「……帰れって云ったよ、僕は」
「ああそう。で、船が直ってない事実は無視ですか?」
朝食後の散歩道。
責めるような眼差しとともにそう云うイスラに、は、これでもかというほどのガンつけで応じた。
「……」
すると、イスラは沈黙。やっぱ、船の損害状況を知らなかったと見た。だめじゃん諜報員。
「ぷ」
足元のプニムが、ちょっぴり呆れを匂わせて、小さく鳴いた。
これが刺青男ならブチ切れていたやもしれないが、イスラはそういうこともなく、「それは……盲点だった」と、素直に認める。
それにしても、と思う。
相変わらず、こう、敵同士という緊迫感をどこかに置き忘れてきたような雰囲気だ。
としては要らん体力を使わなくていい分大歓迎なのだが、今日ばかりはその雰囲気を是と出来ないひとがいた。
「貴様ら、いつもこうなのか……?」
どうやら、意味不明な会話は、彼の頭のなかでは聞かなかったことにされたらしい。というか、今は別件でいっぱいなんだろうな。
そんな、えらく胡散臭げなものを見る目で、とイスラ、それからプニムを見渡してつぶやくのは、云うところのエドスさん二号。通称ギャレオ。いや逆だから。
今日もムキムキの胸筋を惜しげなく見せ、マッチョっぷりを余すところなく晒している。だが甘い。どうせやるなら上着は腰に巻いて、上半身裸くらいになってみせてほしい。
そうすれば、エドスさん1.5号くらいには格上げしてやろうものを。
「うちの軍――に限らないと思うけど、将校服着用は義務だから」
の視線を追って、その意図を正確に読み取ったイスラが、淡々とした声でそう云った。
「何の話だ?」
「「いいえ何も」」
見事にハモる敵同士。どっちもだめじゃん。
さすがに顔を見合わせて笑うようなことはなかったが、なんとなくどころではなく、場の空気が弛みだす。
それを引き締めたのは、云うまでもなくギャレオだった。
「とにかく!」
だん! と足を踏み出し、彼は、向かい合うとイスラの間に身体を割り入れる。
そのままを睨みつけると、雷様めいた大音量で宣言した。
「ここで逢ったならば捨てても置けん、貴様らの船まで案内してもらおう!」
「何のためにです?」
問うても答えは来るのかどうか。
半ば以上危ぶみながら切り返す。と、以外にも、ギャレオはためらう素振りひとつ見せず、
「貴様らに、決戦を申し込みに来た!」
と、やはり鼻息荒く仰った。
「決戦」
疑問符をつける必要などなく、結果として見事なおうむ返しになってしまったの反応に、ギャレオは苛立たしげな表情をつくる。
「場所と時刻は、奴らに伝えるように云われている。今危害を加えるようなことはせん、大人しく案内しろ」
奴ら――とは、云うまでもない。レックスとアティだろう。
なんだかんだと、こちら側一行の引率者、もといリーダーめいた立場にいるのは、あのふたりの先生だ。
それに、彼らはアズリアとの因縁もある。
かつては軍学校の友人同士、今や魔剣を所持する側と、それを奪い返そうとする側。
そのどちらにも譲れぬ信念がある以上、……あるからこそ、これまでも何度か小競り合いを続けてきたのだ。
それが、今日は決戦だという。
戦いではなく、決戦。
……決着をつけよう、と、そういうことなのだろうか。なのだろうな。
「ぷー」
ちょいちょい、と、足元をつつくプニムの手の感触。
いつの間にか組んでいた腕を解いて、は、目の前に立つ男を見上げた。
「……拒否したら?」
多分に挑発を含んだ声に、だが、
「我々だけで向かうのみだ」
特に声を荒げることもなく、ギャレオは応じた。
ふむ、とは頷く。
「じゃあ、妨害したら?」
「一対二でか? ムリがあるだろう。貴様を抑えて、どちらかが向かえばいいだけだ」
