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【紅の魔剣】

- きみにぜんぶあげる -



 ……無色の派閥は、きっと。
 彼女に。あの子に。
 死よりも酷い屈辱を、与えるのだろう。
 日の光のしたで生きる者には想像も出来ぬあらゆる手段でもって、派閥は、そこに輝く白い焔を解明しようとするだろう。

「ねえ」

 徐々に加えていく力を、は悟っているようだった。未だ彼女の後ろから投げられる制止の声に、もはや応じることもなく、懸命に剣を振るっている。
 どこか、物足りなさそうに。
 なにか、全力を出せてなさそうに。
 それが思うように出てこない焔に対しての、少しずつ、紅の暴君によって削られていく白い刃に対しての苛立ちなのだと、イスラが知っているわけでもないのだけれど。

 それでも。
 もっとも間近で告げたイスラの声に、翠の双眸は、ちゃんと彼を見てくれた。
「覚えてくれてる?」
 響き渡る剣戟の音、先刻ほどでなくても、零れて吹き荒れる力の轟音で、ふたりの会話はふたり以外に届かない。
「何を?」
 それは、会話でさえ、あっただろうか。
 ただ唇を動かしてるだけの、もしか、ただ目を交わして相手の心情を予想してるだけの、そんなたぐいのものでしかなかったのかもしれない。
 けれど、はイスラに応じていた。

 ――真っ直ぐなその翠の眼。それを、なにより……

「僕の本当は、みんな君にあげる」
「何……?」

 やめてくれ、と叫ぶ声。やめて、と懇願する声。
 彼女と同じ赤い髪の、ふたり。
 ぴくりとの肩が揺れた。そこに叩き込んだ刃は、危ういところで躱される。身代わりに散る、赤い髪。

「余所見なんてしてる場合かい!?」
「っ!」

 一際大きく叫んだ声。
 それで、焦りをほの見えさせていたは、動かしかけた首を正面に戻した。

 振り向かないで。まだ。
 もう少し、こっちを見て。

 そして――つれていって。

 この痛みも。
 この嘆きも。
 この想いも。

 友達なのだと云ってくれた君。
 力づけてくれて、笑ってくれた君。

「これが、真実、そうなのかは判らない」
 けれど違えようのない、僕の本当なんだ。
「だから――なにが……!?」
 戦いの合間に告げるそれは、自然、途切れ途切れ。なかなか核心に至らぬイスラのことばに、は少し苛立ってる。

 君に。
 僕の。

「――

 紅の暴君を、大きく後ろにひいた。
 それが致命傷を狙ったものであると、なら悟れたはずだ。だからこそ、彼女は、突っ込んでくるだろう切っ先に備えて剣を、

「君のこと、大好きだよ」

 動かすことも忘れたように動きを止めて、はイスラを見返した。
 愕然と。呆然と。
 見開かれた翠の双眸に映る、きれいな笑顔はダレだろうかと。そう考えた一瞬、
「……ッ!?」
 ずぷり、と。
 ただ持ち上げられただけの剣など――何をする意志も持たぬままのそれなど、まるでないものであるかのように突き抜けて。

 真紅の刃は真っ直ぐに、彼女の胸を貫いた。



 あげる。
 君に僕の本当を。
 迷いも嘆きも、笑みも――想いも。
 全部、全部君にあげる。

 全部――全部。君がつれていってくれ。

 そうして僕は空っぽになろう。
 踊るばかりの道化になろう。

 ――ほら。心がそうして空洞になる……


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