迸る閃光。
色は紫。
出所は二ヶ所。
前方のオルドレイクと、斜め後ろのイスラ。
背中には凶器を突きつけられたまま。
放たれる力の向かう先は、軍人たるを宣言したアズリアひとり。
それだけを確認するために、要した時間は、一秒あったかどうか。そこから背後にある凶器の存在を頭から消し去るまでの時間は、きっと、もっと短かった。
「どいつも、こいつも……ッ!!」
二度も背後からの追撃を考慮に入れず走り出されるとは思わなかったのだろうか、地を蹴った足に、ついてくる音はなかった。
眼光の鋭さを衰えさせることなく、迫る暴虐に臆することなく、ただ眼前の敵へと一撃を繰り出そうとするそのひとに伸ばした手。それにかぶさる、目もくらませんばかりの光。
そのひとが、こちらを見て、目を見開いた。
「死ぬ覚悟なんてする暇があるなら」、
血と泥にまみれた将校服に触れた感触、それを得た瞬間、渾身の力を腕に込めた。
「生きるために、あがきなさいよ……ッ!!」
身体の勢いは殺さない。
伸ばしていた腕がそのひとの身体を壁にして止まり、肘が曲がり、体当たりになった瞬間、また、腕を伸ばしきった――そのひとを、突き飛ばした。
迫る紫。
迫る暴力。
目標ととらえていた女性はすでにその範囲になく、代わりに、そこへ転がり込んできた少女がそれを受ける形になる。
『――――――――!!!!!』
誰かが叫んだ。単体か、複数か。
けれど五感はすべて、この身を叩き潰そうと向かい来る魔力に集中していた。
――ザッ、と、
いつか感じた。
いつか見ていた。
こんなものより、ずっと、ずっと強い魔力を、あの日自分は目の前にしていた。
――ザザッ、と、ノイズ。
屍人の伏した、死の街で。
人間なぞ本来なら及びもつかぬ、悪魔の生んだ魔力塊を。
――ザザアァァァァァッ!!
身代わりに、力を全部受け止め――
結果は、完全なる消滅。
そうだ。
そうして、リィンバウムにも他の4つの世界の輪廻にも還れなくなった魂は。
――ごめん ね
ずっと……ずっとずっと、泣いていた。
きっと……きっと。同じ轍は、踏むものか。
だから。
「ああ」、
つぶやく。
――喚べ
「いいよ、喚んでやる」
宣言する。
深く、深く、深くから。
あのひとのくれた道を伝い、横入りしてくる無粋な声。
だけどそれは力だ。
嫌悪と憎悪と悪意と敵意。ありとあらゆる負の感情。いつか感じた絡みつく糸。
その力を受け取れば、それまでも受け継ぐことになる。
魔剣の継承者とは、そういう存在。
――我が意志 我が力 我が呪縛
それでも、それは力だ。
の手にもたらされる、力。
その力を握るのは、握る手の主は、他の誰でもない。力に宿る意志などではない。
――……我が狂気……!
そう、礎がたとえ何であっても、
「それを使うのは、あたしだ――――!!」
「だめだ、かあさん―――――!!!」
初めて、それを欲しいと願った。
初めて、力を欲しいと願った。
圧するための、弾き返すための、力に対抗するための力を、そのとき初めて欲しいと願った。
揺るぎない力。
あのひとたちを壊そうとする奴らを退けるための力を――
――喚べ
歓喜に満ちた声がする。
迷うことなく、手を伸ばした。
そこに、もうふたつの手。
それが誰のものなのか、確認しなくても判った。
ひとつは自分の姉だ。
同じひとをまもろうと、同じ願いを抱いて伸ばされる手。
だけど、それはさせられない。
ふたつに分かたれた剣では、あの力は止められない。
それ以上に、まだこの深くたゆたう闇に、きっと気づいてはいないだろうから。
そして、もうひとつはあのひとだ。
どうしてなのか判らないけど、同じものをつかもうとしてる手。
やはり、それはさせられない。
この闇を。受け継げというのなら。
それはひとりで充分だろう――!
「うおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉ―――――!!」
自分以外の手を弾き飛ばし、そして、己はなお、それを掴むべく手を伸ばす。
「レックス――――!?」
どこか、遠い場所で、――姉が、叫んだ。
引き止めるその声をも振り切って、彼は、指先がそれに触れるのを感じた。
――継承せよ
響く声。
姉の声をかき消して、狂喜に満ちた声がする。
――我が意志 我が力 我が呪縛
知らない。
そんなのは知らない。
俺はただ、あのひとたちを守る力が欲しいだけ。
――ならば受け継げ 我が意志を
――ならば受け継げ 我が力を
――ならば受け継げ 我が呪縛を
ただ、大切なひとたちを、守りたいだけだ……!
――ならば受け継げ 我が狂気を――!!