なんとも不可解な気持ちを抱えたまま、はとりあえず船に戻ることにした。プニムはもうちょっとアルディラといちゃつきたい(超意訳)とのことで、こちらの帰還は夕方頃になるだろうと予想。
が、その前に、も立ち寄るところがあった。風雷の郷だ。
がラトリクスに誘われたのを見たヤードが、それならばゲンジ殿のところで時間を潰させていただきますから、一緒に帰りましょう、と云っていたから。
それに自身、ラトリクスで聞いた話が気を重くさせてくれているため、安らぎとか和みとか、そういうのが欲しかったというのもある。だものて、ゲンジの庵に辿り着き、庵の主ことゲンジと、ヤード、それにレックスとアティ、子供たちが並んで茶をすすっているのを見たときは、本当に、ほっとしてしまっ……
……ってちょっと待て。
庭に回りこんだ角で立ち止まったに気づいたのは、一番手前に座っていたアリーゼだった。
「あ、さん。お疲れ様です」
遺跡破壊の成り行きはヤードから聞いたんだろう、やわらかツインテールをふわりと揺らして、彼女は微笑んだ。
ああ、癒される。
ってそれはいいのだが、
「レックスさん、アティさん、みんなも。どーしてここに」
てっきり、ゲンジとヤードがふたり並んで茶をしばく、という光景を頭に浮かべていたは、見事予想を裏切ってくれた六名様に問いかけながら、止めていた足の動きを再開させた。
そうして縁側までやってきたはいいが、およそ人の座れるスペースというものがない。
そりゃ、八人も並んで座ってりゃ、それくらいにはなろうというものだ。壮観。
「授業が終わったから、パナシェくんとマルルゥと、スバルくんを送ってきたんですよ」
湯飲みを両手で抱えたアティが、にっこり笑って質問に答えた。
「へえ?」
「そうそう! 、ちょっと聞いてくれよ!」
「へ? なに?」
アティの台詞で何を思い出したのか、ナップが湯飲みを置いて縁側から飛び下りた。
「あ、こら。ナップ、あれは……」
「いいからいいから! な、、口は堅いだろ?」
あわてて止めようとしたレックスを振り返ってそう云うと、ナップはの袖を引っ張ってそんなことを訊いてくる。
まあ、別に貝のようにとまではいかないが、人並み程度には堅いつもりだし。
そう思って頷くと、ナップの目が輝いた。
「あのさ、ほら。今朝来てたオウキーニの兄ちゃんなんだけど」
「うん?」
「オレたちがパナシェ送ってユクレスに行ったらさ、あの兄ちゃん、なんと! 女の人に告白されてたんだぜっ!」
「……罪を?」
『それは告悔』
さらり、ツッコミを入れるウィルとベルフラウ。えーいシンクロ双子め。
こめかみぐりぐりしたくなったのを堪えつつ、はナップに向き直る。
「つまり……好きですって?」
「そう! うさぎの耳した、きれいな女の人だった。名前は……なんだっけ?」
「シアリィさん、ですよ。ユクレス村のひとで、オウキーニさんにお料理を習っているうちに仲良くなったって」
「うわぁ。奇跡?」
と云ってはみたものの、「ってわけでもないか」と、はすぐにそれを撤回した。
世のおネエ様たちが好むような美形という類ではないけれど、オウキーニの人柄の良さは折り紙つきだ。料理上手でよく気がつくし、兄貴分をたてることもそつがない。それでいて嫌味だとかそういう感じが全然しないんだから、これはこれで安全牌とかいうものなんじゃなかろうか。
ああいったものは付き合っていくうちに判るんだろうし、そのシアリィさんとやら、なかなか見る目があるとみた。
「でも……オウキーニさん、困ってたんです」
「なんで?」
ナップ曰くのきれいなおねえさん、に好意をもたれて、嬉しがりこそすれ、困る男なんぞいるんだろうか。
アリーゼの発言で首を傾げたに、ウィルが補足説明を入れる。
「オウキーニさんは、自分が海賊だから……海の男は、陸の上にしがらみを残したらいけないんだって云ってるんです」
「ええ。それに、リィンバウムの人間なのだから、メイトルパ生まれのシアリィさんを幸せにできるわけがない、って……」
