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【…帝国、海戦隊。】

- それぞれの戦場 -



 ギィン――
 ガン、
 ガァン、
 ドン――ガヅッ!

 響く剣戟。
 轟く召喚。
 普段はただ静寂に朽ち沈み、過去の風情をたたえて在るだけの遺跡群は、今、戦いの音が高らかに響く戦場へと様相を変えていた。

 響くのは音。
 轟くのは音。

 その合間を縫って、
「来やれ、狐火の娘!」
 喚びかける声、そして応える姿。
 ミスミの召喚によって姿を見せた、おそらくシルターン縁なのだろうキツネの面をかぶった娘。その放った炎が、帝国兵士数名を大きく後退させる。

 地面を抉る音を伴ないながら、
「オオォォォオオオォォォッ!」
「はあぁぁぁッ!!」
 ギャレオとカイル、このふたりの力比べも、今日は決着がつくのか。
 激しい乱打を浴びせるカイルの攻撃を躱し、ときに受けながら、ギャレオの足場が揺るぐことはない。

 飛び来る投具、
「あっまーい!!」
「直線射撃ならば!」
 それを、ソノラとヴァルゼルドの手にした銃が火を吹いて、次から次へと打ち落とす。
「足元がお留守よ!」
 対空攻撃に集中しているふたりを狙って、さらに遠距離から打ち込まれた矢を、滑り込んだスカーレルが払った。
「チィッ!」
 ならばこれでどうだ、とばかり、ビジュの懐からほとばしる光。紫のそれは、サプレスへの門を開く鍵だ。
 招聘の命がくだり、無数の蝙蝠が集ったような、真黒き影が顕現する。
「気をしっかり持ってりゃ憑依はねえ! 憑いても払ってやるからどんと行け!」
 その影に包まれる三人に、外からヤッファが声をかけた。
 けれど、それは杞憂。
 結局彼らを包み込むことは出来ず、影はすぐに霧散した。

 そこに並びたい。
 けれど、力はまだ及ばない。
「先生……」
「余所見はしないように」
 その姿を求めようとした動作を、ヤードが止めた。
「っ」
 あわてて、視線を戻す。
 その瞬間、視界の端によぎった矢。それを、ウィルが剣で払う。間合いぎりぎりから放たれたそれは威力が大幅に減退していたせいもあり、乾いた音をたてて地に落ちる。
 少し前では、前線を抜けた帝国兵士を、ナップが食い止めていた。まだ大剣を扱いなれていないとはいえ、防御に専心していればほぼ互角というのだから、もはや軍学校のレベルを凌駕してるんじゃないだろうか。
 無理もあるまい。
 望んだわけでないが、彼らは実戦経験に恵まれすぎていたのだから。
 そしてそれ以上に、何より確かな指標を得、それに向かおうと思うことが出来るのだから。
 杖を握りしめるアリーゼの隣、ギリ、と弓を引き絞ったベルフラウが、美しい動作で矢を放った。
 何に遮られることなく宙を飛んだそれは、たった今、ウィルの落とした矢を放った帝国の弓兵の肩を易々と射抜く。
「アリーゼ、ナップに」
 成果をたしかめて、すぐにベルフラウがアリーゼを振り返った。彼女の視界には、帝国兵に薙ぎ払われて尻餅をつく長兄の姿が映っていたのだ。
「うん!」
 援護に入るウィルの背中、その背中が閉じた瞼に焼きついていた。それをそのままに、アリーゼは詠唱に入る。
「霊界に遊ぶ小さな天使、私の声が聞こえるなら、――来て、ピコリット!」
 顕れた天使は、アリーゼの願いに答えて、ナップのところへと飛んでいった。

 右手は刀の柄に、左手で印を切る。
「召鬼、爆炎!」
「やあぁぁぁッ!!」
 炎のうねりが消えるやいなや、斧を構えた少年が、たたらを踏む帝国兵を薙ぎ飛ばす。
「スバル様、深追いはなさらぬように!」
「わかってらい!」
 巨躯を誇る銀の鎧の横では、金髪の天使が剣を揮う。
 隙の生まれやすいファルゼンのそれを、フレイズがこまやかにフォローしていた。
 その彼に、少女の声が呼びかける。
「フレイズ! 義姉さんを――」
「承知しています!」
 僅か距離を置いて立つ、機界の同胞に喚びかけるために集中を始めたアルディラ。クノンだけではさばききれぬ数の帝国兵が向かっているのを見て、とっさに下した判断だ。
 そんな、ほんの一瞬のやりとりで生まれた空白でさえ見過ごさず、横腹を薙ぐような動きで、長剣がファルゼンを襲う。
「……イスラ!!」
「調子狂うね、それは」
 鎧姿に少女の声。
 なんともミスマッチだと苦笑して、イスラは、振りかぶられた剣の直撃を避けるべく、踏み込んだ身体を大きく退いた。

