肉を貫く音がする。
血の噴出す音がする。
逃げ惑う悲鳴。
恐れ戦く絶叫。
命乞いの懇願。
断たれる生命。
ついえる生命。
奪われる生命。
消えてゆく、生命、生命、生命――――!
赤い空の下。
赤い大地の上。
……奪われた、もの――
「い……いやああぁぁぁぁぁぁッ!!!」
甲高い悲鳴が、漂白されきった一行の思考を貫いた。
「アリーゼ……ッ!!」
「いや、いや、や、やああぁぁぁぁ!!」
「ベルフラウ!!」
目の前の光景を理解すると同時、恐慌にかられて泣き喚く少女ふたりを、レックスはあわてて抱え込んだ。
「ナップくん、ウィルくん……!」
「うっ、げ……っ」
「あ、あぁぁ……っ」
胃の腑からこみあげるものに耐え切れず吐き出しているナップ、これ以上ないほどに蒼ざめたウィルには、アティの声も届いているのかいないのか。
これまでの戦いを切り抜けてきたはずの護人たちにまで声を失わせるほど、世界は、赤く染め上げられていく。
赤く。
ヤッファが、気を失ったマルルゥをつかまえて、自分の鬣に突っ込んだ。
赤く。
目を閉じることも忘れてしまったスバルを、ミスミが抱え込む。
赤く。
赤く、赤く、ただただ、世界は赤く――――
「ぷ―――――!!!!」
それを貫いた。
二度目の声は、と一緒に行ったはずの、青い生き物の鳴き声だった。
「プニム!?」
「おまえ……はっ!?」
たった一匹、戦場に走りこんできた小さな生き物の姿を見て、レックスたちにまた動揺が走る。
まさか、でさえ手におえないような相手が、遺跡を狙って来たのかと。
「……!」
だからその瞬間、誰もイスラに注意を払わなかった。
「どうした?」
「――別に」
一瞬身を強張らせたイスラに、怪訝な声で問いかけるビジュとのやりとりも、本人たち以外の知るところではなかった。
そんな周囲の思惑など知ったこっちゃないとばかり、プニムは、一直線に戦場を突っ切り、目標に向かってひた走る。
「え……ッ!?」
茫洋と立っていたヤードが、その目標だった。
「うわ、……っ、と、ま、待ってください、何を……!?」
あわてる彼に飛びつくと、プニムはそのまま懐に潜り込む。ほとんど間を置かずして目的のものを見つけたらしく、それを手にして飛び下りた。
「ぷ!」
「――それは」
「ぷ! ぷー! ぷぷぷー!!」
両の手に掲げられた、紫の召喚石。
それが何かなど、云うまでもない。
それは、ヤードがと誓約した証。
掲げられた召喚石。
切羽詰りきった、何かを、いや、ただそれだけを請うプニムの眼差し。
「召喚しろ、と?」
「ぷ!!」
何故、とも。
問う暇があるとは思えなかった。
ひとつ頷き、ヤードは、プニムから召喚石を受け取って目を閉じる。
無防備になる彼を守るように、プニムと、そして近場にいたスカーレルが、赤く染まる世界との間に場所を移動した。
そうしている間にも、ひとつ、またひとつ、命が失われていく。
耳朶を震わせる断末魔からどうにか意識を切り離し、ヤードは、己の口に呪を乗せた。
――それは喚ぶ声。
「古き英知の術によりて、今ここに、汝の力を求めん」
待ちかねた声が、どこからとなくに届いた。
本当に、どこをどうやって、この声は自分に届くのか。風に乗ってくるわけではない、意識に、心に、直接訴える、この喚ぶ声は。
「……ッ!!」
早く、早く。
ゆっくりと宙に生まれだす紫の光を、今日ほどじれったいと思ったことはなかった。
休みなく繰り出される剣戟を凌ぎながら、は、ただ、その瞬間を待ち焦がれる。
とうの昔に解けた赤い髪、幾筋も刻まれた切り傷、紫の光はそれらをゆっくりと覆っていく。
早く、早く。
「シャアァァッ!!」
「――――!」
焦りが隙を生む。
それを見逃す影ではない、それまでに増した勢いで繰り出された、必殺の一撃は、――だが。
――誓約に応えよ……!
標的に届くには、ほんの一瞬だけ、遅れをとった。
……刃は空しく宙を裂き、影たちは、そこでようやく動きを止める。油断なく周囲を見渡すが、彼らの五感に訴える他者は、もはやそこには存在しなかった。
影たちは、そのことに疑問さえ発さない。議論もしない。
目的である遺跡、その正確な場所を突き止め、周囲に邪魔者があるならば始末せよ。
少々形は違うが、命令は遂行された形となる。
故に彼らは踵を返し、この場の所在と戦いの報告を委細報告すべく、地を蹴った。