――まどろみは、心地好い。
ずっと、ずっと呼びかけてきてた、昏い声が聞こえないから。
あの怖い意志が、今は静かにしてるから。
だから……こうして夢現、たゆたっているのが、久しぶりに気持ちいいと思えた。
さっきまで傍にいた姉が出て行くのは、なんとなく感じたけれど、起き上がるのも億劫で――いや、違う。
昨日(たぶんそのはずだ)、魔剣から伸びて絡み付いてた無数の怨嗟を、あのひとによって力任せに断ち切られた反動か、今の自分は呼吸するだけで精一杯のようだ。
狂えと叫んだ声。
引き込もうとしてた意志。
それは、魔剣を通じて届いていた。その繋がりを大半断たれた今、こちらへ喚びかけようにも出来ないのだろう……あの、昏い昏い声は。
その代わり、繰り返し胸に響くのは、あのひとが告げてくれた声。
(さようなら)
遠い遠いあの赤い空、泣いていた翠の双眸が、やわらかく微笑んでそう告げた。
(あなたたちが大好きだ)
……不安だった。
手を放されたのは、置いていかれたのは、あれがゆめで、おかあさんは本当は迷惑がってたんじゃないかって。
欲しかったのは、終わりと、そして、不安の否定。
それを、あのひとは、くれた。――やっと。本当に、やっと。
おかあさんでもでも、ああ、もう、どちらでもいい。
真っ直ぐに自分を見てくれた翠の眼は、昔も今も、変わってない。
さようなら、おかあさん。
そうして、目が覚めたら、に逢おう。
赤い髪して翠の眼を持つ、たまに俺たちの妹って勘違いされてしまう、元気で強いあの子に逢おう。――今度こそ。
うん。
今なら、きっと、その力には飲まれない。
そうして、目が覚めたら。
あの深く昏い碧の魔剣を手にとって。俺はきっと、戦える。
――子供たちがいる。
――がいる。
――仲間が、そして、姉がいる。
大切なものがあるから、……だいじょうぶ、俺は、きっと戦える。
あの闇だって、いつか、怖くなくなる――
まどろみは、心地好い。
あまりにも心地好すぎて、その事実を忘れるほどに。
白い焔に包まれる前に起きたそれを。
忘れたのか、それとも、故意に押し込めているのか……未だ満足に動かぬ彼の身体が、荒ぶることを恐れてそうさせているのか。
表層に浮かぶことない、ひとつの映像。
紅の暴君によって貫かれた、ひとりの少女の姿は――まだ、まどろむ彼の奥深く、静かに横たわるままだった。
「……どうだった?」
「いや、ダメだった。そっちは?」
「ううん……」
「同じく、ですわ」
散歩に(という名目で)出て行ったアティを探すため飛び出した彼らだったが、成果は芳しくなかった。
あまり遠くまでは行くまい、そして、人の行かぬような場所には行くまい、と見当をつけ、ならばとばかりに手分けして四つの集落を最初の捜索場所にしたのだが、結果は以上のとおり。
集合した集いの泉で顔を合わせた子供たちは、四人同時に、『はあ』と、大きく息を吐き出した。
実はそれぞれ、向かった先の集落で護人たちと会話をしてはきたのだが……それを一々報告しあうような、そんな心の余裕もない。
子供たちは、頭を突きつけ考える。
四つの集落にはいない、集いの泉にもいない、となれば、いったいどこにいるのだろうか――と。
「あ」
そうしだしてしばらく、も、まだ経たないうちに、ウィルが手のひらを打ち合わせた。
「ミャ?」
「ピ?」
相棒のテコ、その反対隣にいたアールが同時に鳴き声をあげて彼を見る。
「ビ?」
「キュ?」
触発されたか、オニビとキユピーも一鳴き。
それらの語尾が発されるのとほぼ時を同じくして、他の兄弟たちが彼に目をやった。
「どうしたんですの?」
赤い帽子を揺らして、双子の片割れが彼を覗き込んだ。
「まだ探していない場所があった」
「え、どこ?」
ぱっと表情を輝かせるアリーゼ。
そんな妹に向き直り、ウィルは、木々の向こうを指差してみせる。方角としては風雷の郷、ただし、少しばかり西に逸れた位置にある――
「メイメイさんの店だよ!」