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【ほんの少しの静かな日々】

- 守りたい -



 そうしてアルディラのいる中央管理施設を辞して、向かったのはヴァルゼルドのところ。
 先日の戦闘が初っ端からハードだったため、現在メンテナンス中。
 何しろ、ここの施設は本来機械兵士用のものじゃないのだから、アルディラたちも何かと慎重にならざるを得ないんだとか。
「とはいえ、ある程度の破損ならば自己修復できますし、どちらかというと急稼動した後の様子見だと思う次第であります」
 とは、今目の前にいるヴァルゼルドの弁だ。
「えーと……要するに?」
「病み上がりの人が急に運動したあと、どこかおかしくなってないか入念に点検されてるって感じかな」
 とは、横にいるナップと――レックスのやりとりだ。
 ヴァルゼルドのいる点検施設にがやってきたとき、このふたりが先客でおいでましていたのであった。
 そのレックス。
 あの戦いの後こそ、二日ほど昏々と眠りつづけてたのだが、三日目の朝には普段と変わりない調子で目を覚ましていた。そのあまりにもなんでもなさそうな第一声「おはよう」を聞いた枕元の面々は、手に持っていたクッションとかタオルとかを、一斉に彼に投げつけたんだとか。
 とりあえず体調におかしなところはないというし、それから更に数日経過した今でも、特に変調が見られるわけでもない。
 ただ、ひとつ問題があった。
 ――碧の賢帝のことだ。
 なんでもレックスによれば、嵐の日以来二本に分かれていた剣が、とうとう一本に……本来の姿に立ち返ったらしい。あのとき無我夢中で力を引き寄せた結果だということなのだが、どちらにせよ、ふたつに分かれていたものがひとつに戻ったという事実に変わりはなさそうだ。
 アティのほうも、それまで自分の内側にあった“何か”が、あの日を境に消えてなくなってしまったとのこと。
 それをたちが目に出来るわけではないが、まさか抜剣して確かめてもらうわけにもいかないし……結果として助かりはしたけれど、あんな獣じみた叫びを、また、レックスもしくはアティの口から聞くのは相当心臓に悪いぞ。
 ともあれ、よほどのことがない限り抜剣はなし、との再確認だけはしておいたのだが……相手は無色の派閥だもんなあ。
 きゃぴーん(略)なイメージっていっても大幹部は大幹部だし、周りのひとたちも有数の実力者だろうし……ああ、先行き不安。
 まあ、だからこそ、こうして動ける者たちが時間をとっては、あちこちまわっているわけなのである。
 聞けばレックスたち、ここの前に風雷の郷にも寄ってきたとのこと。
「ミスミ様たち、どうしてました?」
「うん、スバルと一緒にお手玉してたよ。……今のところ、そうひどい不安は広がってないみたいだ」
「それはよいことであります。行き過ぎる不安は、冷静な判断を下す妨げになりかねません」
 ひとめのふため、みやかしよめご、いつやの……、どうやらミスミが披露してくれたらしいお手玉の素振りを真似してみせるレックスのことばに、ヴァルゼルドがこくこく頷く。
 うーむ、バグとか云ってたわりに、なかなか人心の機微に聡い人格である。
 妙なところで感心するの頭上で、プニムが一鳴き。
「ぷ? ぷっぷぷー」
 違った、数度鳴き。
 レックスの手の動きに触発されたのだろうか、飛び下りて、その手にぽーんと自らを乗せる。
「わわ!?」
 慌てるレックス、
「ぷ!」
 何かを訴えるプニム。
「あははっ」
 と、ナップが笑った。
「先生、プニムのやつ、お手玉してほしいんだってさ」
「ビビー」
「……いや、アールは落ちたら危ないって」
 同じく飛んでいこうとしたアールをがっしと捕まえるナップの姿に、思わず笑い出す他一同。
 とりあえず高く高く投げられたプニムの楽しそうな鳴き声が、それに重なって響き渡った。
 落ちてきたプニムが、ぽすっと軽い音をたてて、レックスの手のなかにおさまる。
 もう一度投げてやりながら、ふと、レックスがを振り返った。
「そうそう、。もうアルディラさんには逢ったんだよね?」
「え? はい、そうですけど」
 唐突な切り出しに首を傾げるの前、ナップが「ああ」と手を打った。
「今晩、日暮れの後かな。ちょっと危ないけど、みんなで集いの泉に集まって今後の戦い、話し合うんだってさ。その伝言」
「……戦いって」
 いいのか、と、思わずレックスを見上げる
 戦いを毛嫌いしている彼に、戦いの話し合いを持ちかけるというのは、いや、そりゃ今一番頼りになるのは魔剣持ちのレックスなんだろうけど。
 なんとも複雑な面持ちになってしまったを、とうのレックスは、笑みを浮かべて見下ろしていた。
「――ことばなんて届かない戦いなのに、って、云いたいんだよね?」
 キュウマさんにも云われたよ、と、微笑が苦笑にすりかわる。
「でも、やっぱり、俺は信じたいんだ」
 落ちてきたプニムをまた投げてやりながら、レックスは云った。
「かけたことばに対する答えが暴力だとしても――それは俺が受け止めるから、……みんなにも、信じてほしい」
 きっと最後には、ことばによって判り合えると。
 いつになく穏やかに語るレックスの姿に、とナップは、顔を見合わせて……小さく頷いてみせる。ヴァルゼルドが、がしょん、と、大きな音をたてて頷いていた。



