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【とりあえず、朝ご飯】

- 野性的家庭教師 -



 用意するものは、頑丈でしなりのある木の枝と、流れ着いたボロ服から抜き取った繊維をより合わせて作った糸。
 あと、アティがわざと召喚ミスさせて喚び出した金タライから削りだしてつくった釣り針。ちなみにタライに脳天を直撃されたのはレックス。哀れ。
 それを3本準備して、たちは、あらかじめ目星をつけておいた岩場に子供たちを伴ってやってきた。
「でも」
 と、まだ子供たちは首を傾げている。
「仕掛けはともかく、餌はどうするんです?」
 アリーゼのことばを引き継いで、ウィルの問い。
 応えて、レックスがアティに釣竿モドキを預け、傍にある岩をひっくり返す。
 影になった部分の砂を手でざくざく掘り、掴み上げたのは虫さん数匹。
「きゃっ!?」
 女の子たちが悲鳴をあげるが、男の子たちは逆にこちらを覗きこんできた。
「砂のなかにいる、こういう虫を使うんですよ」
 釣竿二本装備中のアティが、にっこり笑って解説。
 そうそう、と、同じく近くの岩を動かしながらも頷いた。
 砂に突っ込んだ手に、もぞもぞ動く感触が伝わって、見事虫ゲット。
 子供たちが奇異の目で見守るなか、レックスとふたりで虫を掘り漁ることしばらく。
 多少魚にもってかれてもだいじょうぶなほど確保した年長3人は、改めて、岩場にそれぞれ釣竿装備でスタンバイオッケー。

「さーて、釣るぞー!!」
「「おー!!」」

 かなり、後日になって。
 あのときほど気合の入った彼らを見たことはない、というのが、子供たちの共通した感想であった。
 だけどまだ、それはずっと先の話。

「あ」
 仕掛けを海に投げ込もうとした手を止めて、は子供たちを振り返る。
「もしよかったら、薪になりそーな木を集めといてもらえる?」
 地面に落ちてて、出来るだけ乾燥してる枝。
 難しかったら、枯草とかでも可。
「危険はないと思うけど、木の根につまづいて転んだりはしないようにね」
 すでに太公望状態になったレックスが、顔だけ振り返ってそう注釈。
「あ、うん」
「わかりました」
 男の子ふたりが頷いて、召喚獣を伴って林に入っていく。
「アリーゼ、行きましょう」
「う……うん」
 つづいて、女の子たちも。
 取り残されたプニムが、首を傾げてを見上げる。
 何か仕事をくれ、と、つぶらな瞳の訴えに、はあっさり屈した。
「あの子たちに着いてって、何か危なそうだったら教えてくれる?」
「ぷ」
 走り去るプニムを見送って、ふと、レックスがを振り返った。
「あのプニムって、やっぱり?」
 云わんとしているだろうことを察して、は軽くうなずいた。
「そうですよ。なんか、砂浜でファーストコンタクトしてなつかれちゃって」
「召喚獣が多いですよね……そのわりに、召喚師らしき人はいないみたい――あ」
「お! アティいけ! そこだっ!」
 ぐんっ、と大きく引っ張られた竿に、おっとり話してたアティが両足をふんばる。
 獲物がかかる様子のないレックスがそこに声援を送るが――
 ぐっ、
「あ、レックスさんもきたっ!」
 ぐいーっ、
さんも!」
 竿がぶつかったりしないように、ちらりと3人はそれぞれの距離を確かめて。
「「「せーのっ!!」」」

