駆けた距離自体は、おそらくそう大したものではなかったはずだ。
息切れを覚えるより先に、はその場に辿り着いた。
予想どおり、そこには少年がひとり。
そうして――
「あっち行けよっ! こいつらはケガしてんだぞ!?」
「来るなってば!!」
「ピ〜……」
「ミュミューっ」
「……召喚獣!?」
またいたよ、出所不明の召喚獣! しかも2名様!
そんなことばにならないの感想を察したか、着いてきていたプニムが、ぺちぺちとの足を叩く。
が、今はプニムの仕草に頬を弛ませている場合ではない。
見たトコ、その場にはナップとウィル、おそらく機界と幻獣界出身だろうちっちゃな召喚獣が二体。
おまけに。
なんか、いかにも「飯みっけ♪」とでも云いたそうな、こちらも召喚されたと思しき獣の山!
いや、獣というか……軟体動物というか。
「ブルージェル、だっけ?」
いやいや、正体を推考している場合でもなくて。
わらわらとナップたちに――彼らのかばっている召喚獣に群がろうとしているジェルたちは、投げられる石もものともせず。獲物をいたぶるかのように、じわりじわりと距離をせばめていく。
これは、誰がどうみても危機である。
「おーい!! ナップくーん! ウィルくーん!」
とりあえず、まだこっちに気づいてないナップたちに、は両手を口の横に当てて呼びかけてみた。
不意の第三者の声に、ふたりは一瞬身を震わせ――それでも、ジェルたちから意識をそらさないようにしつつ、こちらを見て。その目が、まんまるく見開かれた。
「……あっ」
「アンタ……!」
「こっちこっち! おいでっ!!」
が立つ場所は、ジェルたちの包囲から外れた方向である。
ブンブン腕をまわして手招くと、
「う、うん……!!」
ばっ、と、かばっていた召喚獣を抱え上げ、ナップとウィルはの方へと走ってきた。
当然そこを好機と見て、ジェルたちが一斉に襲いかかる。
が。
走ってきたふたりの腕を引っつかみ、遠心力フルパワーで背後に放り投げもといかばい。戻した利き手で抜き放ったの剣が、先頭にいた一匹をずっぱりなぎ払う。
ギュゥッ! 悲鳴ともつかない声をあげて、絶命したジェルは水のようにその身体を崩して伏した。
零れる光。――魂が輪廻に、もしくは生まれ故郷である幻獣界に戻る輝き。
「プニムっ! そのコたちお願い!!」
「ぷぷーっ!」
合点承知! と耳(腕?)を振り回すプニムにふたりを頼み、はさらに前に出る。
ざざっ、と、迫ろうとしていたジェルたちの動きが止まった。
仲間があっさり倒されたことで、目の前のそれが餌ではなく敵なのだと判別したのか。警戒するように、こちらを睨みつけて動かない。
――が、とりあえず、は不毛な睨み合いをするつもりなどなく。
無造作に剣を突きつけて、通じないだろうけど告げる。
「退きなさい」
ことばよりも、そこに乗せた意志を彼らに伝えるために。
さっきに比べると、心なし弱気になったらしいジェルたちの声が耳を打つ。
「退きなさいっ!」
一歩。
踏み出して、さらに強く云った。
ジェルたちは、戸惑ったように顔――あるのだろうか――を見合わせて。
そして。
最後尾にいた一匹が、ぐるりと身を翻す。
一匹が動けば、後は早い。残りの固体もすべて、砂浜を突っ切り、あっという間に姿を消していた。
「……ふっ」
意味もなく腰に両手を当て、はそれを見送った。
やっぱり意味もなく髪をかきあげ、
「空の彼方のルヴァイド様見てますか? あたし、眼力が使えるよーになりました……!」
次のステップは威圧! てゆーかやっぱり実戦に勝る訓練なし、ですね!
――青い空をバックに、明後日を見て悦に入る。
というよりも、この時代じゃまだ養父は十代になるかそこらのはずなんですが。
「……何、独り言云ってんだよ」
などとボケツッコミをひとりで繰り広げたりなんかしてる横から、弱々しい声。
うーむ、やっぱり全力ツッコミ入れるほど、そうそう気分的に立ち直れもしないか。
ふたりの気分をどうにか余所へ向けたかったのだけど、見事玉砕。
心中苦笑しながら振り返った先には、やっぱり、襲われかけた恐怖が残ったままのふたりが、それぞれ召喚獣を抱いて立ち尽くしていた。
プニムがその横で、「ぷ」と首を傾げてる。こちらに、動揺は見られない。
「まあまあ」、
小刻みに足を震わせてるふたりに、とっとっと、と近寄った。
ふたりに視線を合わせるために、しゃがみこむ。
まずナップの肩を叩いて、反対側の手でウィルへ同じように。
「ケガは? どこか痛いところはない?」
「……」「――」
ふるふる、と、ナップもウィルもかぶりを振る。
「そっか」
ひと安心。
「無事でよかった」
安堵がそのまま、表情を弛ませた。
へろ、と気の抜けた笑顔を浮かべたは、けれど、次の瞬間瞠目することになる。
「わっ!?」
がばりっ、と。
子供たちがそれぞれ、にしがみついてきたからだ。
一人一人は軽いと云っても、とっさのこと。しかも重みはふたり分。
体勢を整えるのも間に合わず、はそのまま、砂浜にへたりこむ。
「うっ……」
「……、さ……っ」
ぎゅう。
の服を握りしめる力の強さと、嗚咽の弱々しさ。
「……」
ああ、そっか。
手をまわして、ふたりを一緒に抱きしめた。
まだ子供だもんね。――怖かった、よね。
「もう、だいじょうぶだよ」
ぽんぽん、と。
安心させるために背中を叩いたのが、堤防決壊の合図。
――一瞬後。
少年ふたりの泣き声が、砂浜に盛大に響いたのであった。