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【転換のはじまり】

- おそらくここよりすべてがめぐる -



 そうして、遺跡を叩き潰したことを報告した以外は特筆すべきこともない、そんな穏やかな数日を過ごしたある日のことだ。
「船?」
「うん」
 朝一番の野菜と果物を分けてもらいにやってきたユクレス村。
 ちょうど、散歩から帰ってきたらしいパナシェから、は意外な話を聞かされていた。
 なんでも、さっきパナシェが散歩して、近くにある小高い丘に行ったとき。
 朝陽が照らす海の上に、なんだか、船に似た影がちらっとよぎったんだそう。
「……あらら。こんなとこ通る船、いたんだ。近づきすぎて嵐に巻き込まれなきゃいいけどね」
「うん。そうだね。それに、船の人たちが、さんたちみたいにいいひとばっかりとは限らないし」
 帝国軍のことを思い出してるのだろうか、ちょっと身震いしてパナシェは云う。
 それを聞いたは、ちょっと苦笑して、小さなバウナスの頭を撫でてやった。
「帝国軍、怖い?」
「……うん」
 これがスバルなら、「おいら怖くなんてないぞ!」と強気に出るところだが、パナシェはこくりと頷いた。
 首元に巻いたマフラーを両手で握りしめ、いつも元気に振られている尻尾は、力なく地面を向いている。
「うーん」、
 正直な反応に、ますます苦笑。
「でも、アズリアさんたちはただ、任務熱心なだけだよね。一部にバカ野郎がいるけど」
 当然、バカ野郎=刺青男である。
「……」
 パナシェは、ちょっと小首を傾げて、何事か考えていたけれど、やがて「そう、かな」とつぶやいた。
 それからすぐ、
「そうだね」
 と、さっきより大きく頷く。
「あの女の人、先生たちの友達なんだよね! だったら、きっと仲良くなれるよね!?」
 きらきら輝く大きなお目々に、も笑って頷いた。
「うん。ほんとうに叶ってほしいことなら、きっと叶うよ」
「うん!」
 と、と同じ接続詞を用いて、パナシェは再度頷いた。
「ボク、ユクレスの木にお願いしてるんだ。みんな仲良くなれますようにって!」
「そっかー。それじゃ、叶う日も近いかな?」
「そうだといいよね。そしたら、誰もケンカしなくて済むよね」
 みんな、笑っていられるよね。
 さっきまでの意気消沈した様子はどこへやら、尻尾をぱたぱた振って笑うパナシェに、も、「だね」とにっこり笑ってみせた。

 ――そんな、穏やかな朝が、すべての始まりだった。





 正しい道などない。
 最善の道などない。

 強いて云うならば、己の選んで納得したそれが、正しく最善の道なのだろう――少なくともはそう思う。

 だから惑うのだ。
 だから迷うのだ。

 それでも。

 常に何かを選択するのが唯一、この身に定められたことだというのならば。
 選び取るそれを、たとえ後悔したとしても、飲み込むことが出来るように。

 立ち止まる暇があるなら走れ。
 後悔する余裕があるなら動け。

 戻ることなど出来ようはずもなく。

 それならば進め。
 ただ進め、前へと。


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