乱戦など、とっくの昔に立ち消えていた。
今響き渡るのは、他に比類するものもない強大な力がふたつ、ぶつかり合い、鬩ぎ合い、凌ぎ合う轟音。
そして、
「あはは、はは、は――あははははははははははっ!!」
哄笑。
そして、
「うおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉっ!!」
咆哮。
そして、
――狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え
雑音。
煩い。
押し返しきれぬ力で切り裂かれる皮膚よりも、飛び散る鮮血よりも、止まぬ哄笑と己が咆哮よりも、その雑音が煩い。
できることなら叫びたい。
黙れと。
俺は戦いたくなんかないんだから、これ以上、喚くなと。
「やめろ……やめてくれ、イスラ!!」
「やめる? どうして? これは戦いだよ、どちらかが倒れるまでは終わりなんてこない、戦いなんだ!」
揮う力の合間に叫んでも、それ以上の力によって打ち消される。
「俺は……!」
「戦いたくない? なら戦わなければいい、そのまま力を抜けばいい。そうしないのは何故だい? その腕は何故動く? その剣は何故力を揮ってる? 君がそうしようとしてるからだ!」
ことばの先を奪われて、鋭い声で突きつけられる現実。
「それでも……」
後ろに立つひとたちのことが、頭をよぎる。
自分が死ねば、次にこの紅い力が襲いかかるのは彼らだ。自分と違って、対抗する手段を持たないひとたちだ。
なら。
他に、どうしようがあるというのだ。
他にどうすれば、彼らを守れるというのだ。
戦うしかないじゃないか。
そうするしかないじゃないか。
だけど、俺は、戦いたくなんか、ない。
――壊してやればいい
誰も。
代わりなどいない。
立ち向かえる者は、他にいない。
なら戦うしかない。
けど。
戦いたくなんか、
――殺して、黙らせてやればいい
な
――そうすれば、戦いは終わる
い
――さあ、
足元が揺れた。
……絶望を止めてくれ……!
誰かが悲鳴をあげてる。誰。何。
……これ以上、
泣いてる。哭いてる。――ないてる。誰が。何が。
――狂え、
地響き。いかずち。猛る意志。震える島。
……彼の心が、壊れれば
哭いてる。泣いてる、ないて――
――我等と
これは、――ダレ ノ コエ
……狂った核識が、島を、
ん
――
……
「だ――――――――!!」
暗く霞みかけた視界のなかに、赤い髪が飛び込んできた。
そして、こめかみに鈍い衝撃。
「あ」
まだ、痛みを感じれた。
まだ、その人の声が聞こえた。
何よりもその事実に安堵を覚え、レックスは、ぐらりと身体を傾がせた。
いつの間にそれが復帰したのか、なんでこんな唐突にそうなるのか。
自問に解は一切出ず、ただ判ったのは、これが正真正銘、間違いなく、あの道を伝ってきた白い焔だということだった。
「プニム!」
紅と碧の奔流に、その場すべての人間が気をとられているさなか、は青い相棒に指示を出す。
「ウィゼルさんの顔面に張り付きゴー! 絶対はがれるなっ!」
「ぷいっぷー!」
合点承知!
