最初の戦闘と違い、距離があらかじめ詰められていた分、乱戦になるのは早かった。
そこかしこで響く剣戟、銃撃、そして召喚術。
初戦で抉られた地面が、さらに踏み荒らされる。痛々しいほどに露出する赤茶けた土は蹴り上げられ、青々と生えていた下草たちの色も、もはや見る影さえない。
もしも彼らが声を出せれば、もうやめてくれと叫んだだろうか。泣いただろうか。
いや、事実、今すでにそうしているのかもしれない。
けれど、踏み荒らす人間たちに、彼らの声を聞く者はいないというだけで。
声に出さず。
ただ静かに。
……泣いて。いるのだろうか。
先刻まで対峙していたヘイゼルよりも遥かに腕の劣る派閥兵を打ち倒しながら、ふと、そんなことをは思った。
その傍らに、淡い色の髪が翻る。アルディラだ。
「交わせし誓約において、同胞よ、我がもとへ――!」
詠唱に集中する彼女を守るように、クノンが、迫ってきた兵士を払いのける。
戦いが始まるのとほぼ同時、ようやっと駆けつけてきてくれた彼女たち。そして、島中を駆け抜ける羽目になってしまったスバル。
これで、こちらの戦力も、すべて揃ったことになる。
もっとも、それで消耗分を補えるかというと、世の中そううまくいくはずもないのが、事実といえば事実。
暗殺者集団はヘイゼルが退いたことで出てきてないとはいえ、派閥兵たちの我が身省みずっぷりは相変わらずだ。
しかもさっき出てきてたのより、今の彼らは明らかに腕が上。
たとえば、前の相手をそう労せずいなしてたスカーレルが、今度の相手には苦い顔してあたってるのが、ある意味その証明か。
「なかなか――手強いでありますな……!」
向かってくる敵の足止めを云われ、銃を掃射していたヴァルゼルドが、熱くなりすぎた銃身を僅か持ち上げてごちた。
「執念深いっていうんだよ、こういうのはッ!」
苛立たしげにヤッファが応じる。
素直なヴァルゼルドは「了解。記憶いたします」と、なんかいつかのクノンと似たようなことを云って、メモリに書き込んだようだ。
少し離れた場所では、カイルが半ばヤケっぱちに見えなくもない拳をくりだしていた。……額に青筋が見える。
ま、それも無理はない。
ただでさえしつっこい連中と、こう何度も連戦してれば、いい加減嫌にもなろうってもんだ。
まして、今回は――
つと視線を動かした先には、戦場の少し外側から、まだ動くときでもないのだと云いたげに、こちらを見ているふたつの人影。
イスラと……ウィゼル。
彼らが出てきたときが、おそらく今回の戦いにおける本番になるだろう。
大幹部であるオルドレイクに信をおかれているイスラと、サムライの技を使うウィゼルと。
ならば、それまでに、この余計な有象無象どもを、ひとりでも多く無力化しておかなければ――
「と!? ウィルくん前に出すぎッ!!」
視界をよぎった濃緑の小さな人影を見咎めて、思わずは叫んでいた。
が、それは杞憂。
すかさずフォローに出たアティが、好機とばかりに振り下ろされた派閥兵の剣を受け止め、逆に押し返す。
同じ場所へ向かおうとしたんだろう、少し離れてたはずのレックスが、の傍らで数歩たたらを踏んで急停止。
「はは」
「あははー」
ちょっとだけ緊張を解いて、笑いあい。その頬に走る赤い傷に気づいて、笑みをとめた。
そんな仕草と視線の意味を、すぐにレックスは察したらしい。剣を持ってないほうの手を持ち上げて、自分の頬に触れる。まだ生乾きだったらしい血が、それで彼の指先にちょっとだけついた。
おろしたそれを見るレックスは、無表情。でもそれはほんの一瞬で、彼はすぐを見て、苦笑を浮かべた。
「だいじょうぶ」
たしかに、傷自体はそう深いものでもなさそうだ。あと数分もすれば、かさぶたがそこを覆うだろう。
にしても、その程度の傷で騒ぐほどのものは感じないのだが、何故か。
「ほんとに?」
と、降ってきた矢を払いつつ、問い返していた。
思いもかけないそれに、レックスが少し目を丸くする。
「あ――ああ。だいじょうぶだよ?」
ちょっと息は荒いけど、そのことばはウソではないはずだ。それは判る。
けど、なんでだろう。
指についた血を見てた、レックスの無表情。
あれを目にした直後から、なんか胸のなかがもやもやした感じだ。
うまくことばにならないけど、それをとっとと解消せねば、と、そんな奇妙な焦燥に襲われる。
襲われる、けれど。
「――――!」
視界の端。
これまで一度たりとて姿を見せなかった、他とは一線を隔す刃の輝きに、それ以上の焦りを覚えて、は、レックスから無理矢理視線を引き剥がした。
刃の主はウィゼル・カリバーン。
の記憶と予想、そしてキュウマのことばが正しければ、神業とも云えるサムライの剣術を使う人物。
腰を落とし、僅か浮かせた鞘から覗く刃を輝かせるその構えは、まさに居合の一歩手前。
……この混戦状態を、狙っていたのか。
そして、入り乱れる敵も味方も関係なく、その一撃で斬り伏せようというのか。
鋭い眼光は、その予想を裏付けてなお余りあるほど。
キュウマは――目で探しかけて、いや、と留まる。
こんな乱戦のなか、いくら手練といえどもひとり抜け、不意打ちをしかけるなんて、シオンでさえ可能かどうか。
それを頭で悟るより先に、はレックスの脇をすり抜け、走り出していた。
輝きを目にしてから行動に移るまで、一秒、果たしてあったかどうか。
本来ならば、その程度の時間でウィゼルは行動に移れたはずだ。だが、幸い、それはなかった。
構えをつけ、機を見定めていたのか。それとも、何かの弾みで機を逃したか。
判らないが、少なくとも、が肉迫するそのときまでウィゼルの刃は姿を現すこともなく――
「ぬっ!?」
――ガキィィ!
