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【紅の魔剣】

- 喪失、再び -



 遠い、遠い。赤い日の。
 遠い、遠い、背中がひとつ。
 けして倒れなかった、手を差し伸べてくれた、背中が。

「……あ」

 からん、と。
 握られていた剣が、地面に落ちた。
 まといついていた白い焔は欠片もなく、刃がひび割れ欠けてしまった、ただそこらにある、無機質な短剣が。

 その音は、鈍く、小さく。――大きく、響いた。
 ひどくつくりものめいた光景。
 とうの昔に解けた赤い髪が散らばる背中、そこから、紅の刃が生えている。それ以上に赤い何かをまとい、滴らせ――流れ落ちるそれは留まることなく溢れ出し、地面に赤い水溜りをつくっていく。
 貫かれた衝撃でか、地面から僅かに浮いた足。それが、ふらりと揺れている。

「あ――」

 突き出ていた切っ先が、僅かに傾いだ。
 それで、宙吊りになっていた少女の身体が滑り落ちる。

 ずるり、

 どさり。

 一度小さく跳ねて、――そしてそれきり。
 もはや微動だにすることなく、赤い髪を赤い水溜りにひたし、服も身体もそれ以上に赤く染めて、少女は大地に横たわる。

「――あ――」

 悪い夢ならいい。
 辛い夢ならいい。
 だけど。

―――――!!!』

「ソノラッ!」
「出るんじゃねえッ!!」

 駆け出そうとした何人かを、何人かが羽交い絞めにする。

 叫ばれた名は、少女の名。
 あそこに倒れ伏す、少女の名。
「……
 そして、
「おかあさん」
 の、なまえ。

 夢ならいい。夢じゃない。

 ゆめならいい。ゆめじゃない。

 今座り込む、ごつごつした地面の感触も。
 冷たく湿る、雑草も。
 握りしめる手のひらと、何かを突き破った爪も。
 ぎしりと響く、歯を噛みしめる音も。

 ――おかあさん。

 遠い、遠い、ゆめをくれた、遠い、遠い、そのひとが。

 貫かれて。
 倒れて。

「誰か、プラーマ喚んでやってよ!」
 あのままじゃ、が……!
 叫ぶ声。

「喚んでも……もう」
 彼女の胸は、動いていない……
 現実を告げる声。
 
 そこかしこで響く悲痛な嘆き。
 ……そう。

 そのひとは、もう、――うごかない。

「何故殺した」
 ひたり。
 冷たい何かに侵食されるまま、呆然としていた耳に響く声。
「申し訳ありません」
 彼女の血がついた剣を軽く払い、答える。自分と似通った姿の。
「まだ調整が難しいようです……つい力を出しすぎてしまいました」
 似通った。
 姿の。
「そうか。――まあいい」、
 自分。
 は。
 どうして。どうして。――どうして、動かなかった?

 動けば。
 前に立てば。
 こんなもの、見なくてすんだのに。
 動けば。
 守れたかも、しれなかったのに。

 ゆらゆら、よぎる思考は、そこで停止。

 ああ。
 守れなかったんだ。

「死体といえど何かの価値はあるかもしれんな」

 俺たちは。
 守れなかったんだ?

「どうし、て」
 アティがつぶやいた。

 イスラみたいに、迷うことなく力を揮えなかったから?
 戦いは嫌だと、判りあえると、奇麗事ばかり夢みたから?

 喪ったのは、
「……わたしたち、が。弱かったから、ですか?」

 そんなふうに思う俺たちが――そうだ、弱かったから。

 ああ。
 なら、もう、やめる。

「イスラ」、
「は」

 奇麗事を夢みて、大事なゆめを喪ったなら。

「それを回収――」

「あああぁぁぁぁぁああああぁぁぁあああぁぁぁぁああぁ――――――――!!!!!」

 もう俺は、それをやめる――――!

 ――狂え!

 煩い。

 ――狂えばそれを見ずにすむ

 煩

 ――狂ってすべてを消し去ればいい……!

 うん。


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