 響く剣戟。
 駆け抜ける人々。

 戦場の緊張は、いつ途切れることなく続く。

 大きく腕を引く。
 その予備動作で相手に次手を察される不利は、勿論熟知していないわけではない。
 ただ、その不利を相手の有利に転じられる前に、攻撃をくりだせばいいだけの話――
「紫電」、つぶやくそれは、己への喝。「絶華――!!」
 だが、発した無数の突きの手応えは、殆どが金属音によるものだった。
 数撃を受けながら、レックスは、アズリアの攻撃をほぼ凌ぎきる。
 不埒にも横槍を入れようと――彼らは隊長のためにか職務の為にか熱心なだけだろうが――してくる帝国兵は、アティが払っていた。
 いつかと逆の構図。向かってくるのは片方だが、アズリアにとっては、ふたりを相手にしているのとそう変わらぬ心境だ。だからといって、それが何かの慰めになるわけでもないが。
 命を奪うと宣言し、この総力戦を展開した。
 それなのに、レックスの剣は相変わらず、狙えるはずの急所を狙おうとしない。アティの無力化する兵士たちも、外傷らしき外傷は見当たらないだろう。鎧の内が、しばらく腫れあがる、所詮そんな程度ではあるまいか。
 腹立たしい。
 けれどそれ以上に腹立たしいのが、そのふたり相手にいまだ、決定的な一撃を加えられぬ自分の腕。
「負けるわけには……」
 つぶやく。
 誰に届くわけでもない、誰に届かせたいわけでもない。
 間合いをとるために距離をとったレックスが、ただ、唇の動きを見て、怪訝そうに眉をしかめただけだった。そしてそれは、すぐさま跳ね上がる。
 地を蹴って肉迫する、アズリアの剣に対処するために。
「負けるわけにはいかない!」
「っ」、目が見開かれる。「それは、俺たちも同じことなんだ!」
 その叫びに込められた、思いの強さに、きっと差はない。
 判っていても――認めたくなかった。
 命を賭けて戦いを挑む自分たちと、あくまで命を奪うまいとする奴らが、そこで互角になるというのが。
 認めたくなくて、
 許せなくて、
 悔しくて――――
 そう、ずっと、ずっと、口惜しかった。

 常に自分の少し上を行く、赤い髪のふたり。
 追いつけぬ背中を、そこに見ながら、それでも。
 その背を見失う日が来るなど、あの日まで思いはしなかったというのに。





 ――狂信者。
 彼らを判りやすく称しろと云われたら、はきっとそう答える。
 一度だけまみえたあの一団は、それほどに、何かへと狂っていた。
 一団の名を、覚えている。
 だが果たして、その名は、今向かってくる影どもにも、当てはまるものなのだろうか?
「……ッ!」
 武器を取り落とさせたり、握る手のひらを貫いたり、そんな程度で戦意が衰えぬところなどは、ほんとうに、あの名に相応しいのだが。
 叩いても叩いてもやまぬ攻撃を、どうにかこうにかやり過ごしながら、それでも――信じきれずにいる。
 だって、タイミングが良すぎる。
 ヤードが云っていた。いくらなんでも、剣の所在をつきとめて、かつ、この島の存在を見つけるには時間がかかるのではないかと。
 でも、この島は、その一団がつくりあげた場。
 いや、その前に、この影どもは、昨日までたしかにいなかった。それは断言できる。こんな好戦的な奴ら、いたら、絶対に襲いかかられてる。
 だとしたら、今日、島の外からやってきたとしか思えない。
 だけど――どうやって!
 遥か、木々の向こう。夕陽で赤く染まる海は、穏やかに凪いでる。島を覆う嵐の結界が発動したどころか、雨の一滴さえありはしない。
 だから――どうやって?
「だんまりも、いい加減に、してよ……っ!!」
『シャアァァアッ!!』
 怒鳴りつけても、返るは奇声。
 ……ぞっとした。正直、死して傀儡と化した、あの遠い犠牲者たちより、生きながら戦闘機と化した目の前の影のほうが、よほど気味が悪いと思った。
 迫り来る、四本の刃。
 叩き落とし、払いのけ、そうすると、次には視界の端によぎる金属糸。
 首に巻きつこうとしたそれを、どうにか手のひらを間に入れて握り止めた。そのままぐっと引っ張って、伸びきったところを剣で叩き斬る。
 皮膚が剥けたが、気になるほどの痛みでもない。――そう思うことにする。滴る赤いものはほっておく。かまけていてはこちらが殺される。
「ぷーっ!!」
 影どもの足元を走り回っていたプニムが、逆にそれを見て驚いている。
「走って! プニム!!」
 そんなプニムに、は叫ぶ。
 凌ぐだけならば、まだ、プニムがそこへ辿り着くまでの時間を稼ぐことは出来る。そう確信して。
「ぷ!?」
「ヤードさんに! 召喚を……!」
「……! ぷ! ぷぷ!!」
 殺すのはためらわれる。が、4対1だ、どうにかして離脱を図ろうとしても、引き離せはしないだろう。そうなれば、こいつらを連れたまま、決戦の場へ駆け込むことになる。それは避けたい。
 ならば、掟破りだろうがなんだろうが、召喚術で瞬時に移動するくらいしか、影たちの目を逃れるすべはない――
 すぐさま意図を察して、プニムは林に飛び込んでいった。
 それを追おうとする影に、初めて自分から刃を繰り出す。
「ッ」
 僅かに呼吸を止めて、影は、の刃を横に払った。
「……っ、あたしは」、
 力が入りすぎたのか、こちらを誘うためなのか。大きく空いたわき腹に焦点を定め、深くへと飛び込む。
「生きて、帰るんだから……!」
 そのためなら。
 手にした刃で、貫くことを。厭いはしても、ためらいはしない。
 わき腹程度で人が即死するわけもないことを、重々承知の上で、は、影の身を、己の剣で抉り抜く――


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