赤い、赤い世界があった。
幼い子供がふたり、そこにいた。
沢山、沢山の屍があった。
幼い子供はふたり、そのなかに立っていた。
……そこから救い上げてくれた手があった。
“おかあさん”
赤い、赤い世界があった。
翻る、赤い髪の少女がいた。
泣いていた、翠の瞳があった。
“おかあさん”
止まっていた時間。
失われた日常を繰り返した、あのゆめのなか。
戸惑って、それでも差し伸べてくれた手があった。
“おかあさん”
動き出した時間。
取り戻した心と同時に終わった、優しいゆめ。
不意に離され、追いかけることさえ出来なかった手のひら。
ずっと、ずっと。
ずっと――ずっと。
ゆめではなく、そこにいる、そのひとを探していた。
「……おかあさん……」
優しいゆめを、探してた。
碧の賢帝の力を、引き出しすぎた結果。――戦いが終わると同時に倒れ、昏々と眠りつづけるレックスの症状は、そう判断された。
心配して離れようとしない生徒たちとともに船に運び、こうしてベッドに横たえた今では、僅かに上下しつづける胸だけが、彼の生きている証のように思える。
「……おかあさん……」
そうして聞こえた小さな声に、アティは、俯かせていた顔を持ち上げた。
ベッドの周囲、各々の椅子に腰かけてレックスの様子を見守っていた子供たちは、とうの昔に疲労と睡魔に敗北して、こちらも健やかな寝息をたてている。
あんな惨状を見て、それでもそうしてくれることが、救いだった。悪ければ眠れもしないほどの光景だったのだから。
そう。
たとえば、かつての自分たちのように心を閉ざしてしまってもおかしくないほどの。
「……」
遠い、赤い空。
遠い、赤い大地。
今も記憶に新しいその場所に、今日の光景が重なっている。
あらゆるものを染め上げる赤、それは沈む夕陽の断末魔であり、断たれた命の嘆きであり――
そして、そこから救い上げてくれたひとの記憶。
「……“おかあさん”」
名前も知らないそのひとのことを、ずっと、そう呼んできた。
ゆめの話は、楽しかった。
だって、ゆめだから。
だって、ゆめは永遠だから。
それは、とても優しくあたたかい、記憶だから。
不意に途絶えたそれは、だけど、あたたかく抱いてくれた腕やかけてくれた声まで消していってしまったわけじゃない。
だから楽しかった。ゆめの話は。
そこに思いを馳せれば、ありえない“もし”を発展させれば、とてもあたたかな気持ちになれた。
……ゆめは、ゆめで、よかったのだ。
でも。
「レックスは――そうじゃ、ないのね」
たゆたうゆめを、その手に再びとりたいと。
……今もまだ、遠いゆめを、求めてる。
赤い空。
赤い大地。
荒れ狂っていた力の奔流、意識も意志も押し流さんとした、あの光と音の渦のなかで、
「――おかあさん」
そう、叫んだレックスの声を、アティはその耳で聞いていた。
「……ゆめじゃ、ないんですね」
ほんとうに、ほんとうに。
おかあさんは、ここにいて。
レックスは、それを知っていて。
ああ、だけど。
そうであればいいなと願うことと、そうであることを思い知るのは違うのだ。
「――ゆめで、よかったのに」
それを告げた弟の叫びは、アティの胸で木霊しつづける。