云いながら、ウィルとベルフラウ、それにナップとアリーゼには色濃い疑問が漂っていた。
嫌い合っているわけじゃないのははっきりしてるのに、どうしてそんなところにこだわるのか判らない。子供たちが浮かべているのは、そういった表情。
一方レックスやアティ、ヤードやゲンジといった面々は、そんな子供たちを微笑ましく、僅かに苦笑して眺めていた。
「まあ、これはオウキーニさんの問題だから。自分でどうにかするって云ってたんだし、俺たちがとやかく云っても始まらないよ」
「……いっそ、ここに残ってお野菜で生計を立ててもいいんじゃないかって思うんですけどねえ……」
「ムリですわよ。オウキーニさんはともかく、ジャキーニが泣いて喚いてたじゃありませんの」
海に帰りたいーっ、て。
アティのつぶやきを耳にしたベルフラウが、心なし目を細めてつぶやいた。
なんでも、オウキーニの春を見る前、ジャキーニの畑に寄って野菜のお裾分けをもらったんだそうだ。縁側の隅に積んである野菜籠の正体は、それらしい。
帝国市場でも見られない、新鮮で美味しい野菜。
畑でそれをかじらせてもらった一行、誰からとなく「陸でも十分やっていけるんじゃないか」という発言が出て、
「それ聞いたジャキーニさんが、泣いた……と?」
はは、と乾いた笑いを浮かべたのことばに、先生と生徒は一斉に頷いた。
うーむ、才能の無駄遣いという気がしないでもないが、本人には本人の生き様って云うかこだわりがあるんだろうなあ。
「そういうわけでして、ジャキーニさんには特に内緒にお願いしますね、」
「はーい」
良い子のお返事でそう返し、は、
「で、スバルくんはどうしたんです?」
と問いかけたところ、「ミスミ様とキュウマさんと一緒に、神社で特訓中」という返答が返って来た。
なんでもスバルを送り届けるために風雷の郷に入ったところ、ミスミとキュウマが特訓に行こうとしてるところに行きあったそうな。
「それで俺たちも誘われてね、スバルとも一緒に、さっきまでやってきたんだ」
「帝国軍の剣筋を見るために、って、ミスミ様が先生に頼んだんだよ」
ねー、と頷く先生と子供たち。
その横で、ゲンジが喉を鳴らして笑う。
「フン、子供を泣かせねば正気を保てなんだ未熟者が、他人に指南するなど十年早かろうがな」
「ああっ、ゲンジさん、それは……!」
とたんに顔を真っ赤にするレックスとアティ。
ははは、と、声を揃えて子供たちは笑う。ヤードはというと、穏やかな笑みを浮かべてそんな一行を見守っていた。
そうしては、「ああ」と手のひらを打ち合わせる。
「喚起の門でのことですか。お話してたんですか?」
「ええ、内緒にしておくことでもないですし」
「……うう、出来るなら内緒にしたかった……」
そんなことするつもりなど絶対なさそうな正直者、レックスのことばに、また笑いが零れる。
「ま、少しは教師としての自覚が出てきたということかもしれんが……泣かせるようではまだまだじゃな。日頃から、もっと気を配っておけ」
「はい」
「がんばります」
正直者+素直でもある先生たちは、こくりと大きく頷いた。
そんなふたりを見る子供たちの表情は、頼もしげ――というのも何か違う、そう、ちょっと手前味噌だけど、がルヴァイドを見るときのそれに、似ているんじゃなかろうか。
尊敬と、敬愛と、……信頼と。
目標であり、指針である。
それをその年で見つけられるということは、何よりの幸運なのではないだろうか。運命がどうの、というのは好きじゃないけど。
ヤードもまた、そんな先生と生徒を眩しげに見つめ、微笑んでいた。
「……さて、それではさんも来ましたし、私はそろそろ」
「あれ、先生たちはまだ?」
「一休みしたら、またやろうって、云われてるんです」
何を、という部分は省かれたが、話の流れから見て答えはひとつしかない。
あっさりそれを察した、隣にやってきたヤードと顔を見合わせて、
「元気ですねー」
「無理はしないようにしてくださいね」
と、それぞれの感想を述べたのであった。