「そうです!」
「え?」
「ど、どうしたんですか?」
 急に声をあげたアティを、ベルフラウとアリーゼは、驚いた顔で見上げていた。

 ユクレス村で、きっと外に出れないでしょげてるだろうパナシェの様子を見に行ったついで、食材をとりに行くんだと大暴れしてたオウキーニを宥めたその帰り道のことだった。
 あ、そうそう。
 もうひとつ、夜にこっそりみんなで集いの泉に集まって、今後の話し合いをする伝言も、ヤッファから受け取った。
 集落から離れられない護人たちだけれど、主にキュウマの鳥や、大人しく飛んでればまず目につかないマルルゥの尽力のおかげで、頻繁にではないけれど連絡はとれてるらしい。
 ただ、視界の開ける砂浜にある海賊船――つまり、今、アティたちの暮らすカイル一家の船に鳥やらマルルゥやら飛ばした場合、見張りがいるとしてその目隠しをしてくれる木々がない、とのことで、こちらだけは除外してもらっている。
 それに、彼らの目的は魔剣と門だ。
 下手に突付かなければ、きっと、目的である自分たち以外には……そう思いたい、と。
 そこまで考えて、アティは、ううん、とそれを否定した。
 目的は、自分たちじゃない。レックスだ。
 あのとき、きっと本当の意味で魔剣の継承者になってしまった弟。
 そこまで考えて、アティの思考は少し、逸れる。
「……」
 “おかあさん”――に向けて叫んでた、レックスを思い出すのだ。
 ゆめならいいって思ってた。
 よく似てる、本当に似すぎてるが、……本当に“おかあさん”なんて。ゆめでよかったのに。
 終わりなんて、きてほしくなかったのに。
 そのことを考え出すと、どんどん気持ちが重くなる。
 ここ数日、まともにの顔を見る、ただそれだけのことにとても苦労しているのだ。
 どう接すればいいのか判らない。
 レックスみたいに、おかあさんだってことを云わず、普通にって呼べばいいって判るのに、口が勝手に“おかあさん”と紡ぎそうになる。
 ゆめが、現実でここにある。
 優しいゆめの、つづきが見れる。
 ともすれば、それに身も心も委ね、幼いあの頃に立ち返ってしまいそう。

 時折の垣間見せた表情や微笑みが、そんな気持ちを増幅させる。
 やさしくて。
 あたたかくて。
 しょうがないなあ、って、笑ってくれる――包んでくれる、そんな表情。

 おかあさんだったらいいな。
 おかあさんだったんだね。

 ゆめが本当になるなんて、ないと思ってた。
 だけど、本当になってしまった。

 どうしたらいいのか、判らない。
 ゆめはゆめ、だから、しあわせ。

 ゆめだから――受け入れること、出来ていたのに。

 そして、思い出すのだ。
 同じ碧の輝きに手を伸ばした、あの瞬間。輝きはひとつ、手にしようとしていた意志は……みっつだったことを。
 レックス。
 アティ。
 ……
 同じ波長、同じ輝き、同じカタチ……?
 それは違うんじゃないかな、と、アティは考える。だって、自分たちはみたいに在れない。
 彼女のように、ためらいなく、剣をとって戦いに踏み出すことは出来ない。
 自分たちと、は、……違う。