 ざっぱぁん。

 強力な引きと、盛大な水しぶきにかけた期待が、裏切られることはなかった。
 ある程度の薪を集めて戻ってきた子供たちも、ちょうど海から釣り上げられた魚を見て目を丸くする。
「うっわ! でっけえ――!」
 ナップの感嘆の声が響くなか、釣り上げられたお魚は、地響きを立てて岩場に落ちた。
 わらわらと子供たちが駆け寄る前で、レックスがてきぱきと魚をさばく。
 あんまり大きすぎて、たき火程度では丸焼きに出来ないせいだ。
 3人が3人ともビッグサイズを釣り上げたおかげで、うち1匹は海にリリース。
 とアティは、木の枝と紐で即興の発火作業。
 いや、原始的に木と木を手で延々とすり合わせてもいいんだけど、それはちょっと時間がかかりすぎる。
 ために、ちょっと一工夫。
「召喚石が流されてなかったら、火を使える子を喚べたかもしれませんけどねえ」
 ぎゅりぎゅりぎゅり。
「しょうがないですよー、命が助かっただけマシってものです」
「そうそう。それに、今からおいしいご飯にもありつけるしな」
 ざくざくざく。
 まったりと会話しつつサバイバルに勤しむ年長組を、子供たちは好奇心全開で眺めている。
「おいしい、んですか?」
 さばき終わった魚を枝に刺して、起こした火のまわりに突き立てていくレックスに、ウィルが怪訝な顔で問う。
 横から、アリーゼもおずおずと、
「味付もなんにも、してないみたいですけど……」
「んー、魚そのままでもいいんだけど、一応塩ふるからだいじょうぶー」
「塩なんてどこに……」
 やっぱり疑問符の浮いてるベルフラウの目の前に、ずい、とが差し出したのは、海の水を汲んだ平鍋。拾いモノ。
 それを見ていたナップが、「まさか」とつぶやいた。
「そう、そのまさか」
 にんまり笑って、鍋を火にかける。
 魚を直火で焼くためかまどはつくってないから、手で支えてなくちゃならないけど。
「そんなたくさんは出来ないけどね、舌さみしい人用」
 しかもコゲがつくから、それを気にしない人向け。
「……すげぇな、アンタたち」
 ちりちりと逃げていく水気を見送って、ナップが云う。
「そうかなあ?」
 薄切りにした部位に火が通ったのをたしかめて、レックスが串を差し替える。そうですよ、と、他の3人が頷いた。
 ともかく、焼きあがった魚をまず子供たちに。
 鱗はさすがに落としたけれど、皮はついたままだ。焦げ目もこんがり、いいあんばいである。
 だけど、彼らは魚とこちらを交互に眺めるばかり。
「どうかしましたか?」
 はい、とアリーゼに魚を渡したアティが首をかしげる。
「……もしかして、こういうご飯は初めてだったり?」
 同じく焼けた魚を片手に、片手は相変わらず塩作成中のまま、はふと思いついて訊いてみた。
 こっくり。
 予想どおり、4人が4人とも首を上下させる。
 そりゃそうか。いいトコのお子さんなんだもんね。
「でっかい骨はとったから、そのままかぶりついていいよ。小骨は食べてもだいじょうぶだし、怖かったら吐き出していいから」
 云って、レックスが魚にかぶりつく。
 あーん、と、大口を開けて豪快に。
 大きめに用意したそれは、一度で彼の口におさまることはなく、レックスは皮を引きちぎるようにしてほおばっている。
 あちちっ、なんてほこほこの、声ともつかぬ声が咀嚼の合間にこぼれた。
「それじゃあ、わたしも」
 はむ、とアティも魚にかぶりついた。それからも、
「いただきまーす」
 あんぐり。ぱっくん。もぐもぐもぐ。
 実に丸一日ぶりの食事は、実においしい。
 幸せ満面で魚を食べるこちらを見て、子供たちも、ようやく決心がついたらしい。
 ちらり、と魚に目を落とし、口をあけて一気に魚にかじりつく。
「……あ」
「おいしい……」
 ぽろ、と。
 魚を口に入れた瞬間、そんなことばが彼らからこぼれた。
 嘘じゃない証拠に、そう云ったあとすぐ、夢中で魚にかぶりついている。
 負けじと、たちも会話さえ忘れて魚を胃におさめることに集中した。
 あまりの食事の勢いに、リリースした魚を釣りなおさなければならないかと一瞬不安になったほどだった。