立ち止まりもせずに横へと薙いだの剣を防ぐ段になって、ようやく、それは白日のもとに姿を見せる。
手に走る痺れ、耳に響く金属音の残響。
予想したより遥かに重い後遺症に内心舌を打ち、はウィゼルと対峙する。
少し離れた場所に佇んでいたイスラが、驚いた顔でこちらを見ていた。
「」
呼びかけの意はあるのかどうか、そんなつぶやきは右から左。
こちらから仕掛ける形になったのは予想外だったけれど、こうなってしまった以上、はウィゼルから気を逸らすわけにいかなかった。
さっきは、えーとヘイゼルさんで今度はウィゼルさんか、あたし、いったい何の業でこんなことばっかり……!
心中で盛大に嘆くを、ウィゼルは軽く見返す。かと思うと、目だけ動かしてイスラを見やった。
「いつまで見ているつもりだ、行け。――この娘は、俺との戦いが望みらしい」
たとえばそれは、実力も顧みず突っ込んでくる未熟者をからかうような、そんな声。
ことばのとおりを相手取ることにしたウィゼルを、イスラが複雑な表情で見やった。
が、そも彼がオルドレイクに申し出て始めたも同然のこの二回戦。たしかに、いつまでも眺めているわけにもいくまい。腰に佩いた剣を抜いたイスラは、僅かに気がかりそうな目でを見ると、未だ続く乱戦へと踏み入っていく。
歩きながら唱えた呪でもって喚び出した召喚獣は、参戦の合図――
……がそちらを見ていれたのは、そこまでが限界だった。
「余所見などしている場合か?」
重厚な響きを持つ声に、ばっ、と視線を戻す。と、ウィゼルはいまだ帯刀したまま、特に感慨もなさそうにを見下ろしている。
ただ向かい合っているだけでも伝わる威圧感は、とてもいなせるものじゃない。
ルヴァイドが、もう少しだけ年月を重ねたら、こんな感じになるのだろうか?
一度も顔を合わせたことのない彼の父は、こんな感じだったんだろうか?
在りし日の獅子将軍なら、こんな――
「……」
ひしひし、背筋が泡立っていく。
それは恐怖か、それとも高揚か。
口の端が持ち上がるのは、けして、の意図によるところではないのだけれど。
「……莫迦、とは一概に云えんな」
あそこから、気づいたのなら。
ちらりと背後の混戦を見て、ウィゼルは云った。
「最初から気にかけていたか? 誰かから聞いたか? そうだとしても、居合の構えを実際に知る者は、リィンバウムには、そういない」
構えを見た者は、ほぼ例外なく殺されているからだろうか。そんな自信、いや、事実の見え隠れする台詞だった。
「向かってくるならば、シルターン縁の者かと思っていたがな」
だって、そのつもりだった。
自分に任せてほしい、とキュウマが云った以上、出来るならこんなでしゃばったことはしたくなかった。
けど、でしゃばらないと、確実に何人かが一網打尽にされてた。それは事実。
……一生のうちで二回も、こんな強い人と一対一になるなんて思いもしなかったんだけど。
もちろん、一回目はルヴァイドだ。
あの日はまだ手心もあったかもしれない彼に対し、ウィゼルはに対してなんら遠慮するところはない。その意味では、この二回目こそが真実、強敵と相対する一度目になるのかもしれない。
そんなふうに硬くなりかけた身体を、
「ぷ」
いつの間にか足元にやってきた小さな子が、一声鳴いてほぐしてくれた。
「プニム?」
ぱっと視線を落とせば、加勢とばかりに仁王立ち(というか鎮座してるようにしか見えんのだが)してるプニムの姿。
「え。いや。危ないよ?」
「ぷ、ぷー!」
「俺は構わんぞ」
「ぷ!」
あわててほいやろうとしたの手を、プニムはいやいやと振り払う。それに被せてウィゼルのことば。
敵さんにフォローしてもらうのも正直いかがかと思わなくもないが、プニムはそれで胸を張り、はがくりと項垂れる。
が、まあ、せっかくの心遣いでもあることだし、と気を取り直して前を見た。
ぐ、と腰を落として体勢を整える。
それを待ってくれていたかのように、ウィゼルもまた、片手に下げていた刀を持ち上げた。
「では、始めるか。……精々、保険が保険のままでいるようにすることだ」
暗に告げるそれは、おまえたちが自分を抑えてみせろと。
保険がその効力を発揮する前、背後の混戦が終わるまで、ここに留まらせてみせろと。
そんなウィゼルのことばに、ようやく、
「――、もちろん……!」
己もまた似たようなものであると感じ、は、自分の意志で、彼へ笑みを向けた。