そっか、とは頷いた。
心積もりは確りしているようだ。
ならば、こちらもそれ相応の対応をしなければ、元とはいえ軍人の名が泣くというもの。
どうせ旧王国関係者だとはばれているのだ、ちょっとくらいからかってみたところで、何の支障があるでもなかろう。
「じゃあ」
つぶやいて、腰の剣に手をかける。
ム、とギャレオが腰を落とす。イスラは佇んだまま、こちらを見つめている。
そしてすぐ、ギャレオも、に戦意がないことを察して姿勢を戻した。
帝国軍人ふたりの視線を浴びて、陽光に晒される銀色の刃。
イスラが胸元を押さえたことは見なかった振りして、は右手に持つそれを目の前に立てる。左手をそっと刃に添え、ギャレオとイスラを均等に視界に入れた。
さすがといおうか、ギャレオが先に、それに気づいた。
「旧王国軍の……」
「そ。作法ですよ。あたしはあなたたちに礼を尽くします、って意味の」
場にいる敵方に対し、如何なる攻撃も行わない。そういう意味を持つ仕草だ。例えば停戦協定を結ぶときや、戦いの前に派遣される使者などが、よく行うもの。
見守るふたりの前で、その姿勢を保ったまま、はにこりと笑ってみせる。
そして云った。
「案内しましょう。旅は道連れって云いますしね」
そして当然、呆れられた。
「……大物と紙一重、どっちに賭ける?」
「紙一重で」
「同じく」
「以下同文」
「あんまりだ、みんな」
『おまえの対応があんまりだ』
声を揃えたツッコミに、は「ひどっ」とうめいて突っ伏した。
相変わらず砂浜に停泊したままの海賊船、もう血染めの海賊旗込みで慣れ親しんだ食堂。
頃合いはというと、ギャレオとイスラが宣戦布告をしていった、その直後だ。
かいつまんで説明……するまでもないが、一応。
早い話、アズリア率いる帝国海戦隊は今日を最後の戦いにするつもりらしい。
しかも今回、アズリアは勝利かあるいは玉砕のみ、レックスとアティを殺す覚悟も出来ているとのこと。
何故そこまで、と、当然のようにふたりは驚いたけれど、ギャレオ曰く、
「隊長を追い詰めたのは貴様らだろうが!」
――とのことだ。
……云われるまでもなく、アズリアたちが島に留まるのは、魔剣奪還が叶わないからであり、それをさせているのは結果としてレックスとアティだ。
だが、それはこちらの事情というものもあるのであって、一概に責められるいわれもない気がすることは、するのだけれど。
ちなみに、それと同じくらい驚かれたのが、がギャレオとイスラと一緒に船まで戻ってきたことらしい。いつかの人質事件再来か、と、騒然としたそうな。
「それが、ぱたぱた手ェ振って」
「“ただいまー。お客さん連れてきたー”だもんね」
「紙一重以外の何だというのよ」
カイル、ソノラ、スカーレルの順の口撃で、テーブルに突っ伏したに追い打ちがかけられる。
「ぷー」
いつもならフォローしてくれるプニムも、今日ばかりはつける薬なし、とばかりに一声鳴いて、あとはそのまま。うむ、見事な放置プレイだこんにゃろう。
だが、そんなしょうもないやりとりでも、何かの役には立つものである。
「あははは……」
「らしいですよね」
たとえば、宣戦布告の直接対象ともいえる、レックスとアティの気を和らげる、とかさ。
とは云え、今回、ふたりはいつもより気負いが少ないように思える。
それはだけが思うことではなくて、全員に共通していた。
「……で、先生はどうするんだ?」
いい加減をつつくのも飽きたらしいカイルが、椅子の背に重心をかけながら問いかける。
もう答えは予想ついてるけどな、と云わんばかりの彼の態度に、指名を受けた先生ふたりは、「うん」とひとつ頷いて、こう云った。
――命を奪い合う以外の方法で、決着をつける。と。