 戦争のような食事を終えて、しばし休憩。
 喉の渇きは、近くに自生してた果汁たっぷりの果物をとって解消して。
 ――やっと人心地ついた心境で、たちは岩場に腰かけていた。
 胃がこなれたら、少し範囲を広げて周囲を探索する予定だ。
 元々疲れてなどなかったらしい召喚獣たちは、なにやら砂浜でじゃれあっている。
「そういえば、今まで訊こう訊こうと思って忘れてたんだけど、あの子たちってどうしたの?」
「あ……お話していませんでしたか?」
 岩に背中を預けたままのウィルが、食後の気だるげな顔でを見上げた。
 頷いてみせると、彼はまず、召喚獣の一匹に呼びかける。
「テコ、おいで!」
「テコ?」
 駆け寄ってきたのは、めがねをかけたネコのような生き物。おそらくメイトルパ出身。
 尻尾が二本あるのがビミョーに気になるが、猫又ってわけはないだろうな。
 テコと呼んだ召喚獣を抱き上げたウィルの横で、ナップも同じように残り3匹中の1匹に呼びかける。
「こいよ、アール」
 女の子たちもそれぞれ、
「キユピー、おいで」
「いらっしゃい、オニビ」
 ナップのところに駆けてきたのは、ロレイラルの機械兵士……のスペシャルミニチュア版。
 小さな天使が飛んでいった先にはアリーゼがいて。
 くりっとした目玉も可愛らしい火の玉は、ベルフラウの腕のなかにダイビング。
 ……なるほど。
 うなりながら、レックスとアティとは子供たちと召喚獣たちを見比べた。
 それぞれの特性にぴったり、そんな印象。
「オレたちが目を覚ましたら、こいつらがいたんだよ」
「僕たちを、どこかにつれていきたがってるみたいだったんです」
「私たちも同じですわ」
「はい。だけど、その途中で――」
「はぐれ召喚獣たちに襲われた、と?」
 こっくり。
 最後のレックスのことばに、4人と4匹は一斉に頷いた。
「……」
 あまりといえばあまりな事象の一致に、たちは顔を見合わせる。
 4匹とも何かの恨みをはぐれたちから買ってたのか、はたまた、おなかすかせた彼らが行動する時間帯が一致してただけか。
 襲ってきたのは同種の召喚獣だったというし、どちらかというと後者の方が確率高そうだ。
「ぷーぷぷ」
 プニムが、の肩によじ登る。
「あ、そういえば君もだったね」
「ぷ」
 ちょこんと肩にプニムを乗っけたまま、ちらりと視線を送るはレックスとアティ。
 ……子供たちの家庭教師、兼、たぶんこの場で唯一堂々と保護者宣言出来るふたり。
 視線を向けられたふたりは、ちょっと困った顔になる。
「えっと……もしかして、一緒につれていきたい、とか?」
 こっくり。
 ひとり増えて5つになった頷きは、見事にタイミングが揃った。
「でも、はぐれなんだよなあ……だいじょうぶかなあ」
「…………」
「いいじゃないですか、レックス」
 まなじりを下げた子供たち、プラスを見て、アティが助け船を出す。
 くすくす笑いながら、
「わたしたちが行くまでみんなを守ってくれた、命の恩人なんですし……」
「ぷぷー」
 命の恩人、というくだりで、プニムが抗議。
 だけど。
「やったな、アール!」
「テコ、よかったね」
「ありがとうございますっ!」
「オニビ、これから一緒ですわよ」
 口々に発された子供たちの歓声に、それはあっさりかき消された。
 微笑むアティとレックスから目を移し、肩の上のプニムを見ると、何やら複雑な表情で座り込んでいた。
「ね、プニム?」
「ぷ?」
 歓声にかき消されて、会話はレックスたちには届かない。
「……どうして、あたしのところに来たの?」
「ぷぷー、ぷーぷぷっ」
「…………ごめん。訊くだけムダだったかも」
 またしても砂浜に絵を描こうとしたプニムを、とりあえずは全力で止めた。

 そうしてもうひとつ。
 召喚獣たちの名前はどこからきたんだ、という問いをレックスが発して。
 その答えに年長組が脱力するのは、数分後の話である。


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