おかあさん。
おかあさん、おかあさん、おかあさん――――!
笑っててほしかった。
「ぐ……ッ!!」
とっさに構えられた真紅の剣を、力任せに弾き飛ばす。
「オオオオオオォォォォォオォオォッ!!」
その笑顔が。
その存在が。
在るだけで、それだけで、遠い昔のやさしいゆめが、――ゆめが。
甲高い音をたてて、碧と紅が交差する。
ああ。別に良かったんだ。
それがゆめでもまぼろしでも。
俺が。
(わたしが)
感じた
(もらった)
やさしい思いは、たしかに、この胸に灯っていたんだから。
島が震える。
大気が揺れる。
ぶつかる彼らを中心にして、島中の、ありとあらゆるものが共振している。
そう。
それがゆめでもまぼろしでも。
なくしたと思ってたあの笑顔が、もう一度、自分たちの傍にきてくれた。
それだけで、それだけが、至上だったはずなのに――!
泣いている。哭いている。ないている。
哭く。なく。泣く。
「レックス! レックスやめろ! 島が――!!」
知らない。もう知らない。
だって泣いてる。哭いてる。
俺が泣いてる。
アティが泣いてる。
「アティ! 止めて、レックスを止めて!」
「……」
「アティ……ッ!!」
嘆き。
痛み。
慟哭。
ねえ。……ダレも、そんなもの、ほしいわけじゃないだろう?
「は――はははははは! 素晴らしい、素晴らしいぞ!!」
「なんという……力」
「あまり前に出るな、オルドレイク。余波と侮れるものではないぞ、あれは」
激突する碧と紅。
迸る碧と紅。
一瞬たりとて間をおかず、ぶつかりつづける二本の魔剣。
「――そうか」
紅を握る手の主が、小さくつぶやいた。
どこかほっとしたような、空っぽの笑みを浮かべて。
「最初から、そうすればよかったんだね。君たちも」
「ダマレ……!」
声とともに叩きつける剣。
互角ではない。碧が少しずつ押し、紅は少しずつ押されている。
今も、僅かによろめいて、だけどその手の主は倒れない。
鏡の前に立ったように似通った相手。それが、あのひとを殺した相手。
その相似が、許せない。
同じ存在など、要ラナイ。
ならば壊そう。
すべて壊そう。
怒りも嘆きも慟哭も、哀しみも喜びもすべて消そう。
ごがっ、と地面がひび割れる。
唐突に出現した亀裂は、しかし誰を飲み込む位置に生まれたわけではない。
だが放っておけばそう間もなく、同じようなものが誰かの足元に開かないとも限らない。
「やめてください、先生、やめて――――!!」
うん。
やめるよ。
嘆く君も、
「やめろってば! 島を壊すつもりかよ、先生!!」
怒る君も、
「ははははは――あははははっ!!」
嗤うこいつも。
みんな、ミンナ消シテカラ……!!
振りぬいた碧の賢帝。
紅の暴君は、それを防ぎきる。
受け止めきれずに零れた余波が、大きく地面を抉った。
「あ……!」
それがきっかけだったわけでもないのだろう。
だが、時を同じくして、新しい亀裂が大地に走った。
その縁に立つ形になってしまった誰かが、悲鳴をあげて体勢を崩す。
「アルディラ様!!」
淡々とした合成声では、まだ悲鳴はあげられないのか。そうしながらとっさに伸ばされた看護人形の腕は、けれど己の主へは届かない。
「アルディラ――!」
指の先をかすめた彼女の手のひらを見て。機界の護人、最後の融機人は訪れるだろうその瞬間を予感し、かたくきつく、目を閉じた。
直後、ふわりと。
白くあたたかなひかりが、落下するアルディラを救い上げる。