飛び上がったプニムは、なにやら魅入られたように奔流を、いや、その源である魔剣を凝視していたウィゼルの顔面に、指示どおりべったり張り付いた。
「む」
斬り捨てにかかるかと思われたウィゼルは、だが、微動だにどころか驚いた様子もなく、プニムに張り付かれた。
見届ける間も惜しみ、走り出した少女の背中。
「動かなければいいのだろう」
そうつぶやいて僅かにプニムの身体をずらし、その隙間から隻眼を覗かせたウィゼルが見送っていたことを、走る当人だけが知らない。
「ぷ?」
「――面白い」
大きな手が己にかけられたとき、プニムは、しがみつく力を強めた。引っぺがされると思ったからだ。
だけどウィゼルはそうはせず、自分の視界を確保しただけ。
あまつさえ、本当に楽しそうに、彼はつぶやいたのだ。
「面白いものを持っているな」
「ぷ……?」
プニムの浮かべる疑問符、それに応じるでもなく、ウィゼルは淡々と少女を――その手に盛る白い焔を見送っていた。
「だが、あれではそれこそ十のうち一も出せてはいまい。……あの武器では足りん、器にはなりえんだろうな」
奇声とともに突っ込んできた少女は、あろうことか、現在唯一守りの要ともいえる碧の賢帝の継承者のこめかみに飛び蹴りをくらわせ、斜め後ろへ大きく吹っ飛ばした。
「……」
あまりといえばあまりの奇態に、イスラは笑い声をあげるのも忘れて眼を丸くする。
いや。
彼女が結構ムチャクチャな性格してるかもしれないとは思っていたけど、まさかここまで素っ頓狂だとは思わなかった。
結果として、碧と紅の奔流はぶつかり合いを止める。
「レ、レックス……!」
呆然としていた有象無象のなかから駆け出して、未だ白く変貌したままの弟を抱き上げるアティ。こめかみを押さえ、力ないながらも笑みを返すレックス。
そしてその前に。
碧と紅の間に。
立ちはだかるのは、
「……それは、なに?」
「見たままよ。理由訊いてもノーコメント!」
白い――白い、真白い、焔。
それは、陽炎のようにの周囲で踊ってる。
ゆらゆらと、ふわふわと、時折、ごうごうと。
いつの間にか立ち込めている暗雲の下、そこだけが、真白く燃えている。
彼女の手にする剣もまた、焔をまとって白く輝いている。
「――」
懐に入れたままの、いつか彼女から取り上げた剣。それが、僅かに熱を帯びたような――
つと服の上からそこを押さえるイスラを見、は僅かに首を傾げる。
傾げて、振り下ろした紅の暴君を、その白い剣で受け止めた。
僅かに顔をしかめて受け流す彼女に、イスラはこれまでと同じように笑ってみせる。
「君が、僕の相手をするつもりかい?」
「そうよ」
「無茶です、さん!」
が大きく頷いた途端、有象無象がざわついた。
そのなかから叫ぶのは、先ほどオルドレイクに奇襲をかけた召喚師。たしかヤードとか云ったっけ。
その男を、剣戟のさなかちらりと振り返ったは、にっこりと笑ってた。
「魔剣同士がぶつかるより、島の被害は軽微だと思われます!」
「そういう問題じゃねえ!」
怒鳴る獣人の声を聞き、ああ、そういえば、と思い出す。
さっき、衝動のままに剣を振るってたとき、あのなかの誰かが叫んでいた。このままだと、島が破壊される、とかなんとか。
……そんなの、知ったことじゃない。そう思うようにしてるから、無視して力を揮ってたんだけれど。
「ふむ?」
ふと。
イスラの後方から、声がした。
それまで黙って戦いを見ていた、オルドレイクの声だ。――なにやら興味をそそられたような、どこか、楽しそうな。
「祖の魔剣とは違うようだな。……蝿かと思っていたが……」
「――――」
顔をしかめる。
けど、それ以上に自分の眉宇は寄せられてるだろう。
「名乗ることを許そう。名は? その力は何だ?」
背後を振り返らずにいるイスラからは、の返答がよく見えた。
剣を合わせながら、よく、そんな芸当ができるものだと思った。相手が彼女に変わってから、様子見のために紅の暴君を少し抑えているけれど、それを加味しても一撃の負担は大きいだろうに。
でも、それが彼女なのかな。
――あっかんべー。
途端、怒りに満ちたツェリーヌの声がする。
「無礼な! すみやかに答えなさい!」
重ねて、ククッ、と、笑い声。
「答える気はないということか」
判りきった問いかけは、そのとおり、返答を求めたものではないのだろう。その証拠に、オルドレイクは間を置かずに続きを口にしたのだから。
――口調一転、ひどく底冷えのする声で。
「同志イスラ。力はまだ揮えるか」
躊躇は、悟られたろうか。
振り返らぬまま頷くイスラに、命がひとつ、くだされる。
「“それ”を捕えよ。生きていれば構わん」
「……」、
もうこれ以上、何を恨むこともないかと思ったのに。
許されるなら、恨み言を、彼女に向けて叫びたくなってしまった。
「仰せのままに」
白い陽炎をまとい、白い剣を構える彼女に。――に。
どうして、君は、ここに来たのと。
そして。――ああ、もう、けれど。
迷いなど、抱いていられはしないのだ。