 そう、

「そうです!」

「え?」
「ど、どうしたんですか?」

 強く確信したアティは、つい、声を外に出してしまっていたらしい。
 驚いた顔で見上げてくるベルフラウとアリーゼの視線に気づき、アティは、はたっと我に返った。
 ぐるぐる渦巻いていた思考がいつから始まったのかは知らないが、随分と長い間考え込んでしまったようだ。気づけば、もうすぐ船が見えようというところまで、彼女たちは歩いてきていた。
 ……たしか、最後の記憶はユクレス村を出てきたところでしたよね。
 ひとりで延々と考えるアティを、ベルフラウとアリーゼは親切にも、生ぬるく見守っていてくれたらしい。無色の派閥が島を訪れたことにより、心労も大きかろうという彼女たちなりの配慮ではあったのだが。
「あ、あはははは……」
 どうにかごまかそうとして、ごまかしきれぬ乾いた笑いを浮かべるアティを一瞥したベルフラウ、
「……」、わざとらしいため息ひとつついて、「何か名案でも浮かんだんですの?」
 と、それとなく話題をアティ先生の奇行から、対無色の派閥案へと移してくれた。
 ありがたくそれに便乗することにして、アティは「そうですねー」とあいまいに首をかしげる。
「無色の派閥が油断ならない相手……ってことは、ヤッファさんのお話でもよく判りましたけど……」
 彼曰く、無色の派閥に属しているあの暗殺者集団は、メイトルパでいうならオルフル族の狩りに近いとか――そのへんはよく判らないが、噛み砕いて云えば、一度目標を定めたあとの動きは個人の判断、連携はあのとき何度も耳にした奇声で合図をとっているのだとか。
 ゆえに、相当訓練された一団だと思って間違いないのだろう。
「それなら、あのマフラーのひとを押さえればいい、って、ヤッファさん云ってませんでした?」
 ツインテール揺らし、アリーゼが首を傾げる。
「ええ、そういうお話でしたね」
「でしたら、これに関しては良い案が出たというわけではありませんのね」
 軽く肩をすくめて、ベルフラウ。
「うーん、でも、どうやって押さえるかが、まだ解決できてませんよ」
「先生は何か浮かんだんですか?」
 指摘した問題点の答えを期待するアリーゼには申し訳ないが、アティとて特に何かを考えていたわけじゃない。
 そもそも、さっきまでの沈黙は、むしろ自分と弟に関することで十割方きっちり埋まっていたのであって……ああ、いけない。わたしは先生なんだから、ちゃんとこの子たちのことを考えなくちゃいけないのに。
 丸っこい目を心なし大きくして見つめてくるアリーゼ、気のない素振りで、でも視線は真っ直ぐアティに向けてるベルフラウ。
 ――そう。
「そう、なんですよね」
 ぽつり、つぶやいてアティは云った。
「わたし……なんとしてでも、みんなのこと守ります。がんばりますから……がんばりましょうね」
 うん、とつくった握りこぶしを見る少女ふたりの表情が、なんとも複雑なものになる。
「先生――」
「と、まあこんなふうに」、
 心なし険を覗かせたベルフラウのことばを遮る形になって、アティは一旦口を閉ざした。
 先にどうぞと首を傾げてみせるが、彼女は小さくかぶりを振っている。
 アリーゼはと見ると、彼女もまたアティのことばを待って、じぃっとこちらを見上げていた。
 それに応えるような形で、アティはにこりと笑ってみせた。
「こんなふうに――気合いを、ちょっと入れてみてたところだったんです」
 そう。
 自分たちは、決めたじゃないか。
 この島を、皆を、自分たちで守るんだって――力による戦いじゃなくて、ことばでもって意志を伝えようって。
 ……そう。
 守ると、決めたのだから。
 が、おかあさんでもそうでなくても、守るのだ。
 それで――いいじゃないか。
「ごめんなさい、心配かけて。わたし、がんばりますからねっ!」
 告げて、考えているうちに、思考はどんどんまとまってきた。
 僅かに高揚する心のまま、拳を握りしめてそう云うと、ベルフラウとアリーゼは、顔を見合わせてちょっと間を置き、
「……私たち、じゃないんですか?」
「相手は同じ人間ですもの、たしかに問答無用の強力でしたけれど、私たちだって努力しますわ」
 む、と、独走を咎めるような表情をアティに向けて、そう告げた。
 もっともアティにしてみれば、その責めるような視線よりも、一緒に、と云ってもらったも同然のふたりの台詞のほうが嬉しくて。
「そ……そうですねっ。みんなでがんばりましょう!」
 やっぱり、またしても拳を握りしめる結果になったわけなのだが。


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