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【…帝国、海戦隊。】

- そして、 -



 どうして、そこで笑うのか。
 いや。
 どうして、そんなふうに、不安を与えるような笑い方をするのか。
 何よりも驚愕に虚を突かれ、振り返ったアズリアの目に映ったのは、
「結局はこうなっちゃうんだ? 仲良しこよしで、本当におめでたいことだね?」
 胸元に手を当てて、くつくつ、笑みの残滓を零して笑う、弟の姿だった。

 痛みではなく、その態度に眉をしかめたギャレオが、いまだ膝をついたままの姿勢でイスラを振り返る。
「何を云う、イスラ。これは隊長の決定だぞ」
 それを笑い飛ばすなど、いくら弟といえでも許されることではあるまい。そんな彼のことばは、だが、イスラには欠片ほどの感銘さえ与えないらしい。
 唐突に笑い出したイスラは、そこで笑い声は止めた。
 だが、口元はつりあがり、目には相手を馬鹿にしたような光をたたえたままだ。
 ……それを見て、いい気分のする者などいるまい。
「結局さ、姉さんも甘いってことだよね」
「ヒヒヒヒッ」
 その後ろに立つビジュの厭らしげな笑いがまた、いい具合に神経を逆撫でしてくれる。
 好戦的な何人かが、むっとした顔で立ち上がりかけた刹那、アズリアがそれに先んじた。
「イスラ、何を云っている。勝敗は明らかだ、これ以上動かせる兵もない……戦いはもう終わった。我々の負けなんだ」
 道理のとおった姉のことばにも、イスラは軽く首を傾げただけ。
 一同をいざなうように、ゆっくりと、視線を動かした。
 そして、彼は云う。
「……それは、姉さんの部隊の話。でしょ?」
「イスラ……?」
 視線を追ったアズリアの目が、いぶかしげに細められた。
 自分たち以外の誰も存在していないはずだった、この決戦の地。そのはずれに、複数の人影を見てとったせいである。
 その人影を、全員が目におさめたのを見てとって、イスラは「見てのとおり」と笑う。
「僕の部隊は、傷ひとつ負っちゃいないよ? 何しろ、――たった今、到着したんだから」
「……援軍?」
「援軍なのか……?」
 そのことばが、伏していた兵士たちの表情に力を与えていた。動かぬ身体を持て余しながら起き上がろうとする者、手を離れていた武器を、再び握ろうという者。
 逆に、カイルたちは苦々しい顔になる。
「ちっ……まだ伏兵がいたのかよ」
 乱暴に頭を振って起き上がろうとする彼の横、だが、ヤッファがぽつりとつぶやいた。
「援軍……? たった今……? おい――どうやってだ!?」
 ことばの後半は、もはや叫び。
 それに触発されたように、アティが飛び上がる。
「そ! そうです! 島には結界があるんですよ、誰も出入できないはずです……!」
「そうだよ! 単に戦力の出し惜しみしてたんじゃないの!?」
「そんなことはない!」
 総力戦、と告げたアズリアを責めるかのようなソノラのことばを、だが、当のアズリアが強く否定した。
「だけど……」
 それを信じていいのか。
 云いよどむアルディラのことばを、イスラが遮る。
「気づいてなかったんだ? ――相当のんきだね、君たちも」
 勝ち誇った笑みを、浮かべて。
「島の結界なんか、もう、とっくの昔に消えてたんだよ?」
「え……!?」
 では、あの人影は正真正銘、外から来た帝国軍の援軍か。
 動揺が走ったのを見抜いたわけでもあるまいに、時を同じくして、足を止めていた人影――軍勢が、こちらへ向けて動き出した。
 喜びに沸き返る、帝国海戦隊。
 なんとか今のうちに、接戦の余裕をとれる距離を稼ごうと、レックスたちも動き出す。
 理由はどうあれ、彼らが戦おうというのであれば、それをむざと受けるわけにはいかないのだから。
 そうして、緊迫が再び高まるに比例して、彼我の距離は縮まっていく。
 夕陽に照らされ、影でしか捕らえられなかった新参の軍勢の姿が、徐々に明らかになりだした。

 赤い空。
 赤い太陽。

 ――そこに立つ、赤い髪の――

「……え?」
 レックスは、一瞬目を丸くした。

「……?」
 アティは、いぶかしげに首を傾げた。

 遠い、遠いいつかの光景に、目の前のそれが重なった。
 何故か――自問の答えはすぐに出る。
 やってくる軍勢の先頭に立つ人物。風にたなびくその髪もまた、色味こそ違えど、赤を基調とした色彩であったから――

 そしてそれ以上に、
「……」
「隊長! これならばまだ……!」
 意気込むギャレオの声も、聞こえてはいないのか。
 凝然と、新たに訪れた軍勢を見つめていたアズリアは、夕陽に照らされる彼らの姿が明らかになった瞬間――目を見開いた。
 それは、歓喜ゆえにではない。
「違う……」
 それは。
 その瞬間、アズリアの胸中にあった感情は、

「あれは、援軍なんかじゃない!!」

 ――驚愕。
 その叫びに、場の者すべてが、同じ感情に染め上げられた。

 それを見極めたのか、時が単に同じだったのか。
 ゆったりとしたマフラーで口元を覆った、軍勢の先頭に立つ赤い髪の女性が、くぐもった声で告げた。

「――行け!」

『シャアァァァッ!!』

 そしてあがる、幾つもの奇声。
 ゆったりと歩く女性を次々に、後方からの影が追い抜いて。

 ――そうして。

「ぎゃああぁぁぁッ!!!」

 狙い確かに。心臓を貫かれた帝国兵が、断末魔と、血飛沫をあげて絶命した。

「え……?」

 真っ直ぐに、自分たちに向かって襲いかかってくると思われた影。それらが迷うことなく帝国兵たちを歯牙にかけた光景は、目から脳に到達はしても、理解するまでに数分の時を要した。
 それは、だれもが例外ではない。
 そして、それが致命的な空白だった。
 展開していた位置がまずかったのだろうか、たった今姿を現した軍勢は、アズリアたちの布陣の背後からだった。故に援軍と云われて不自然を感じる余裕もなかったのだが、こうなると――彼らが帝国軍をも攻撃対象としているとなると――、真っ先に狙われるのは、より近場にいる帝国兵だったという、ただ、それだけのこと……!


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