……だから、何人かが周囲を見渡しているが、いないという誰かが特定できるわけもない。
 当然のように飛び出したその問いに、ギロッ! とオウキーニの視線が返る。
「シアリィはんや!!」
「……え、シアリィさん!?」
 半ば怒鳴り声めいて発されたその名前に、彼らはざわめいた。
 なるほど、それならオウキーニの慌てようも判る。ウサギ耳を持つその少女は、彼にほのかな想いを抱いているらしく、足しげく世話を焼いてたりしていた。そんなほのぼのとした光景を、住人たちも、一度は目にしている。
「時間になっても来まへんから、おかしい思って家にいったら……おらんのや! 行き違いになったかって戻ってみてもおらへん、何度往復したかておらへん、散歩に行ったかてこんな長い時間留守にするなんてないはずや……!!」
 それでようやく、嫌な予想に行き着いて、絶叫をあげたらしい。
 にわかに騒然としだした住人たちだったが、ではどこを探せば、とはいえない。村にいなければ外だろう……が、今、外は危険だから出てはならない、と、護人のヤッファからきつく云われている。まして昨日、そのヤッファがくたくたになって戻り、絶対に絶対に出るな、と、さらなる念を押されたのだ。その禁を破ったとは考え難いし、しかし、他に予想はつかないし……
 誰もが口ごもったそのとき、がばっ、とオウキーニが立ち上がった。
「いや、ここでじっとしててもあきまへん! ウチ、探しに行ってきます!!」
 硬く拳を握りしめ、彼は、村の外へとどたばた走り去って行った。
 自己完結して遠ざかる背中を呆然と見送っていた住人たちは、どうしたものかとしばしその場に佇んだ。
 そこに、
「おう、すまんのう。うちの義兄弟が騒がせて」
 ガハハハ、と、笑い声をあげながら、ジャキーニがやってくる。よくよく見れば、その額に冷や汗が流れていることに気づいたろう。
 が、少なくとも表面上は焦りなんぞちっとも見せず、彼はひらひらと手を振って告げた。
「ワシの部下たちも探しに出たわい。なぁに、優秀な奴らじゃからすぐに見つかる、皆さんは安心して、いつもどおりにしてくれてればええんじゃい」
 どーんと構えた(ように見える)ジャキーニのことばに、
「そ、そう?」
「がんばってね、おじちゃん!」
「シアリィちゃんをよろしくね……!」
 戸惑いながらも、三々五々、住人たちが散っていく。――そんななか、ぽつり、残った者がいた。
「なんじゃパナシェ、何か用か?」
 それともなにか、ワシのことばが信用できんか。
 む、と眉根を寄せたジャキーニのそれに、パナシェは「ううん」と、少しあわててかぶりを振る。
「今ね、さん、いたかなって」
「何!? あの娘っこが!?」
 未だに初戦時の恐怖が抜けていないのか、反射的に周囲を見渡すジャキーニ。
 だが、住人たちが立ち去ったあとのその場は閑散として、彼ら以外の人影はすでにない。
「……どこにじゃ」
「あれ?」
 気のせいだったかなあ? そう首をひねるパナシェの尻を、ジャキーニは、とっとと戻れと蹴り飛ばした。


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