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【途絶えぬ誓い】

- 頬濡らすもの -



 彼らの気配が消えたのを見届けて、は、岩に座ったままのプニムへ目を移す。
「もう少しかかるよ。寝とく?」
「ぷ」
 云うと素直にプニムは頷いて、すぐさま鼻ちょうちん。
 その早業に苦笑して、――は首を傾げた。
 アズリアが、何か云いたそうに、こちらをじっと見ていたからだ。
 どうぞ、と、目と仕草で促すと、彼女は小さく頷いた。微妙に歪んだ口元は、もしかして、笑みをつくろうとしたのだろうか。
「……不思議だな」
「はい?」
 気を抜けば聞き逃してしまいそうな小さな声に、は思わず聞き返す。
「こうして、部下たちを弔って……怒りのひとつもわくのが当然なんだろうに」、少しの間を置いて、アズリアはつづけた。「何も――浮かばないんだ。怒りも、哀しみも……」
「……」
 そんなひとを、知っている。
 覇気をなくしていたあのひとの背中を、知っている。
 だから、は黙って頷いた。
 はは、と、自嘲気味な笑いを零して、アズリアは云う。
「……如何なるものにも心動かさず冷静に戦うのが軍人なら……私は、芯からそうなってしまったのだろうな」
 おまえならば判るか?
 視線に乗せられた問いに、かぶりを振る。
「“元”ですけど」
 軍人だった経験から、云わせてもらいますね。

「軍人も――“ひと”です。今アズリアさんの云ったようなのは、もう、ひとじゃない。そんなのは、ただの人形です」

 そう。
 たとえばあの、遠い明日。
 深い闇に喰らわれて、文字通り、戦うだけの存在となった黒の旅団の彼らのような。
「……それに」、
 指摘しようかどうか迷ったけれど、思考の末、はそれを口にした。

「アズリアさん――泣いてますから」

「え……?」

 きょとん、と、アズリアの目が丸くなる。思いもつかないことばに虚を突かれた彼女は、のろのろと腕を持ち上げ、まだ汚れの残る指で己の頬に触れた。
 そこに伝う雫に触れ、それでも、信じられない顔で、水滴の乗った指をまじまじと眺め、
「……あ……」
 ひとつつぶやいてようやっと、瞳の焦点を涙に当てて、
「あ……っ、……あぁ――」
 喉をひくつかせ、ひとつ、又ひとつと嗚咽を零し、
「う、あぁ、ああぁぁ……っ!」
 ……やっと。
 こみ上げる衝動に気がついてくれた――


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