青い小さなその子は、懸命に森を駆けていた。
赤い髪して翠の眼をした女の子、一緒にいなければと思った子、そうして吹っ飛ばされた先で最初に逢ってから、ずっと一緒にいた子を探して、一生懸命に走っていた。
どうして一緒にいたいと思ったのか?
それは、ふとしたときから自分のどこかに住んでいた、あの人間の息吹のせいかもしれない。たしかに、最初はそうだったかもしれない。
でも、一緒にいるうちに、あの女の子のあったかいところや破天荒なところを、青い小さな子は、どんどん好きになっていった。
抱いてくれると気持ちよくて、頭の上は居心地よくて、時々一緒にお昼寝もした、戦いになってしまったときだって、頼りにしてくれてた。一緒に今まで頑張ってきた。
「……ぷ!」
張り出した木の根に蹴躓いて、青い小さな子はその場につんのめる。
ぽーん、ぽーんと数度跳ねてようやく止まり、起き上がると、身体についた土をぱたぱた払った。
小さな手のひらが、その胸に当たる。まだ、あの若草色の光とともに生まれたぬくもりが消えていないことを、そのついでにたしかめた。
たしかめて、小さく安堵。まだ、消えてない。
まだ――あの子と、自分のつながりは残ってる。
最初のときより、今までより、ずっとずっと弱いけど、でも、まだ消えてない。まだ残ってる。
だったら、あの子はどこかにいる。
「ぷ」
ぶるっ、と首を振って、青い小さな子は再び地を蹴った。
――とたん。
「あっ」
「ぷ!?」
勢いをつけて飛び跳ねた前方、横手から出てきた誰かにぶつかり、跳ね返された。
さっきとは逆に、後ろに数度バウンドして復帰。
そうして、ぶつかったのは誰だろうと見上げた眼に映ったのは、
「――、ごめん。だいじょうぶ?」
地面に膝をついて視線を下げ、すまなさそうに自分を覗き込んでいる女の子の姿だった。
「ぷ……?」
青い小さな子の姿を映す女の子の眼は、まるで夜の色のよう。顔の輪郭をさらさらと彩る髪は、肩のところまで。黒と茶色が混ざった色。
声は――似てる。あの女の子に、とても似てる。
でも、姿は全然違う。
それに、あの子の周りにいつでもあった、強くて鋭い、でもあたたかな力はない。
でも、なんでか似てる。
とくとく、何かを主張する胸のぬくもりに戸惑って、青い小さな子は、何も云えずにその場に固まってしまった。
女の子は、首を傾げてこちらを見てる。
「ぷー……?」
違う、のかな?
だってあの女の子なら、いつもみたいに手を差し伸べて、抱いてくれたり頭の上に乗せてくれたり。
そうしてくれないってことは……違う人間なのかな?
でも、でも。
とく、とく、あったかいのが強くなるのに。
「……」
戸惑うプニムを見ていた女の子は、どうしてか、少し安心したように相好を崩した。
「あんまり奥まで行くと、危ないよ。変なの出る前に、おうちに帰りなさい?」
「ぷっ……」
そういう女の子こそ、危なくないんだろうか。
小さく一声鳴いたそれを、女の子は察してくれたようだ。
「あ……、わたしは、――ちょっと、あっちに用事があるからね」
どこか具合悪そうに、一度きゅっと目を閉じ――その後どこか硬い笑みを浮かべて、女の子はそう云った。
そして、もう一度告げる。
「こんなところまで来て、きっと、みんな心配しているよ。一度戻ってあげなさい。ね?」
優しく諭すような、だけど、そうしてくれと祈るような――そんな声に、青い小さな子は、もう随分と自分が走り回ってたことを今さらながら思い出した。
そうだ、たしか夜が明ける前には船に戻れって云われた。
もう、お日様は姿を全部見せてる。
……あの女の子がいなくなっただけじゃなくて、自分のことでまでみんなに心配かけちゃうのは、うん、きっと、だめ。
「ぷ」
ちっちゃく頷いて、青い小さな子は踵を返しかけ――危ないのならこの子もこないかな、と。そっ、と、女の子に手を伸ばしてみた。
「!」
瞬間、目を見開いて、女の子は飛び退がる。
あまりの反応に驚いて、思わず固まってしまったこちらに、女の子は気まずそうな表情をつくった。でも、前に出てこようとはしない。
「あ――ごめん。ちょっと今、触られるのダメで。うん、ごめん」
どこか慌ててそう云うと、行け行けと手を振ってみせてくる。
やんわりと、はっきりとした拒絶を、青い小さな子は悟った。
「……」
後ろ髪引かれる思いで、来た方向へと戻り始める。なんだか気が抜けてしまって、ぺたんぺたんと重い足取り。
そうしてしばらく歩いてから、ふと、一度だけ振り返ってみたけれど。
……さわさわと、風にそよぐ木々や草花以外、そこにはもう何もなかった。
誰かのいた痕跡も気配も、きれいに消えていたのである。